第7話 ~ロストシンフォニーの奪還~
どこをすきになったんだろう、なんて考えたことはなかった。
お兄ちゃんと行った展覧会。そこに隠されていた一枚の絵。
――導くようにまたたいていた青色の蝶。
それがすべてのはじまりだった。
絵に触れた瞬間、わたしは違う世界に迷いこんでいた。
それは計算された出会いで、今考えるととてもずるい。
--でも、問題はそこじゃない。
そこに現れた、そのひとをみて、わたしの時は止まった。
オニキス色の艶やかな長い髪も、陶磁器みたいな肌も。
長い手足も、指も、すっとした鼻も……どこもかしこもきれいだった。
で
も、そんなことだって、どうでもよかった。
切れ長のかたちをした、赤紫と青紫にきらめく、オッドアイ。
わたしの心はあっという間に奪われた。
一目ぼれとは違う。
……魂ごと、その魔性の瞳に、わたしのすべてが奪われたんだ。
それから、魔王はわたしを食べようとして、
わたしの超過交響曲〈オーバーシンフォニー〉が魔王を襲い、
その半身をもいだ。
それが、運命の瞬間だったと、今ならはっきりとわかる。
自らの子を宿せば死んでしまう花嫁を選ぶことを、
恋をすること、愛することを恐れ、なにもかも諦めた魔王は、
すさまじい能力を持った異世界の娘……わたしに、恋をした。
後はもう、あっというまだった。
あんなに美形なのに、中身はあほあほで、にぶちんで、ド天然で。
正直で、単純で、子犬みたいで、子どもみたいな魔王に。
可愛くて、だめだめで仕方ない魔王に…………わたしは、恋をした。
まるで、そうなることが決まっていたように。
――魔王は、わたしの100%だった。
そして、わたしは、月花に対する気持ちが、恋じゃなく、
憧れと期待でできた、にせものだったことを知った。
わたしがすきなのは月花じゃなく、
わたしに優しくしてくれる、わたしを助けてくれる、
ヒーローで、王子さまで――。
だから、ほんとうの月花を、わたしは、知ろうともしなかったんだって。
わたしの初恋は、初恋のかたちをした、恋愛ごっこは、そこで終わった。
そして今、わたしは魔王の住む写しみの世界に向かっている。
落とし穴に落ちるように、鈍色の空間をすべり落ちてゆく。
一向に着かないことに焦りながら、わたしは目をこらす。
(--魔王、魔王、魔王……!)
潤んだ瞳をぬぐいながら、どこまでも、どこまでも落ちてゆく。
--わたしは、許さない。
わたしより月花を選んだことじゃない。
わたしが怒っているのは、そこじゃない。
わたしのしあわせを勝手に決めつけて、出会ったあの時、
わたしの名前ごともとの世界の記憶を奪ったように、
わたしから魔王の思い出を奪って、昼の世界に追い返したこと。
ぜったいに許さない。
……だから、魔王を殴りにいく。
――そして、今度こそ伝える!
わたしは、魔王がすきだって。
すきですきでしょうがないから、責任とってって。
……--ぜったいにぜったいに、言ってやるんだ!
――そしてわたしは、「そこ」にたどり着いた――。




