第6話 ~トラゲーディエをぶち壊せ~
「我はあの小僧のことが嫌いだ」
よく通るバリトンでそう答える彼は、恐竜なみに巨大な白鳥だ。
巨大雪白鳥という、
この世界にたった一羽しかいない彼は、
粉雪のようにきらめく羽毛と、
灰がかった輝くサファイヤをはめこんだような目をした、
鏡池の主だ。
池というより湖にしかみえないこの場所は、
鏡森の中央にある、神聖な場所らしい、と魔王から聞いたことがある。
ちなみに、彼――わたしはスノゥと呼んでいる――は、
魔王よりもずっと年上で、彼すらも小僧と呼ぶ。
実は、ちょっとすごいひと(鳥?)なのかもしれない。
「そんな事言わないでよ。魔王だって頑張ってるし」
口をとがらせてそう言うと、スノゥはにやりとした(ようにみえた)。
「……お前は、本人の前ではあれだけ罵っておきながら……。
もしやあれか。恋い慕う異性に素直になれない…………、
“つん”…… 」
「つん?」
「……ツンデレラか。
頭から灰をかぶった払いせに、
王子を火のついたヒールで踊らせるという、古の魔女……」
「…………うん……。なんかそれ、だいぶ違うかな……。
っていうか、すでに原型留めてないよね……」
脱力して、やる気なくつっこむ。
「では、つん……つんつん村の……」
「カチカチ山のタヌキの親戚?
――もうスノゥがボケ老人だってことはわかったから、話を聞いてよ」
「我はまだピチピチだが……。……なんだ。お前の頼みだ。聞いてやろう」
「魔王ときたら、わたしに帰れって。
わたしより月花のほうがかわいそうだから、
家族もいて家もある、幸せなわたしに自分は必要ないって。
……勝手だよね。わたしは、魔王のことすきなのに。
月花より、はじめてのひとより、ずっとずっと胸がきゅんってなって、
月花を裏切るわるい女になっちゃうぐらいだったのに」
「――そうか。お前は、後悔しているんだな」
「……別にそうじゃないよ。
魔王をすきになったこと、後悔なんてしてない。だけど、月花は……」
スノゥはため息をついた。
「お前もあの少年を憐れむのか。がっかりだな。
てっきり我は、本気で好きだったとばっかり思っていたぞ」
「……すきだったよ」
わたしは、囁くように言う。
「でも、魔王は、わたしの100%だった。
怒った姿も、笑った顔も。すぐすねるところも、
バカ正直で、あほあほで、意味わかんないところも。
ぜんぶぜんぶ、たまらなくて、抱きしめたくなる。
……抱きしめて欲しいとかじゃなくて。
――たぶんわたしは月花に、ただ助けてほしかっただけだったんだ。
まるでヒーローとか王子さまみたいに。
だからそれは、憧れで、すきではあっても恋じゃなかったんだと思う。
だってわたしは、月花の“ほんとう”なんて、
ちっとも、知ろうとしなかったから」
「では、魔王のことは、知りたいと思うのだな?」
「……知りたいよ。魔王のことなら、ぜんぶ」
「……そうか。ならば、いつまでこうしておる。
お前は魔王に会いたいのだろ? 忘れている場合か?」
「……え……?」
「――目覚めよ。お前には、その権利がある……」
「スノゥ……? 待って、話はまだ……」
スノゥが遠ざかってゆく。
必死で手をのばすと、目を焼くようなまばゆい光に目がくらんだ。
((スノゥ…………魔王……っ……))
……はっ。
わたしは、唐突に目を開けた。
黒板にぶつかるチョークの音。さらさらとしたシャープペンシルの音。
そよぎふくらむ白いカーテン。
――いつもの日常。いつもの教室。
……いや、違う。 ――わたしは……。
「君島くん? いきなりどうし……」
ばん、と机を打ち、わたしは立ち上がっていた。
「……早退します!!」
「……は? でも体調が悪そうには……」
「――病気なんです! だから、もうここにはいられません!」
言って、返事を待たずに駆け出す。
教室のどよめきを尻目に、廊下を駆け抜ける。
――そう。病気だ。たぶん、一生治らない。
だって恋の病って、きっとそういうものだから!
校門を飛び出し、人気の少ない道の真ん中で、力いっぱい叫ぶ。
「――こたえてよ、スノゥ!
わたしは、わたしには、そこに行く権利がある!!」
((よかろう……))
心地いいバリトンが辺りに響き、視界が歪む。
波を打つように鈍色によどめく空間の真ん中、それは現れた。
ドアのように、切り取られた四角。そこに、思いきって、飛び込む。
――わたしは、魔王に、魔王に会いにゆく!
たとえうざがられても、追い返されてもかまわない!
だって、わたしは魔王がすきなんだから!!
不治の病にさせられた責任を、
ぜったいにぜったいに、取ってもらうんだから!




