表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使のチョーカー  作者: 福森 月乃
つばさうまれる
2/19

火山地帯

 やわらかい草の感触を感じながら少女はゆっくり一歩踏み出した。リングの下にいた日から数年経つ。あのリングを潜り崖から飛び降りた後先生に助けられ、気が付いたのは翌日のことだった。

 先生は何も言わず、グアバで作った暖かい飲み物とクッキーに似た甘い菓子をご馳走してくれた。

あの甘くて美味しかったクッキーの味を思い出しながら、彼女の視線は高さ十メートルは越えるカジュマル樹の下で、暑さをしのぐように集まっている人々へ向けられている。

息を吸い込むと新芽のむせるような香りとみずみずしい果実の甘美な香りが鼻をくすぐる。

あの日から少女は成長して青年期を迎えていた。

大人になり切れない未熟な体は曖昧な魅力にあふれている。

 果物の香りを嗅いで少女は思い出した。

 この島はニューカレドニアというところをモチーフにして作られたと習ったのを思い出した。

確か百種類を優に超える魚類、造礁サンゴ、軟体動物の生息場所で、万にも匹敵する数の昆虫種に、千種類を超える植物種がニューカレドニアに生息しておりしかも独自に進化を遂げた固有種だ。

 動植物の宝庫のようなその島も観光地化と住民の生活様式に反映して土地開発が進んでおり環境破壊が問題視されていると教わった。


でも、ここは太古の昔のニューカレドニアと変わらず動植物は生命を謳歌している。

植物連鎖の楔に私たちも加わり命の輪は途切れることなく無限に繋がっているのだから。

私たちの姿は人間に近いが、遺伝子構造から生態系までまったく異なる生命体だ。


「ダージリン!」


 彼女は警戒をしながら距離を保ち声をかけた。彼らに馴染めず声を上げるのにも勇気が必要だ。

いっせいに人々の顔が少女へ向いた。思わず少女は視線を逸らし体をすくめ、淡い刈安色に新橋色のライン入った衣装の裾を空いている左手で握り締める。指先が僅かに血の気を失い白く浮かび上がった。

 彼女の右手にはガラス製のランプが握られており、台座は鉄製で蔦をモチーフにした複雑なデザインが施されていた。大きさは彼女の肘ほどで明かりが灯る部分が大きく膨らんでいる。

人々の間から、焦げ茶色のシャツに淡い黄土色の衣装を羽織った男性が歩み出た。衣装には黒い縁取りと紐が装飾されており、腰から下は二枚重ねで上の布は前開きになっている。裾には赤い三角を象った模様があしらってあった。

 男はまるで能面を思わせる端正な顔立ちで、この常夏の島に似つかわしくない象牙色の肌が奇妙に浮いて眩しい。夕暮れのような菫色の瞳に、卵型の顔を縁取る瓶覗色の髪は肩まで長く、前髪と横髪は左右一つずつとんぼ玉のような髪留めで纏めてある。

背が非常に高く、優に百八十センチは越えている。髪型と綺麗な顔立ちから女性と見間違えそうだが、その長身と細身の割に筋肉質で逞しい体つきが、嫌でも彼を男性だと知らしめた。

 学び舎の先生でもあり皆の生活をサポートする立場にあるダージリンだ。


「どうました?・・・これは」


 少女が口を開く間もなく、ダージリンの菫色の瞳がゆらりと揺れ一瞬光をまとう。おもむろに少女の手を掴むと、細く長い指におおわれているひょうたん型のランプを見つめた。


「灯かりのオイルが切れかけています」


 彼を直視できずもじもじと囁いた少女に、彼はやわらかな笑みを浮かべるとランプをその手から受け取った。その瞳には悪戯っぽい色が伺える。踵を返すと振り向きざまにダージリンは普段出さない大きな声を張り上げた。その声色には冗談めかした調子が含まれている。


「キメラ!もっと大きな声で言ってもらわないと聞き取れないですよ」

「は、はい!」


 反射的に少女、キメラは柄になく大声で答えてしまう。周囲からせせらぎのような笑い声が押し寄せた。キメラは恥ずかしそうに体を丸め、先へと進むダージリンの後を慌てて追った。

キメラがリングから転落して7年の月日が流れていた。今はもう悪戯っ子のクーも虐めっ子の三人組もいない。旅立ちの儀式を行いこの島から出て行ったから外の世界で大人たちと一緒に暮らしているはずだ。

飛べないキメラはヘッパーの言う通り儀式を行い迎えを受けることが出来なかった。

今では学ぶこともとっくに終え、ダージリンの講義の手伝いや雑務を分けてもらいここで働いている。講師だけでなくあらゆる分野でこの種族をフォローする多忙な彼には頼りになる助け手となっていた。


 カジュマルの周りを囲むように、五百メートルほど草原が続き、さらにそれを囲うアラビカ種とロブスタ種のコーヒーの樹が群生する。それを更に囲うように熱帯植物特有のジャングルが広がっている。

コーヒーの木々の合間に、1階建ての木造校舎が弓なり状に建っていた。

タリ材でつくられた校舎は、縞のある木褐色で光により濃色となり光沢をともない重厚な趣がある。重厚な校舎に取り付けられた窓は、大きさの揃えていない丸窓だ。 重すぎる雰囲気の校舎に、丸窓はそれを和らげる効果を持っていた。

校舎と職員の宿舎の間には中庭があり、生徒たちの憩いの場所になっている。ドウシエの心材でできた明るい茶色のベンチや、それと同じ素材のテーブルがいくつか置かれて、そこで食事やレクレーションを行うこともある。

 その一つにダージリンは足を止めると、素早くベンチに手を触れた。


「キメラ。来てください」


 キメラは言われるがまま歩み寄り、ベンチに腰掛けた。

腰をかがめた彼は、にわかに彼女の脹脛に手を沿えると持ち上げ、履物を脱がし始めた。皮で出来た褐色の紐をするりと解く。


「今日は私とオイルを取りに行きましょう。山道になりますからこの靴を履いてください」


 ダージリンが取り出したのは見たことのない履物だった。

足の甲の部分には細い布状の紐が編んであり、分厚い丈夫そうな黒い布と毛羽立ったカーキ色の皮らしきものを組み合わせて作られてある。

靴底はゴムのようなコルクのような柔らかい素材で出来ていた。


「これは、トレッキングブーツですよ。山道に最適な履物です」


 厚手の靴下とともに履かせ終わったダージリンは立ち上がり、キメラの履いていた履物をつかんだまま校舎のドアを開け中に入っていった。


「これは校舎に置いて行きましょう」


 そう言い残して校舎に姿を消したダージリンの声が高らかと響く。


「ー...ホートンシグネ様!出かけるのでしばらく講師をお願いします」


この島にある学び舎の職員はダージリンと交代でやってくる臨時講師の二人だけだ。

ダージリンは基本ずっとこちらで教鞭を奮っているが、臨時講師は三か月に一度交代制で多種多様な生き物がやってくる。今回は人型のホートンシグネ様で、香港駐在の男性だ。艶のある漆黒の髪に暗い鳶色の目が印象的なアジア系の容貌だ。気難しいが面倒見はいい。

様々な雑務も仕事にあるダージリンにとって、講師をずっと続けることは難しいからだ。

 ダージリンが校舎に引っ込んでいる間、キメラは新しい靴を何度も眺め、風でゆらめく草原の中をそっと跳ねたり、歩いたりしている。心なしかうれしそうで、彼女が動くたび木漏れ日に当たる山吹色の毛先がきらきらと輝いた。

暫く後に二人は学び舎の敷地内から抜け出し広大なジャングルに足を踏み入れることになる。


 名も無き清流を覆うマングローブの森の脇を又はその間を掻い潜り、顕花植物、裸子植物、野性ランなどのさまざまな緑を育むジャングルを歩み、更にその先へと進む。

 キメラは額に汗を浮かべ、熱さと湿気に荒い息を吐いていた。

彼女の前には上半身を隠すくらい大きな弁柄色の壷を抱えたダージリンの姿が見える。

涼しい表情と裏腹に彼の額からキメラと同じように汗が流れていた。彼らの体は、熱帯特有のまとわりつくような湿気のため、汗で濡れた服がじっとりと張り付き歩くたびに不快であった。それに加え体力の消耗も激しく疲労感で足取りは重い。

二人の間に会話はなくお互い吐く息遣いが耳につくくらいだ。

 この島の北北西にそびえる活火山は肥沃な粘土質の土壌をもたらし、さまざまな鉱物資源の宝庫となっていた。その中にオイルの原油も含まれており、それをダージリンが精製し、主に燃料として使用できるようにしていた。用途によっては様々な種類の材料を取りに行かなければならない。

 いつもなら回り道をして、溶岩が流れ出る北北東の海岸近くに原油を採りに行くのだが今日は、まるでこの活火山に挑むかのように真っ直ぐ登っていく。

 気が付けばなだらかな丘稜地を抜け、剥き出しになった大地には武骨な玄武岩や火山性の岩が足元に広がりはじめていた。高山植物が儚げに岩間を縫って生息している。

視線を上げると縄目状溶岩原が延々と続いている。その隙間から地中から這い出た黄金色に輝く赤く爛れた溶岩が顔を覗かせていた。

暑いのはこの島の気候だけではなくこの場所にも原因はあったのだ。キメラは思わず顔をしかめ額と首筋の汗を手で拭った。

 ダージリンは一足先に高台に上がると、古びた大きな壷を傍らに置き、腰に巻きつけていた紐を取り出した。紐の先には金属製の棒がついており彼はそれを無作為に付き立てた。

手早く紐の先を壷の中に投げ入れる。

程なくその紐の中の空洞を伝って壷に原油が流し込まれた。

遅れをとっていたキメラは高台の下から彼を見ていた。

不意に彼の手が差し伸べられる。

 その手は家事から大工仕事、狩りや鍛冶仕事をこなしているとは思えないほど指先は長く滑らかで驚くほど白かった。

その手を取りキメラは高台へと引き上げられ彼と向かい合った。

キメラの頭がちょうどダージリンの肩辺りにある。

 岩や土を焼く焦げ臭い薫りの熱い風が二人を撫でた。


「お疲れ様です。随分遠回りしてきましたが、その価値はあると思いますよ」


 肩に添えられた手に力が入り、考える間もなく体の向きを百八十度回転させられた。


「きゃっ!」


 短い悲鳴と共に彼女は息を呑んだ。

足元に広がる不毛の岩地から広いなだらかな丘陵地、それを囲うように生い茂る熱帯雨林。その先にはマングローブの生息する湿地帯が南にある小さな入り江に迫り、その砂浜は真珠色の輝きを放っている。浅緑色の海が小さな入り江を攻め、その先にある珊瑚礁に近づくにつれ海の色は瑠璃色へと姿を変える。


 そう・・・・・ここはこの島を三百六十度近く見渡せる展望台だったのだ。

しばし二人は時が流れるのを忘れて夕暮れになるまで見とれていた。


序章が長かったので三つに分けました。

書籍ではないので読みづらかったことをお詫びいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ