つきのある話
「これを盾にすれば、月だって少しは動くだろう」
そう豪語する彼の手には、柔らかな青白い光を放つムーンストーンの原石が一つ。
まるで月の分身のようなそれをみつめながら、僕はそう簡単にいくのだろうかと、たいそう疑問に思った。
だって、相手は月なんだ。三日月あたりが来たら、交渉する前にばっさりと切られてしまいそうじゃないか。
止めようにも、既に彼が行動にでた後だから、ただ見ているだけしかできないのだが。
沈黙を破ったノックの音に、まあ見てろと、彼がニヤリと笑う。
他に見るものもないので、言われるままに彼の後ろ姿を追った。
ドアが開くと同時に、部屋に投げ込まれた何がパンと弾けて視界を真っ白にした。
眩んだ目がやっとまともになった頃、彼の手は空っぽになっていた。
地団駄を踏む彼を横目に、部屋の真ん中に転がる物に歩み寄る。さっきまでなかったそれはパチパチと微かな音をたてていた。
見間違えでなければ、ドアからここで弾けるまでの短い間、これは確かに光の尾を靡かせていた。
彼がいまだにドアを睨んでいるのをいいことに、ひょいと摘まんでジャケットの隠しに落とす。
ちりりと痛む指先を軽く擦りあわせながら、彼に慰めの言葉を掛けて部屋を出た。
月の奴が彼に投げつけたのは、流星だ。
星屑をそんな風に扱えるのは、月くらいなものだ。
デパートに寄って、これが入るサイズのグラスを買おう。一番綺麗で透明なやつを。
それから、飲物も。
水割りならぬ、流星割り。
その思い付きに、にやけそうになる顔を懸命に引き締め、店へと急いだ。