第四章 思い募って対決
さて、魔法勝負が始まる前までの話となります。
・・すいません、WEB小説としてはやや長いかもしれませんが、お付き合いいただけたら幸いです。
たった一つ違う授業
第四章 思い募って対決
「日高君。じゃあ、今度の中間試験、最終日の「魔法勝負」の相手をお願いします!」
「・・・わかった。」
ここは二年六組の外の廊下。
色々あった翌朝、ホームルームも始まる前から突然行われた二年最強といわれる魔法少女の勝負宣言に、聞いていた近くと通りすがりの生徒の一部がざわめいた。
「あれ、七組の立花だよな?」
「二年生最強って噂の?・・でも相手の日高君って確か、」
「ああ、日高って魔法できたっけ?」
「はいはいはい、はぁ~~い、ストップ! なにやら特ダネの真相は、新聞部の星、橋澤ミルにお任せあれ! ・・とゆわけで、二年六組日高勇二氏、七組立花このみ氏、コメント願います!」
これまた二年で有名な情報屋にしてトラブルメーカーの女性特派員の突然の出没に、周囲のざわめきが一旦静まる。中には苦笑や同情の視線も・・って、そのうち一人は松井、お前かよ!
「・・それじゃあ、何か変更点があったらまた伝えに来ます。・・では。」
「あ、ああ・・」
気勢がそがれた感の立花は、それだけ言うと速やかに自分の教室に戻った。
「ああ!立花さん、コメント! ・・・・仕方がない。この際、日高勇二氏からだけでも良いのでコメントを」
「・・そんな風に言われて、いったい誰がコメントするのか。」
まぁ、そもそも自分こそが今の状況が把握できていないかもしれない。ちょっと整理しよう。
近くでわめく迷惑特派員を適当にいなして、俺は自分の席に戻った。
「・・あの橋澤の突貫レポートをあそこまで見事にスルーするとは、・・日高って案外大物?」
などといった生徒が何名かいたらしいのは、だいぶ後で知ったことだ・・・
昨日、魔法学の補習を行った教室で望が倒れてから、事態は一挙に進んだ。
(望さん!!)
「望!?」
「ちょっと叶野君、どうしたの!?」
「!!?」
俺を含む三名(実際はフォーチュンも含んで四名か)は、突如倒れた望に声をかける。
「・・す、すいません。」
頭を抱えながらどうにかといった態で立ち上がる望。その顔色は、傍目から見て明らかに悪い。
「だ、大丈夫、叶野君?何なら保健室か病院に・・」
それを察した飛鳥井先生は、心配そうに提案するが、
「いえ、・・時折ある立ち眩みです。しばらく休んでいれば治ると思いますので、家に帰ります。せっかく補習してもらっているのにすいません。」
「それはいいけど・・家まで大丈夫?」
「・・大丈夫です、結構慣れてるので。それでは失礼します。」
有無を言わさぬうちに教室を出る望。突然の事態にぽかんとする三人だが、
(・・何してるんですユージ。望さん、無理してますよ。)
「・・・だよな。すいません、先生。一緒についていきます。」
「あ、うん。日高君お願いね。・・何かあったら連絡してくれて良いから。」
「わかりました。・・立花さんごめん。勝負の話はまた今度で・・」
「・・ですね。じゃあ、この話はまた明日で。」
(明日?部活の始まる前にでも話すのかな?)
俺と立花さんは同じ弓道部だが、弓道部顧問は一人しかいない。弓道場も一つなので、練習は男女同じ日に行う。・・・といってもほぼ毎日なのだが、今日は珍しく顧問の先生が急用で練習を見る都合がつかないということで、臨時に休みになっていた。
立花さんはそれもあって補習を申し出たのだろう。もっとも自分は、最近はサボることもたまにあるし、・・正直、今日は件の魔法絡みで部活どころじゃないので、どちらにせよ休んでいただろうが・・
「・・わかった、じゃあ、また明日。先生、失礼します。」
「うん。また明日ね。」
俺は方向的にまずは自分の教室に向かったのであろう、望を追って走っていった。
「いやぁ、さっきは驚いたわねぇ。」
「はい。・・・ところで先生、日高君とよく話すんですか?」
「ぇ?いや、まあ、私は彼の担任だし、・・問題児をそのままにはできないでしょ?」
「問題児・・ですか?」
きょとんと首をかしげるこのみ。確かに最近部活はたまにサボるようだが、それ以外は問題を起こしたと聞いたことはない。その部活サボりにしても、彼以外に何人かいるし、成績も悪くはないようで実際、「理系優秀クラス」と呼ばれる六組にいる。
「私はクラスも違うし、・・部活でもほとんど話したことないんですが、そんな問題を起こしたとか聞いたことないですけど。・・問題児だったら優秀クラスに入れないと思いますし。」
「あ~、えと、・・・私の担当の魔法学のことよ。彼、さっき始めて私の前で魔法披露したのよ。それまではどう評価したらいいかちょっと困ってて。・・魔法学は受験にほとんど関係しないから、優秀クラスに入れたってところかな?」
飛鳥井が勇二のことを問題児呼ばわりするには、実際にはもうちょっと理由があるのだが、それはまた別の話である。
「・・・さっきのが本当に初めての魔法、なんですね?」
「本人曰く、だけどね。・・にしても、訳わからない子よねぇ。」
「・・・・・失礼します。」
会釈をすると、何も答えず帰路に着くこのみ。その表情は、やや複雑ながら、真剣な表情なのは間違いない。
「・・・まったくどうなることやら。」
翌日、騒然とする我が教室を、苦笑しながら静める作業から始めることになることを、彼女はまだ知らないのであった。
「・・そんなに悪いのか、望?」
「望さん、大丈夫ですか!?」
望のクラス、二年一組で追いついた俺とフォーチュンは心配しながら呼びかける。周りに人がいないことを確認してフォーチュンも姿を消す魔法を解いて実体化している。
「いや、なんか彼女、立花さん? が、君に勝負と言ったとたん、力が急に抜けて・・」
「・・それは、」
「・・多分ですが、あの人の願いも叶えてしまったのだと思います。」
俺たちは驚いてフォーチュンの方を同時に見る。
「・・きっと、立花さんは「自分は魔法が誰よりもできる」というのに自信を持っていたのでしょう。その自信を失わせることをユージがやってしまった。だから、「自分が一番であることを証明したい」と強く願ったのを望さんが無意識に叶えてしまったのでしょう。魔法勝負を要求したことにつながりますしね。・・ユージのスカポンタン!」
「うっ・・」
ナビゲーター妖精の合点のいく説明に気押される俺。
「・・そうは言っても、そんなの予想できないだろ?第一、俺が魔法が出来た時点で望のかけた俺への最初の「願望成就」が解けてもよかったじゃないか?」
「ぬっ・・それは、」
俺の反論に、フォーチュンはなぜか困った顔で望の方を見やる。望はうなずくと、具合悪そうにしながらもなんとか続ける。
「それは・・多分、僕自身も「魔法が使ってみたい。」と望んだから。それで一時的にかどうか、勇二への魔法が継続されたのだと思う。・・はは、そう考えたら自業自得だね・・」
自らの失敗を戒めるように望は苦笑する。
「・・・そんなことないさ。まあ、お互い様ということで。それよりその様子で家まで帰れそうか?」
「・・正直なところ、歩いて帰るのは無理そうだからタクシーでも捕まえて帰るよ。」
「では私は不本意ながら、ユージの家についていきますね。」
「え?」
きょとんとなる俺と望。・・だが、しばらくして望が苦笑すると、
「・・そうか、本当にフォーチュンはわかるんだね。僕が今夜は一人になって考えたいってこと。」
「当然です!」
エッヘンとふんぞり返る妖精。そのかわいらしい姿に俺と望はお互い顔を見合わせて笑った。
「了解、今晩は預かることにするよ。そうだ。何かあった時のために携帯教えてもらっていいか?」
「私と望さんは一心同体ですから、私に言ってくれれば携帯で連絡する必要ありませんよ?」
「・・なるほど、それは便利だ。電話代も浮くなぁ。で、だ。その便利なおまえが迷子とかになった時には、誰に相談すればいい?」
「うっ・・」
その様子を見た望は、軽く微笑んで携帯を差し出す。
「ごめん、なんか携帯いじるのもちょっとしんどいや。勇二が入れてくれる?」
「・・いいのか?彼女にいたずらメール送るかもしれないぞ?」
「彼女って、望さんいたんですか!?」
びっくりして望の方を見るフォーチュン。一心同体はどうした。
「残念ながらいないよ。・・って、フォーチュンは知ってるでしょ?見られて困るのはないから、悪いけど登録してもらえるかな?」
「俺と違う機種だけどできるかな?おっ、何とかなりそう。」
俺はどうにか赤外線を使って両方の携帯の番号とメアドを交換する。望の携帯への登録名は・・ぼけようか一瞬悩んだが、普通に「日高勇二」と入れておいた。
「よし、できた。「日高勇二」で入れておいたぞ。」
「あ、ありがと。」
望に携帯を返す。
「つまり、この変な名前の電話やメールが来たら無視するか、逆にいたずらメールを送りまくばいいわけですね。」
「・・おまえ、そのサイズじゃあ携帯打つの難しいだろ?」
「盲点!」
意地悪そうに告げる妖精に即座に反撃。この間一秒足らず。
「冗談はさておき、タクシーが捕まるまで肩を貸すぞ。ほら、鞄も。」
「・・悪いけどお願い。」
俺は望の鞄を左手に持ち、後ろから回した望の左腕も持つ。右腕は望の背中から回し、右脇腹へ。・・男同士とはいえ、ちょっと照れる。
「・・要救助者、確保。」
「不審なこと、いうな!」
妖精からの突っ込み。照れ隠しだっつーに。
その後も「しっかりしろ、出口は近いぞ!」などとどこかで聞いたような励ましをしつつ、校門を出てタクシーを捕まえ、望を見送る。去り際に望が、
「ありがとう。じゃあ、フォーチュンのことお願い。・・あんまり喧嘩しないでね。」
「俺は喧嘩などした覚えはないが」「もっと言ってやってください!」
「・・・・・」
俺と妖精の返事に、多少困った顔になった望が印象的だった。
「・・さて、行くか。」
「ふ、二人っきりになったからって、変なことしないでよ!」
「・・おまえ、そんな台詞、どこで仕入れてるんだ?」
この妖精は望と一心同体・・ふむ、今度一段楽したら、望と腹を割って話したいものだな。
・・こうして、その日は終わった。
そして翌朝、一番に立花女史の廊下への呼び出し。まずは望の容態を確認して、問題ないと伝わるや否やの「魔法勝負」宣言につながるのである。
・・・ぇ?フォーチュンが家にいた時のことか? すまない、正直そのときの話は、この現状では思い出したくもない。・・いつか機会があったらな。
「はあーい、静かに! みんな、席について!」
騒然とする教室に担任である飛鳥井先生が入ってくる。さすがにみんな、速やかに席に着く。
「はい、みなさん、おはようございます。・・と言っても、さっき小耳に挟んだ、七組の立花さんとうちのクラスの日高君の魔法勝負のことが気になるだろうけど、それはそれ!・・とりあえず、今度の魔法学でそもそも日高君が魔法が使えるようになったのかを楽しみにして、今日も一日頑張りましょう!」
どっと沸く教室。先ほどのやや微妙な感じが一気に吹っ飛んだ。・・ふと先生と視線が合うと、目配せしてきた。・・どうもフォローのつもりなのだろう。フォローの仕方が若干腑に落ちないが、とりあえず軽く会釈して返した。
「さて、今日の連絡事項に入ります。本日の・・・」
「先生、助けてください・・」
「・・・予想しなかったわけじゃないけど、ストレートにきたわね・・・」
昼休みの職員室。俺は飛鳥井先生に助けを求めていた。言うまでもなく、立花さんとの魔法勝負のことだ。
「・・まぁ、このままだと勝負にもならないから、藁をも掴む思いよねぇ。」
「・・まさしくその通りです。」
「ん~・・」
先生は困ったように腕を組んで首をかしげた。俺は去年も授業のことで何度か飛鳥井先生に教えてもらっている。生徒優先で非常にいい先生だが、同時に公平でもあるので、生徒一人に肩入れすることのない先生という印象が俺にはある。
この考えには俺的にも筋が通っていて嫌いではないので、もし断られてもすんなり受け入れるつもりだ。
「・・日高君、一年の時の魔法学、実技はもちろん、筆記試験もあまりよくなかったよね?」
「・・・は?」
意表をつかれた。え、ここでなんで一年の時の成績?
すぐに返事が返せないでいると、先生は机にあるいくつかの資料の中から一つを取り出し、
「うん。一年の時の君の魔法学の成績だけが平均点以下。魔法学は大学受験に基本関係ないから、他の教科はほとんど上位か平均点以上ということで六組にいるんだけど、・・一年の時、適当にやって身についてないでしょ?」
「えっと、・・はあ、そうですね。」
正確に言うと、魔法学を受けた・・というより受けれるようになったのが、俺にとっては文字通り昨日の今日なので若干腑に落ちないが、間違いではないので訂正はしない。
・・しかし、望の「他者願望成就」が発動した場合、発動させたきっかけを作った者(今回は俺自身)と発動者である望(あとフォーチュンもか。あいつは、・・まぁいいや)以外は、どうやらその変化後の状況が当然としてすごしてきたことになっているみたいだな。
「うん、素直でよろしい。じゃあ、一年の教科書、私のを貸してあげるから、放課後・・そうね会議があるから五時までに、ここまできちんと読んできて。いくつか質問して、十分に答えられたら実技を指導します。」
「え?」
またもや意表をつかれた。先生は生徒一人に肩入れするか悩んでいたと思っていたんだけど、
「えっと、頼んでおいてなんですが、個人的に教えてくれるんですか?」
今度はなぜか、飛鳥井先生がきょとんとなる。そして少し考える仕草をしたと思ったら、はっとなって少々慌てたように早口で話す。
「あ、えと、・・そう!クラス担任として、成績が悪い子を指導するのは当然だし、昨日立花さんに「魔法勝負」を持ちかけたのは私なので、責任が全くないわけでもないし、・・って、そういうことなの!」
「は、はあ・・」
何故慌てているのか良くわからなかったが、教えてくれるのは正直非常にありがたいので心から感謝する。
・・あと、慌てた様子がちょっとかわいかったのは言わないでおこう。
「じゃ、じゃあ放課後五時にここまで読んでくること!いい!?」
「は、はい。」
「よし。じゃあ行って良し!・・というか、お昼ごはん、食べさせて~」
「あ、す、すいません。失礼しました!」
少々強引に追い出される形になったが、指導してもらうことになったので良かったということにしておこう。・・ん、俺も昼を買いに行かねば。
「・・・にしても相変わらず微妙にスパルタだなぁ。何気に二回目ページ指したとき、一回目より十ページは先まで指定してたし。・・まぁ、それだけ時間がないって事だな。」
うっし、がんばろう!
ちなみに、放課後。頑張って読んでいって(中途半端なところを指定してるなぁ)と思いながら飛鳥井先生に伝えたところ、
「あれ?・・えと、ごめん、指示するところ慌てて間違ったみたい。で、でもたくさん勉強できてよかった、よ、ね?」
俺はため息をついて、一言だけ告げた。
「・・先生。人間、間違いは素直に認めることが重要です。」
「・・はい、すいませんでした。」
シュンとなった先生の姿が妙に印象的だった。
「よし。理解度は大丈夫ね。・・にしても、基礎の章とはいえ、本当によくちゃんと読めたわね。」
「プラス約十ページがあったので結構大変でしたけどね。」
「うっ・・」
再びシュンとなる先生。ちょっと面白い。
「そ、それじゃあ、実践始めるわよ。結界レベルは・・3でいいか。」
複雑な手の動作の後、指導教室内に魔法結界を発生させる。この結界内でのみ魔法が有効になるのは、今回読んできた基礎の章に書いてあったのでわかるのだが、
「先生、その複雑な手の動きが結界を張るのに必要なんですか?」
「え? ・・まぁ、そんなものね。実際は今日君が読んできたとおり、もっと高度な知識が必要だけど。」
「ふぅーん。」
実際、教科書にも「魔法結界を作るには高度な知識が必要」と言ったような記述はあったが、手の動きについては何も書いていなかった。それに答える際、先生がちょっと言いよどんだのが若干気になったが、何も言わないでおく。
「ふっふ~ん。魔法結界が使える「結界師」の資格をもつ人は結構いるけど、レベル5まで使える人はそんなにいないのだよ。先生、実はエリート。」
「さて、練習始めましょう。」
胸を張って自慢する先生にあえて乗らないでおく。しょんぼりと肩を落としたように見えるが、うん、きっと気のせいだ。
「はぁ。・・じゃあ、昨日と同じ様に的を出すから、とりあえず全力でうってみて。」
「え? ・・正直なところ、昨日全力だったんですけど。」
それで二十m先の的まで届かず消滅。立花さんは当たり前のように届く上にほぼ百発百中、・・考えるまでもなく勝負にならない。
「それは飛びぬけているわけじゃない魔力量で、形態変化なんてやるからでしょう?今日読んだ基礎の通りに魔力を込めれば、十分届くわよ。」
ほらやってみて。という合図に従って、俺は魔力の球を創る。今回は普通に野球で投げるように投げた。おお、確かに届く!
・・が、的に対しては左上に大きく外していた。
「・・・ノーコン。」
「グハッ!」
クリティカルな一言に、俺は膝をつきそうになる。多分、先ほどのお返しもあるだろうが、倍返しすぎる。
「うん、君に野球のセンスが厳しいことはよくわかったわ。・・でも、それは野球の話。改めて問うけど、魔法にとって大切なものは何って、教科書の始めに書いてあった?」
俺はハッとなって答えた。
「魔法にとって大切なのは、・・イメージ。」
「そう。昨日も言ったけど、魔法はイメージがしっかりしないとうまくいかない。逆に言えば、イメージさえしっかりしていれば、物理法則とかも関係しない。」
「え?でも、昨日射った矢やさっき投げた球は落ちましたけど?」
「それは君が無意識に「物体は重力に引かれるもの」とイメージしたから。そうでないと落ちないどころか、・・見てて。」
先生はすばやく印を切ると、人差し指の先にピンポン玉程度の魔法の玉を出す。
「・・・・・」
そのまま指先を的・・のやや右側に向け、魔法の球を発射。球はそのまま直進し、外したと思った矢先、ほぼ左に直角という軌道を描いて的に命中した。
「球が、直角に曲がった?」
「と、こんなことも可能よ。座標指定が二つになるから、ちょっと面倒くさいけど・・。」
「やってみます。」
俺は再び手にイメージを集中し、魔法の球を創る。・・ん?もしかして夢に見たあれが出来る!?
俺は突如脚を開き、腰を落とす姿勢を取る。ビックリした飛鳥井先生をとりあえずよそに、両手を前に突き出して、ある魔法・・いや技名を唱える。
「か~~○~~は~~め~~」
「それはちょっとまって!」
予想していた言葉なのでもちろん聞き流して、包み込むような形に合わせた両手を腰に持っていく。十分気・・魔法の球が出来たところで、イメージする。こんな男の子なら誰もが一度はやり、その後、ちょっと恥ずかしかったであろう姿勢でもって集中する。
「波ぁーーーーーーー!!」
そのまま前に突き出した両手から、拳大の魔法の球がうまく出る。球は的の右側を通過しようとする際、
「曲がれーー!」
球が左に弧を描くように曲がる。だが、曲げるタイミングが遅かったのか、的の後ろを通過し
「いっけーーーー!!」
・・ようとしたところで、再び球を左方向、つまり撃った方向とま逆、すなわち戻ってくる方向に曲げ、後ろから的に中てる。
「「・・・・・・・」」
どちらも何も言わず、まるで時間が止まったかのような瞬間が訪れた。しばしの後、
「・・二回曲げるって、かなり高等技術よ・・」
「や、」
驚く先生を余所に、俺はガッツポーズを取ると、
「やったー! カメ○メ波を曲げるっぽく出来たーーー!!」
「そっちなの!?」
このあと少し、真面目にやりなさいとお小言を受けました。・・だって、ねぇ?
「・・まぁ、動機はともかく、攻撃魔法に関してはもうほとんど教える事はないわね。・・ただ、威力自体はBランク、並よりちょっと高いくらいしかないから、これだけでは勝負にならないわよ。」
「ちなみに立花さんのランクは?」
「Aランク・・ううん、あれはそれ以上、AAランクと呼ばれる位の威力。・・多分、全国でも数人しかいないレベルよ・・。」
「・・まぁ、正直とんでもなかったですからね。」
むしろあのレベルが、他にも数人いそうなことにビックリです。
「だから攻撃だけじゃなく、他の要素の魔法も使えないと。はい、おさらい。魔法は大きく何種類に分かれるでしょう?攻撃を除いて。」
「確か攻撃以外に「防御」、「強化」、「回復」、「その他」がありましたよね。」
俺は今日読んだ教科書の内容を思い出しながら答えた。
「そう、正解。「その他」まできちんと言えたわね。ちなみに「その他」には魔法結界などが入ります。まぁ、マメ知識程度ね。」
「・・ん?」
ふと疑問に思った。魔法は結界内でないと使えないはず。・・なのに「結界自体」が魔法?それって・・
「さて実際どんなものか、やってみましょう。まずは防御。これはそんなに難しくないわ。魔法の球を創るイメージを、自分を守る盾のイメージに変えるだけ。・・まあ、球の状態でも防げなくはないけど、効率悪いからお薦めしないわ。」
やってみて、と言われたので魔法の盾をイメージする。程なくすんなりと盾形の魔法を構築出来た。
「よしOK。次は強化ね。これは、・・・どうせだから防御強度の判定も同時にやってみますか・・。」
「防御強度の判定?」
「じゃあ、さっきの盾をそのまま維持したまま、先生が今からやるのをじっくり見てて。」
言われたとおり、魔法の盾はそのままに先生の方を見る。先生は右手の指先をまっすぐ上に向けたまま手を前を突き出し、やや足を開いた状態で腰を軽く落とした姿勢をとる。それはまるで掌底を繰り出す構えのようで、
「って、まさか!」
「・・集中しないと、ちょっと痛いわよ。 ハッ!!」
ドンッ! という音がしたかと思うと、飛鳥井先生は瞬時に、と言える速さで俺に接近し、魔法の盾に掌底を繰り出した。
その威力は凄まじく、俺は何とか耐えようとするも数瞬の後、あえなくはじき倒される。
「っつ~~・・・」
「ん~、防御はCランクってところね。倒れてなければBランク位だけど。」
「・・というか、いきなりは辞めてください。頭でも打ったらどうするんですか・・」
俺はぶつぶつ言いながら、制服の地面についた部分を払いつつ立ち上がる。
「ああ、ごめんね~。・・で、私が何したかわかった?」
全く反省していないように軽く答える先生。まぁ、自分もいうほど根に持っていないので、気にしないように答える。
「強化魔法ですよね。多分、右手と左足を強化したんじゃないですか?」
「・・ほ~、ちゃんと見てたね。さすがに足の強化は気づくと思ったけど、手の方もちゃんと気づいたか。」
「あんな衝撃、生身では無理ですよ。・・いや、先生ならその可能性もあったか・・」
「どういう意味!?」
予想通りの反応に、俺はにんまりする。って、つ、・・なんか左手が痛いぞ。
「あ~、ちょっと擦りむいちゃってる。」
「ありゃ。・・ん~、唾でもつけとけば治るよ、うん。」
お返しとばかりににんまりとする先生。しかし、やはり甘い。
「え、先生が舐めてくれるんですか?」
「・・っ、セクハラ! 完全にセクハラ発言!!」
真っ赤になって怒る、というか恥ずかしがってそっぽを向く先生。うん、確かにセクハラ発言だけど、勝った。にんまりした表情のまま、
「先生が意地悪言うからですよ。・・それで、次は回復魔法ですよね。」
話の途中からちょっと真面目な声で教えを請う。
その声を聞いて、コホンと一つ息をついて、なるべく真面目な表情でこちらを見る先生。なるべくなので、顔はまだやや赤い。
「・・そ、そうね。ちょうどいいから、回復魔法を実演します。傷口を見せて。」
「はい。」
俺はちゃかしたりせず、普通に擦りむいた左手を見せる。いい加減な態度で教えを請うのは正直好きじゃない。・・だったら最初から真面目にしろよ、とどこかから突っ込まれそうだが、それは・・前に言ったとおり性分だ。勘弁して欲しい。
「・・。よし! えと、回復と言っても、実際は「相手の治癒能力の補助」なの。」
「能力の補助、ですか?」
「そう。見てて。」
言いながら、先生が傷口に手をかざすと魔法の球が出現する。だが、これまで見た球とどこか違う。これまでが「魔力を固めたもの」とするなら、今あるのは「魔力を放出するもの」といった風に感じる。実際、何かが体の中に入ってくるように感じる。
「そう。その違いが感じられるなら回復魔法は使えるわ。そうなると、」
「おお。」
傷口が見る見る間にふさがっていく。さながら、ほっといて治る様子を早送りした感じだ。回復といっても、「痛いの痛いの飛んでけ~」といった感じで傷が消えるのではないんだな。
「とまあ、治癒魔法はこんな感じ。注意して欲しいのはあくまで「治癒能力の補助」だから、「治癒できそうにないほどの深手」にはほとんど効かない点。・・え~っと、ノリでここまで教えちゃったけど、今回君が使うことはないだろうね。」
「なぜにです?」
「相手が立花さんだから。・・回復させてくれるチャンスなんて与えてくれると思う?・・というか、最初の一撃持ちこたえられるかもわからないレベル差だしね・・」
「あ~、・・確かに。」
回復に頼ろうとした時点で負けってことか。うん、納得。
「あ、一応助言しておくと、彼女、防御と回復は苦手だから。・・回復に至っては覚えようともしてくれないわね。でも強化はかなりできるし、攻撃魔法は以前見たとおりで学年最強っと。・・「攻撃は最大の防御」とは、よく言ったものよね。」
「ん~、でも防御が苦手なら・・」
弱点があるなら攻略は不可能じゃない。これは、・・はっきり言ってアニメやゲーム、フィクションからの知識で、実際はそうたやすくはいかないだろう。と言うのも、なぜかアニメとかだと相手は自分の弱点を知らなかったりするのだが、今回の相手は絶対に自分のウィークポイントを知っていて、それを補うようにするだろう。まさにさっき先生が言ったとおり。
だが、それでも取っ掛かりにはなる。第一、今から相手の弱点を調べる時間などないのだから。
「お~。学年最強相手に強気な発言。ちょっとは期待してるわよ。じゃあ、今日はこの辺で。」
「はい、ありがとうございました!」
深々とお辞儀をする。実際、予想以上にためになったし、相手の攻略の取っ掛かりも掴めた。感謝しないではいられない。
「はい、お疲れ様。さて、今日は私の方から顧問の宮坂先生に言っておいたけど、明日からは試験休みになるまできちんと部活に出なさいよ。」
「へっ?」
「へっ?・・じゃないでしょ?学業は学業、部活は部活。そのあたりきっちりしなさいと言ってるだけで、何か間違ってる?」
「え、でも、えっと・・」
「ナ・ニ・カ、間違ってる!?」
「ぃぇ、おっしゃるとおりです・・」
飛鳥井先生の怒りの視線による近接攻撃が発動!防御の仕方、自分知りません・・ってか、先生、近い、近いよ!!
「ん、よろしい。・・と言っても、今日が木曜で来週の水曜から試験休み入って、弓道部も休みだから、行くのは五日だけ。その後は丸一週間訓練できるから、何とか形になるでしょ?」
「ぃや、試験科目は魔法学だけじゃないんですけど・・」
「・・毎回、ろくすっぽ試験勉強しないでゲームしてるだけなんだから、今回くらい頑張ってもいいんじゃない?」
「・・ですね。と言うか、身も蓋も無さすぎなんですけど・・」
「やっぱり、常日頃の行いって大事よね♪」
と言ってウインクする先生。いや、答えになってないんですけど・・まぁ、ちょっと可愛かったから、これ以上は言わないでおこう。
「あ、そうだ。明日の六時間目の魔法学、君に魔法の実演してもらうけど、「形態変化」はやらないでね。・・あと、二回曲げるのも無しで。」
「え、なんで実演?しかもそんな制限付きで?」
先生は肩を落としてため息をついた。
「あのね。君は魔法学の授業中一度も魔法使ったことないんだよ?そんな生徒に学年最強って人が勝負吹っかけちゃったもんだから、朝みたいになっちゃったんでしょ?だから君がある程度実力があるところをみんなに示さないと、騒動がひと段落しないでしょ。」
む、言われてみれば今回の対戦は当人の俺ですらよくわからないカードだ。ここで何もしないままでいると、変に期待あるいは誤解されかねない。
「だったら、立花さんが勝負挑むきっかけになった「形態変化」を見せる方がいいんじゃないですか?」
「・・・そんな授業で教える範囲外のことをされたら、担当の私が困るから先に言っておきました。・・理解OK?」
「・・なんとなくわかりました・・」
要するにあれだ。小学校の算数で円周率を「3」で授業を進めようとしてるのに、塾とかに行ってる生徒が「せんせー、「3.14」じゃないんですか?」と子供独特の残酷な発言をするようなもんだな。まして「π」とか言い出したら、説明する側もされる側も苦痛にしかならない。
「つまり小学生が「π」とか言っちゃダメってことですね。」
「・・・なんでいきなりそういう発言が出るのかわからないけど、とりあえずいろんな意味で言っちゃダメだから。」
む、口に出てたか・・いや、あえて出したんだけど、その返しはさすがです。
「それじゃあ、はい、わかりました。明日は適当に八百長しておきます!」
「八百長って、・・・あえて否定できないところがつらいわ・・まぁ、そんな感じで明日はお願いね。」
「了解しました!」
敬礼するというややふざけた返答に対して、「ん」と軽く相槌を打つ先生。この辺りが先生の人気の高さの由縁だろう。
「じゃあ、そういうことで今日は解散。気をつけて帰ってね。」
「あれ?先生はまだ帰らないんですか?」
職員会議の後って言っていたから、てっきりもう帰ると思っていたんだけど・・実際、部活の顧問でない限りは帰る先生がこの学校は多いのだ。
「・・残している仕事があってね。ちょっと時間がかかるから、君は先に帰ってちょうだい。」
「これから仕事ですか。・・すいません、無理言って時間作ってもらって。」
「気にしない。受けたのは先生なんだし。それじゃあ、さようなら。」
「・・はい。それでは失礼します。」
ペコリと頭を下げて、教室を出る俺。さすがにそんな真面目なことを言われていい加減には返せない。
「・・さて、それじゃあ残りの仕事をしますか。」
苦笑するように飛鳥井は職員室に向かうと、すぐに別のところに向かった。
「う~ん、やっぱり具体的なやり方を書いた本はないなぁ・・。」
「・・高校の図書館だからね。というか、専門の場所でないとなかなか置いていないわよ、「魔法の形態変化」のやり方について書かれた本なんて。」
「はぁ、やっぱりそうなんだ、どうしよう。 ・・・って、えっ!?」
このみの隣には、いつの間にか飛鳥井が立って彼女を覗き込んでいた。
「飛鳥井、せんせい・・?」
「ほら、そろそろ下校時間よ。先生も手伝ってあげるから、早く本を片付けて下校しないと。」
「え? は、はい・・」
このみが机に積んでいた6冊ほどの魔法に関する厚めの本。そのうち3冊を飛鳥井が抱え、本棚に戻そうとする。いきなりで動揺したが、先生だけに任せるわけにも行かず、慌てて残りの3冊を抱えて、このみは飛鳥井についていく。
「ん~、でもなかなかいい本を探したわね。さすが立花さん。」
「えっ? ぁ、どうもありがとうございます。・・でも、先生がなんでここに?」
「そりゃあ、立花さんを探してよ。昨日の様子から見て、調べ物するのは容易に想像できるし。」
「うっ・・」
まさにその通りなので、言葉を詰まらせるこのみ。二人はそのまま、本のあったところまで行き、元の位置に戻す。
「でも、さっきも言ったけど、こういった普通の図書館には魔法の応用的やり方に関する本はまず置いてないわよ。調べてわかったでしょ?」
「・・はい。」
確かに載っていなかった。わずかに「魔法の応用として形を変えたり、分裂させたりする方法もある。」と書かれた本があるくらいで、実際のやり方まで載っているものは無かった。
「そこで先生の出番! ってわけね。先生が専門課程で使っていたテキストを貸してあげる。」
「・・え?」
目を点にするこのみ。これを見て、
(ふむ、先生の生徒を思う気持ちに感動したかな。私って・・罪な先生。)
などと、とりあえず勇二に感化されたような思考を持ちながらキリッとした表情をしてみる飛鳥井。
「ふふん、遠慮しなくていいわよ。生徒の望みを叶えるのも教師の務めだから。」
(決まった!)
と、心のどこかで浸っていた飛鳥井に冷水を浴びせるような言葉が、
「・・でも、せんせい、」
「・・何も持っていませんけど・・?」
「へ?・・・・」
確かに飛鳥井の手元には何もない。
「あーーー! しまったーーー! さっき図書館の本と一緒に本棚に入れちゃった!」
慌てて先ほど元に戻した本棚まで戻る飛鳥井。・・ほど無く、一冊の本を持って戻ってくる。・・真っ赤な顔をして。
「・・ん、コホン。 ・・では、この本を貸してあげます。この本を読んでさらに精進してください。」
「あ、はい。・・え、と、無理しなくても、先生は十分かっこいいですよ。」
「ガーン。・・生徒に、フォロー、される、なんて・・」
近くの机に手を突いて肩を落として落ち込む飛鳥井。ズ~ン、という効果音が聞こえそうだ。実際ガーンって口に出してたし。
(か、かわいい先生だなぁ・・)
と思ったが、このみは口には出さない。おそらくその言葉は追い討ちにしかならないと本能的に感じた。
・・こうして大人になるのですね。うむ、奥深い。
「・・うん、浮上した。 ・・まぁ、ともかく、その本なら色々実践的に書いているわ。専門書だから難しいかもしれないけど、立花さんならなんとかある程度理解できると思う。あ、理解できないところは無理にやろうとしないでね。複雑な部分でもし失敗したら、対処が難しいから。」
まだやや顔は赤いが、真面目な顔で飛鳥井は告げた。なるほど、この本は学生においそれと読ませる類のものではないようだ。
「それと、実践したい場合は遠慮なく私に言って。時間があったら、なるべく教えるようにするから。」
「あ、はい。ありがとうございます。・・でも先生は、日高君の味方なんじゃ?」
「ん?確かに日高君の担任だし、出来の悪い生徒だから多少肩入れするけど、」
先生はこちらを見ると穏やかな表情で続けた。
「その前に私は教師なんだから、向上心のある生徒に教えてあげたくなるのはおかしくないでしょ?」
目から鱗だった。そしてこのみは、こう思わずにはいられなかった。
(ああ、こんな先生だから、みんなから慕われるんだ。)
「わかりました!お借りします。ありがとうございます!」
深々と礼をする。
「はい。返すのはいつでもいいからね。あ、それと日高君にも言ったけど、部活には明日からきちんと参加しなさいね。」
「え、・・で、でも、」
「でもじゃない。さっきも言ったように、自分の教えている授業を熱心にやろうとしてくれるのは嬉しいけど、それを理由に部活にいかないのは違うでしょ?・・まぁ、赤点とかなら別だけど、今は二人ともそれはないし。」
「・・はい、そうですね。・・って、あれ?」
至極正論なので素直に受け入れるこのみ。だが、それとは別に気になる言葉があったので聞いてみる。
「あの、「今は」赤点ないって、私、そんなに成績はよくないですが、赤点は取ったことないんですけど・・」
「あ、ごめんね。あなたのことじゃないのよ。日高君の方が一年の時取ったからそれでね。」
「日高君が、ですか?」
これは初耳だ。彼がそんなに成績が悪いとは聞いたことない。第一、それでは優秀クラスに組み込まれるわけがない。学年上位二十位に入ったこともあると、男女は別だが、同じ場所で部活はやっているので聞いたことすらある。となると、
「・・昨日、初めて魔法が使えたと言ってましたから、魔法学で、ですか?」
そうなると、赤点人物が全校生徒唯一の「魔法の形態変化」のできる生徒ということになる。それは、・・なんだか色々おかしい気がする。
「いいえ。昨日も言ったかもしれないけど、理論はまあまあ出来てたから赤点は取ったことないわよ。むしろ何故この点で魔法が出来ないのか不思議に思ってたくらい。」
「だったら何の教科ですか?」
「知りたい?」
先生がちょっとニヤニヤした表情で聞いてくる・うっ、何故そんな表情を。
「え、と、正直気になるんで教えて欲しいです・・」
「・・なんで気になるの?」
さらにニヤニヤしながら詰め寄ってくる。だから、その表情は何!?
「・・いえ、普通気になるじゃないですか。赤点持ちで優秀クラスにいるなんて・・」
「ふ~~~ん。 ・・ま、そういうことにしておきますか。」
(何がそういうことなの!?)
「赤点持ちの優秀クラス・・・やっぱり変なフレーズよね。私が担任になると決まった時にも、校長はじめ何人かの先生に言われたし。」
「え、校長先生って生徒一人一人の成績も把握しているんですか?」
ちょっと驚いた。校長というのは学校の運営とかで忙しく、全体的な傾向とかならともかく、学生一人一人の成績など把握できないとこのみは思っていたのだ。大抵の生徒は同じ様に思っているだろう。
「校長先生は生徒思いで気さくな性格の方だし、そうありたいと思っていらっしゃるけど、学校の管理、運営でやることは山積みなので、さすがに物理的に無理よ。でも、学年トップ数名と問題の生徒は把握していらっしゃるわね。今回は当然後者。」
「魔法学以外で校長先生の耳にも入る問題の生徒って・・結局なんで赤点とったんですか?」
「美術よ。」
「美術・・ですか?」
このみはきょとんと成らざるを得なかった。この学校は入学の際、選択教科として音楽か美術を選ぶようになっている。そして進学校ゆえか、大学入試時に評価となりにくい多くの生徒に際しては、これらの教科の評価はかなり甘い。極端に言えば、毎回真面目に受けてさえいれば単位を落とすことはない。実際、このみも美術を選択しており、美的センスは・・よく言って人並み程度だが、真面目に受けていたので一年次は問題なく合格できた。
「ええっと、私も美術選択ですが、普通に受けて問題なかったですが、そんなに授業をサボったりしていたんですか?」
部活くらいでしか見ないこのみのイメージ的には、たまにふざけても基本真面目な生徒のイメージだったのだが、それは間違いだったのだろうか。
・・あの射も・・
「いいえ。・・まぁ美的センスは確かにいいとは言えないかもしれないけど・・、この学校の授業で求めているのはそれじゃないし、授業も一度もサボってないわ。これは他の授業でもいえるけれど・・にも関わらず、赤点を取った。それも進級に関わるレベルで・・」
「進級に関わるって、いったい何をしたんですか!?」
「何をしたって言うか、むしろしなかったの。・・課題を出さなかったのよ。」
「へっ?」
このみは「自分の目が点になっているな」と感じられるくらいきょとんとなってしまった。
「提出された課題を見た上で、課題そのものの出来はもちろん、授業中の態度、取り組む姿勢を加味して評価するの。・・もっともここは専門学校って訳じゃないから、生徒にセンスを求めるのはおかしい。自然、授業態度での評価にほとんどなるわけだけど、課題を提出されないとそもそもの前提が・・ね?」
「それは、・・そうですね。」
確かにそのとおりだ。提出された課題を見て評価する。その課題が提出されなければ評価のしようがない。
「でも、なんで出さなかったんですか?」
「それは・・まぁとりあえず置いといて、授業を受けない不真面目な生徒ならともかく、真面目な生徒。しかも成績はおおかた優秀、理数系だけならトップクラス。そんな生徒を落とした事のない担当の先生も呼び出して説得するが、提出しようとしない。困った挙句、教頭そして校長先生まで話が持ち上がったわけ。」
「は~。・・それでどうにか課題を出させて、無事進級、優秀クラス入りってわけですね。」
「いいえ。・・結局最後までその課題は出さなかったの。」
「出さなかったんですか!!?」
思わず大声で突っ込んでしまう。え?課題を出さないと進級は危ない。でも課題は出さなかったのに進級、それも優秀クラスに?このみの頭はクエスチョン。
「・・・あの、はっきり言って、話がつながらないんですけど、私の中で。」
「ええ、そうでしょうね。私も最初聞いてそうだったし。」
「・・どういうことですか?」
飛鳥井先生は、真実を話す探偵のようにもったいぶった感じで語り始めた。いや、客観的に見たらそうなのかはわからないけど・・
「うん。実は「その」課題は出さなかったけど、「別の」課題は出したの。なんでも二回目の説得時に「ここまで描けとは誰も言わないから、とにかく出してくれ。」と言って何気なく見せた美術部の子の作品を見て、「・・これと同じでいいならがんばって描いて出しますが、駄目ですか?」みたいに言って、約三日後にそれを提出。無事進級、というわけ。」
「そんな簡単な画だったんですか?」
先生はううん、と首を振って答える。
「担当の先生が言うには、指定の課題と美術部の作品の難易度的には美術部の作品の方がやや上。それを三日で模写して仕上がりもまぁまぁ。そんなに指定の課題が嫌だったのか、と困っていたわ。」
「・・あ、指定の課題って私のクラスと同じだったら・・」
「選択教科の課題はどのクラスも同じよ。つまりは」
「「自画像を出したくなかった。」」
そう、課題は鏡を見ながらの「自画像」。このみも自分の顔を描くのはちょっととまどったが、学校の課題と言うことで割り切って提出した。
「たしかに自画像を出すのはちょっと抵抗ありましたが、みんな出しているし、まして進級がかかっていると言われたら。」
「うん、私もそう思う。でも彼にとっては違ったみたいね。」
「はぁ、なんというか、・・謎ですね。」
「・・うん、よくわからない子よね。」
二人は互いに苦笑して見やった。とその時、下校時間を告げる校内放送が流れる。
「わ、もうこんな時間!立花さんは急いで校舎を出て。残っているとあなたも先生も怒られちゃう!」
「あ、すいません! ・・って、先生もって。」
「しまったぁ~ 学年主任とかに見られたらと思うと、つい口に出ちゃった~。 ・・あの、このことは内緒でね。」
ちょっとおどけた態度で、片目を瞑って片手で「お願い」の仕草を見せる飛鳥井先生。・・その仕草は同じ女性のこのみにもかわいいと思えて、思わずうなずいてしまう。
などとやっている内に昇降口と職員室で別れる通路に差し掛かった。
「じゃあ、立花さん、そういうことですぐに帰ってね。帰り道に気をつけて!」
「先生も今日はありがとうございました!それでは。」
「うん、さようなら、また明日ね。」
このみを見送った後、飛鳥井も職員室に戻る。こんなことをつぶやきながら、
「はぁ、・・生徒の個人情報漏らすのっていけないことよね。・・立花さんは言いふらしたりしないと思うけど、・・はぁ。」
・・教師という仕事も大変なようだ・・
少し落ち込んでいる女性教師とは対照的に、女性生徒の方はやや上機嫌であった。
「・・優秀クラスにいるのに赤点って・・フフッ」
― 魔法勝負まで後、約二週間 ―
お付き合いいただきありがとうございます!
この回では、個人的に飛鳥井先生が好みです。
ぃぇ、この回に関わらずかも知れませんが・・・皆さんはいかがでしたでしょうか?
続きまして、第5章はついに魔法勝負となります。
自分なりにいいシーンが描けたらと思います。
最後に再び、最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
評価、ご感想がいただければ、さらに嬉しいです!