隠れ家
昭和時代に建てられた二階建てのアパートの青いトタン屋根はところどころ色が剥げ落ち、雨音を大きく反響させている。モルタルの白い壁は大気汚染で灰色に薄汚れコケの緑とあわせてグラデーションを作っていた。
アパートの支えとなる骨組みの木はこげ茶色と黒のまだら模様に色を変えており、二階へと続く階段は錆びて赤茶けた鉄製で手すりも同じものだ。老朽化が進み今にも崩れ落ちそうな物件だ。
二人は寄り添いながら階段に足をかけた。
「滑るから気をつけて」
鉄製の階段は二人の体重に心もとなげにゆらゆらと揺れる。
一歩一歩気をつけながら歩くものの雨に濡れた階段は、つま先から足元をすくおうと二人の足をおぼつかないものにさせた。
時間をかけ階段を昇り、コンクリートで固めた踊り場から廊下へ。
左手に階段と同じ素材で出来た手すりと右手に合板に化粧板を合わせたドアが五枚並んでいた。それぞれのドアの上にはメーター。そして、赤く四角いポストが並びドアの横には洗濯機や傘立て物置などそれぞれ置かれてあった。
どこにでもある古アパートの光景だ。
廊下にはところどころ小さな水溜りがあり二人の足を濡らした。廊下を歩き、三番目のドアの前に立つとダージリンはステンレスで出来たドアノブに手を伸ばした。予告もなしに突然ドアが開く。
驚いて顔を上げると、関東支部ソロルのミルクティの姿があった。
彼の着ている真っ白で紺色の縁取りの入った民族衣装は、腰まである艶やかな黒い髪をいっそう引き立てていた。
額には独特な模様をあしらえたターバンを巻き、その下から覗く優しげな瞳は宝石のような光を放つ群青色だった。
「あがってください。二人とも雨に打たれて寒かったでしょう」
二人を招きいれたその部屋は、このアパートの外観からは想像もつかない広さと装いをしていた。
半円形のエントラスは約十畳の広さがあり、床には磨かれた御影石が格子状に敷き詰められ、両脇に無垢材で出来た取り付け収納がある。収納の横には長方形のはめ殺しの窓があり不思議なことに淡い光が注いでいた。入ってきたドアの両脇にも正方形のはめ殺しの窓がありそこからも床に光を落としている。
中央には季節の植物をあしらった屋内ピオトープがあり、エントランスを囲む乳白色の壁に埋め込み式のライトが等間隔で並び、床にわらかい光を落としている。
両サイドには、麻布で覆われた二人掛けの白いリビングソファが置かれ丸みを帯びたその形から座り心地のよさそうな印象を受ける。二つのリビングソファの間には黒塗りされたサザンアッシュでしつらえた、重厚な趣のある両開きのドアがある。
丸い天井には小ぶりなシャンデリアが下がっていた。それはクリスタル製で薔薇の花と葉、蔦の形に巧みにカッティングされ角度により温かみのある色が微妙に変わる美しいデザインになっていた。
白熱灯のような柔らかいハニーブラウンに照らされたエントランスは訪れる者を温かく優しい気持ちにさせる。
ミルクティは二人を両開きのドアの前まで案内すると、朗らかに笑みを浮かべながら真鍮製の取手を回した。
かちりと錠が解かれる音がして、両開きのドアがゆっくり押し広げられる。
「さ、こちらへ。私の自室ですから遠慮はいりませんよ」
小ぶりなエントラスから視界が開け広々としたリビングが目に飛び込んできた。
彼の自室、リビングはエントランスの二倍はありそうだ。
中央には濃褐色で重厚な収納付きのリビングテーブル、それを挟んでチョコレート色の弧を描いた肘掛けの付いた三人掛けの本革リビングソファ、それには白いクッションが4つ備えてある。
正面にはチェリー材で作られた食器棚とカントリーキャビネットに挟まれた、古くて大きな暖炉が赤い炎をちらつかせている。
暖炉の煉瓦は古い建物からリサイクルしたビンテージ煉瓦を使用しており味のある色合いと不揃いな形が目を惹きつける。
部屋はサハラ色のタイルで覆われ、重厚な家具で重くなりがちな部屋を暖かい色で緩和していた。左に二つ、右に一つアメリカンビーチ材で作られたドアがある。
全体的にクラッシクにまとまった落ち着いた部屋だった。
ミルクティに招かれ暖かい部屋へ通されると、毛足の長いワインレッド色の絨毯に少し足を取られた。 硬い床から柔らかい絨毯の感触に違和感がある。のろのろと足を運んだ二人の背後で扉が閉まった。
「お風呂を沸かしてあります。キメラ、先に入って。さぁ、風を引いてしまいますよ」
彼は流れるような動作で左奥の扉に案内した。
寒さと緊張で身体を強張らせていたキメラは、固い動きでミルクティの後ろに続く。彼女の腰辺りにふわりと手が添えられた。顔を上げると優しい眼差しで見つめる菫色の瞳とぶつかった。
自分と同じく全身濡れ細ったダージリンだった。震える自分を気遣っているのだろうか、今度は振り払う気分になれなかった。
雨に濡れ彼の髪は色濃くなり浅瀬から棚へ色が変わる海のように淡い紺青色になっている。お互い寒さで震えているのに、彼の視線はまるで太陽のように暖かだった。
キメラは頬が熱くなるのを感じ慌てて俯いた。
今の私は支えてくれる人を必要としている。
気持ちを落ち着かせるために今だけ必要なこと。
心の中で呪文のように繰り返し唱えた。
目の前の扉が開き薄暗い脱衣所が見えた。ミルクティは明かりをつけると口早に説明した。
「こちらに着替えを置いてあります。あいにく服はここに用意していないので、わたしのシャツで少しの間我慢してください。後ほどクーに着替えを届けさせますので。タオルはこことここにも大きさはいろいろありますのでお好きなのをどうぞ。ゆっくり温まってきてください」
バスルームに備え付けられたキャビネットの引き出しや扉を開けたり閉じたりして、優しく微笑んで言い足した。
ミルクティは彼女が部屋に入る姿を確認すると静かに扉を閉めた。
バスルームには洗面所と洗濯機、備え付けのキャビネットがあり、唐で編まれた洗濯籠には服が残っていたり、使いかけの石鹸が洗面台に置かれてあったり生活感が溢れていた。無垢材でしつらえた室内は雑然とはしているものの埃は少なく清潔感がある。
体に張り付いた濡れた服を脱ぐのは至難の業で、人の手を借りたいくらいだったがここには男性しかいないので時間をかけて雨を含んで重くなった服を脱ぎ捨てることに格闘した。
脱いだ勢いで濡れた髪が顔や素肌に張り付く。手で払うと山吹色に染まる毛先から雫がはねた。
蜂蜜色の肌を覆うものはもう布切れ一枚しかない。
彼女は躊躇なくその布切れを剥ぎ取るとシャワー室のドアを開いた。
磨硝子の先の浴室は白で統一されており、近代的なユニットバスでバスタブにはたっぷりとお湯が張られており入浴剤で桃色染まって、湯船には花びらが浮いていた。
ミルクティの乙女ちっくな演出に恥ずかしさを感じずにいられなかった。随分ロマンチックだ。緊張していたキメラの表情にやがて笑みが浮かんだ。
桶で湯を汲み取り体に注ぐと、自分の体を改めて見た。
手首や肩、太腿や足首、胸回りに青黒い内出血の跡がある。
彼女の脳裏に車の中での出来事が現実として記憶が鮮明に蘇ってきた。
表情は強張り唇がわななき顔はみるみる青ざめた。
あの時、ダージリンが来てくれなかったら。恐ろしい考えが頭を過ぎる。
嫌な考えを振り払うように頭を強く横に振ると、スポンジを泡立て体を洗い始めた。
痣のところを何度も何度もスポンジで擦る。
「う、うぅっ」
涙が溢れその滴は彼女の頬を伝い泡と交じり合った。
暖炉の前に男達はいた。
ミルクティは膝を床につき、薪をくべながら赤やオレンジ色に輝く炎や火の粉の様子見ている。その後ろで、濡れた服を乱暴に脱ぎながらダージリンは呻いた。
「くそっ、さすがに気持ち悪りぃな」
耳を疑うような汚い言葉遣いにミルクティは気にする様子もなく彼に手を伸ばした。
「手伝うよ」
ダージリンの背後に回り脱ぎかけの服に手をかける。
「あぁ」
短く返事をしてダージリンは腕を袖から抜く。
滑らかな象牙色の肌が徐々に暴かれていく、着やせして見えていた体には程よく筋肉がつき、男性の目で見ても見惚れるくらい魅力的だ。地味な民族衣装の下にこんなものが隠されているとは誰も思わないだろう。
上半身が露わになり、次はパンツに取り掛かった。
触りたい誘惑にかられミルクティは思わず彼の背中に手を這わせた。ダージリンの体が一瞬強張るが肩越しに睨み付けられた。
「くすぐったいだろ。じろじろ見るな」
前屈みになり腰をくねらせながらズボンを脱ぎ捨てる。床に散らかった彼の服をミルクティは拾い上げながら意味ありげな笑みを浮かべた。
「昔と変わらず白いな。紫外線の強いあの島に住んでいるとは思えないよ。それに、鍛えすぎじゃないか?そのうちあの双子ちゃんみたいになる」
「ちっ、下着まで濡れている。これでも筋力は落ちたほうだ。教鞭に立つこと多くなったからな。お前らの雑用を任されている限り筋肉は自然とつくさ。あ、そうそう。おれ、今日から島でセカンドライフだったな。ずっと机にかじりついていいって許可が出ていた」
面白そうに含み笑いを交えながらダージリンはにやにやと笑っている。
とうとう全裸になったダージリンを楽しそうに眺めながら、ミルクティはあきれたように肩をすくめた。
「図太い奴だ。お前はまだ若い悲観的になることはないのか?」
テーブルの上に用意されていたバスタオルを手に取り、ダージリンは全身を拭きながらくぐもった声色で呟いた。
「絶望も悲しみも随分前に充分味わった」
ダージリンから離れ部屋の隅に用意していた籠に濡れた衣類を入れることに集中していてミルクティは彼の言葉を聞き逃した。
「え?なんて?」
首を傾げ中腰のまま肩越しに自分を顧みたミルクティにダージリンは儚げに微笑んだ。
ゆっくり息を吐きだしリビングソファの上に置いてあった着替えに手を伸ばした。
「いや、何でもない。おれのことはどうにでもなるさ。今はキメラをどうするかだ」
頭から白いTシャツを被った彼を見ながらミルクティは暖炉の近くにあったクッションに腰を下ろした。 すぐ傍らにダージリンが紺色のナイロン製半ズボンをはいている。
「そうだな。ストラスアイラは怒り狂っているし、あの時バースが現れなければその場にいた全員が牢獄行きだった。裁きを下したくてうずうずしているストラスアイラに大半の者が反対して署名運動も始まっている。騒ぎが落ち着くまでここで匿うほうがいいと思うが、どうだ?」
ダージリンは一人掛けのリビングソファに深々と座ると、バスタオルで乱暴に髪を拭きながら頷いた。
「同意見だ。彼女をしばらく軟禁することになる。今では何をしても話しても噂の的になるからな。問題はキメラをどうやってここに留めて置くかだ」
胡坐をかいたミルクティは頬杖をつき思案に暮れた表情で言った。
「きっと人間だと知った彼女は出て行こうと考えるだろうな。それなりの理由がないとここに留めて置くのは難しいだろう。例えば、バースに頼んでここから離れられない任務を与えるとか。お前かクーを病気にして看病させている間に気持ちを変えるとか」
「おいおい、勘弁してくれよ」
ダージリンは頭からすっぽりと被り端を口元に当てていたタオルを勢いよく剥がすと眉根を寄せ困惑し た顔で手を上げた。
「今までずっと誤魔化し隠していたことが暴かれたばかりだ。嘘を上塗りしてこれ以上信頼を失うわけにはいかない」
ため息交じりにミルクティは非難めいた視線をダージリンへ向けた。
「じゃあ、どうする」
肩にタオルを引っかけ、ダージリンは宙を睨むと吐き捨てるように言った。
「真実を語るしかないだろ」
「そしたら、お前」
ミルクティの言葉を遮って彼はきっぱりと言った。
「彼女は知りたがっている。それにこれ以上隠していたところで事態が好転するとは思えない。キメラに関することについては全て明かすつもりだ」
淡々と語るダージリンを見つめながらミルクティは苛立ちを感じた。
薪が爆ぜる音とかすかに浴室を流れる水の音が聞こえる。
真実を知った彼女がその後彼への態度が急変する可能性は高い。過去の罪の意識によりダージリンは決して彼自身を良くは言わないだろう。そんな危険を冒してまで今まで守り育んできた彼女を手放すことになってもいいのか。
彼はごくりと生唾を飲むとダージリンを試すことにした。そのためには言いたくないことを口にしなければならない。
「彼女が動揺し自殺を図りたくなったらどうする」
夕暮れのような菫色の瞳に鋭い光が走り、ミルクティの体を殺意を帯びた視線が貫いた。
「そんなことはさせない。そして思わせない。死にたい気分は人間だと知った時の衝撃で十分だろう」
ダージリンの断固とした口調から固い決意を感じた。
これ以上口論したところで何も変わらないだろう。ミルクティはそう悟りさり気なく話題を変ることに した。
「ところで、身なりを整えたらどうだ?今のお前を見たらキメラは人間だという衝撃よりもっと強い衝撃を受けることになると思うが」
「はあ?服はこれしかないし、お前の服は小さくておれのサイズに合わない。おれは疲れているから面倒くさい事は言わないでくれ」
頭を掻きながらだるそうにダージリンはのけぞり、大きく伸びをした。瓶覗色の髪は無造作に乱れあち こち跳ねている。長い脚は太ももから足にかけてむき出しで持て余し気味に伸ばされていた。
「はいはい。お前からしたら僕はちびですよ。僕の家で羽根を伸ばし過ぎだ」
「うっせ、日常は肩凝るんだよ。お前の家でゆっくりして何が悪い。それに何年キメラと一緒にいたと思う?あいつがおれのことわからないわけないだろ」
自信満々に言い放ちダージリンは目を閉じた。横柄な態度だが本当に疲れているらしい。ミルクティは思わす微笑えまずにいられなかった。久しぶりに学生のころに戻った気分だ。
誰もがダージリンの見た目と中身のギャップに驚かされた。
現役を遠ざかり島へと移住した頃から彼は変わってしまった。野心家で自信家であった彼はいなくなり、表情の変化も乏しくなり誰にでも敬語で穏やかな微笑みを浮かべる賢者のような男になってしまった。
しかし、今日は昔と変わらないダージリンの自信を垣間見てミルクティは嬉しくなった。
ふと瞼を開いたダージリンの表情が凍りついた。彼の視線は自分を通して後ろを見ている。
振り返るとワイシャツ一枚で唖然と二人を見つめているキメラの姿があった。
いつからそこに立っていたのだろう。
臙脂色の髪は濡れてルビーのように滑らかな色になり、徐々に毛先へ向けて変わる山吹色の毛先は金塊のような魅惑的な光を放っていた。蜂蜜色の肌は充分温まった様子で体や頬に赤みが挿していた。
「あ」
ミルクティは短く息を呑んだ。その後ろでダージリンの頬がみるみる赤く染まり耳まで赤くなった。
シャツ一枚ではキメラの肢体を隠すに足らず、女性特有の柔らかい曲線や胸の高まりにいたるまで手に取るように見て取れた。彼女は気づいてないようだ。
「お前、これ狙っていたわけ?」
彼は軽蔑の眼差しで睨みながらミルクティの後頭部を拳で殴り、抗議の声を上げる彼を無視してチェス トからバスローブを取り出すと彼女に羽織らせた。
「さぁ、これをしっかり着て。服が乾くまでこれで我慢してくださいね」
いつものように優しく微笑みかけながらキメラをリビングソファへ座るように手で促した。
彼女は動かずダージリンの顔を凝視している。
「あの、誰ですか?」
時間が凍りついた。
三人はしばらくの間お互いを見つめ合ったまま動けなかった。
無造作ヘアに短パンとTシャツ、普段服の下に隠れている腕や足はすらりとむき出しになっており陸上選手のように引き締まった筋肉が動きとともに収縮する。
しかもミルクティとの会話も聞かれていたとすればあからさまに地の自分をさらけ出していたのを見ていたに違いない。
ダージリンの顔が引きつった。以前の体裁を整えるべきかこの流れのまま行くべきか、考えがぐるぐる と頭の中で駆け巡り意を決したように深呼吸すると手櫛で慌ただしく髪を整えた。
「ハハハ。こんな格好ですからね。分からないのも無理ないです。ダージリンですよ」
彼女の葡萄色の瞳が大きく見開かれた。口はぽかんと半開きになっている。
今、目の前にいるのは乱れた髪にラフな格好、乱暴な言葉に粗野な行動、そして少し髭も生えてきているとても男臭い男だ。目の色や髪の色は同じでも知っているダージリンとは天と地の差だ。ダージリンはもっと上品で大人びていて落ち着いた人だ。
信じ難い気持ちで取り敢えず促されるままチョコレート色の二人掛け用リビングソファに座った。ゆっくり体が沈み心地良いクッションに身を任せた。
気持ちいいこのまま目を閉じたら寝てしまいそうだ。
は着こなしもしっかりしていて、身だしなみも行動もそつなく中性的な面持ちはまるで女性と見間違うくらい綺麗だ。
ダージリンの背中に冷や汗が流れた。明らかに彼女の態度は信じていない様子だ。
訝しげにこちらを見つめて観察している。
静けさを破って陽気で大きな笑い声が部屋に響いた。
「はっ!あっ、はっは、ははは」
ミルクティは耐えられない様子で声を上げた。体をくの字に折って笑い転げている。
「ぶっく、くくっ、もうダメだ、腹痛い、あっは」
普段なら、もしここにキメラがいなければ間違い無くミルクティとダージリンは軽く喧嘩をするところだが、ダージリンは理性をかき集め硬く目を閉じると自分を抑え込んだ。
あくまでも彼女とおれは先生と生徒。威厳を保たねば。
気が済むまで笑うと彼はバスルームの扉を開きダージリンの服の入った籠を置いた。
不安な面持ちで座っているキメラに満面の笑みを浮かべた。
「心配しなくても大丈夫。彼は間違いなくダージリンですから、飲み物を持ってきますね」
軽い足取りでそのバスルームの隣の扉を開くと中へ消えていった。
クッションを抱きかかえリビングソファの上で膝を抱えているキメラの様子は随分落ち着いた感じを受けた。戸惑いの色が伺えるものの向かいに同くに腰掛けたダージリンを何も言わず見つめている。
彼女の目とその周りは赤く腫れている。きっとまたバスルームで泣いていたのだろう。
咳払いをして彼は口を開きかけたが一旦言い淀んで目を泳がせた。
「こんな姿で失礼。驚かせてしまったね」
言いたいことはこんなことではないのに、彼女を見ると決心が鈍った。
キメラの弱り切った姿を見ると胸が痛む。こめかみの傷がずきずきと痛んだ。そういえば背中も痛いな。急に自分の感覚が戻ってきた。
これから彼女に語る真実は自分には不利だ。これまでキメラから自分に向けられてきたものがすべて失われるかもしれない。
弱気になるな、いつか語る時が来ることを覚悟していたはずだ。
彼女は待っている。真実を聞かせてくれるのを真実以外は彼女を納得させるものは何もないからだ。
「ストラスアイラの話は本当ですか。私以外の人間はいますか?何故私はあなたたちと一緒に育ってきたのですか?」
残念そうに肩を落とし、キメラはため息交じりに力なく言った。
前髪を掻きあげながらダージリンは口を開いた。
この機会に知るべきなのはわかっている。
自分に言い聞かせた。
「ええ。彼女の言っていたのは本当です。そして、あなた以外に今現在人間はこの次元では存在していません」
トレイ片手にミルクティがテーブルの前に跪き、カップを二つ並べた。白い湯気があがり甘いミルクの香りが部屋に漂う。
ダージリンは無駄のない動きでカップをキメラの前に差し出した。ゆっくり笑みを浮かべて勧める。
「そんなに落胆しないで下さい。次元は違いますが人も私たちも同じ星の生き物なのですから。これからの話は嘘偽りのないことを誓います。長い話ですがまた私たちへと見方が変わってくるかもしれませんね」
キメラは身を乗り出しカップを手に取る。両手で包み込むように持ち息を吹きかけそっと口を付けた。ミルクと砂糖の甘味が口いっぱいに広がり体の中に注がれた液体は彼女の体も心も温めた。
そして彼の菫色の瞳を捉えると神妙に頷いた。
「僕は支部の様子を見てくるよ。時間はいくらでもある」
ミルクティはダージリンと頷き合い部屋を出ていった。
しばらく沈黙が流れる。
一呼吸おいてダージリンは語り始めた。
週末は忙しく過ぎていきました。
金曜日に更新するつもりがここまでずれ込みました。
久しぶりの雨で草花が生き生きしてました。
雨の中での仕事は大変でしたけどチロルチョコお客様から貰いました♪
ごちそうだまでした。
次回はキメラのここまで軌跡が明らかになります。
お楽しみに