母と子
御帳台の中で脇息に肘かけたストラスアイラがくつろいだ様子で口を開いた。
「表を上げよ。人払いはしてある」
低く威圧感のある声だ。二人はゆっくりと頭をあげると、この建物にぴったりな雰囲気の桜萌黄の唐衣裳姿のストラスアイラの姿があった。衣の間を縫う長い艶やかな黒髪、眉墨やお歯黒はしていないものの白く面長の輪郭や鉤鼻に糸のように細い目は時代を遡った絵巻の女性を思い起させた。
彼女は如何にも面倒くさそうな表情で二人を交互に見ると、口元を歪め忌々しげに言葉を続けた。
「キメラ、お前は随分と人間の世界を愉しんだようだが。戻る決心はついたか?」
ストラスアイラの心のなかではもう彼女の行先は決まっているらしい。
キメラは表情を固くすると思わずダージリンの裾を掴んだ。
「やはり私がここに残ることは赦されず、それを望むならば命を絶たねばならないのでしょうか?」
ストラスアイラは眉間にシワを寄せ、ダージリンの袖を掴んだ彼女の手に視線を這わせた。
頬が引きつり、制した声は僅かに上ずっている。
「お前は人なのだ。人は人のところへ還るのが当たり前であろう。第一これ以上我らに世話になろうとは図々しいと思わないのか。我らの世界には人は不要なのじゃ」
キメラは唇を引き結び、ストラスアイラの言葉に動揺した自分を叱り、表面では素知らぬ素振りで口を開いた。
「私がここに必要ないと言うのですか。私がまたお世話になる気だと」
彼女の手はダージリンから離れ、硬く握られた。
キメラの言葉の続きを待たず突然ストラスアイラは立ち上がり、鋭く彼女を指し示すと声を荒げて怒鳴った。
「もう話はすんだのだ。即刻ここから立ち去り、人に帰るなり死を待つなりするがよい。どちらにせよお前の選択はそれしかないのだ。命は惜しかろう。ならばもう答えはでておる」
話を取り成すつもりは彼女には更々なかった。この小娘が目の前から完全に姿を消すならなんでもよいのだ。ストラスアイラの剣幕にキメラは身が縮む思いをしたが、勇気を奮い起こして、慌てて腰を上げた。もっと食い下がらなければ自分の人生が賭かっているのだ。
「待ってください!私の話を最後まで聞いてください!」
力強く肩を抑えられ立ち上がるのを阻止される。中腰で顔を向けると、青い顔をしたダージリンが唇を震わせ、ストラスアイラを激しく怒りの炎でぎらつく菫色の瞳で睨み付けていた。
肩に置かれた彼の手は僅かに震えており熱い。
彼は細く息を吸い込むと、腹を据えかねた様子で唸るように言った。
「もう、いい加減にしてくれ、母さん」
静寂が刻々と過ぎ、やがてぶるぶると震えながらストラスアイラは膝をついた。
「な、何を言っておるのじゃ。ら、乱心したか。ダージリン」
激しく動揺しており口がわななき言葉が詰まる。
漆黒の瞳は大きく揺れ、無理に作ろうと浮かんだ笑みは歪んでいた。
キメラは腰を抜かしたかのように、尻を畳に着ける。
威圧的で神々しいストラスアイラが、二人に向かい至近距離で膝を着いている。
その言葉に刃があるのか、ダージリンは胸の内の苦痛に耐えるため一度閉じた瞳をにわかに開き、真っ直ぐストラスアイラのほの暗い瞳を見つめ返した。
「何度でも言いますよ、母さん。あなたは僕の母親だ。忌み嫌っている人間とあなたの子供が僕ですよ」
彼の菫色の瞳に一瞬涙の海が漂ったが、その滴は掻き消されその瞳には悲しみの色しか残らなかった。
ストラスアイラの腕が伸び、ダージリンの肩を掴む。
激しく揺さぶりながら、荒々しい口調で叫んだ。
「そんな出任せ誰から聞いたのじゃ。妾を陥れる卑劣な罠じゃ、ダージリンそんなものは根も葉もない噂じゃ」
力なく揺さぶられ続けていたダージリンは渇いた口を開いた。菫色の目は冷たい光を宿し夕闇の暗さに陰っている。
「噂じゃないですよ。あなたとバースから聞いた話ですから」
底冷えのする声とその答えに背筋が凍る思いを二人はした。
返す言葉が見つからない二人に、ダージリンは無表情のまま、疲れたようにその場に胡座をかくと虚ろな瞳で語りはじめた。
数十年前
暗闇の中渡殿を足早に抜け侍所に差し掛かった時当直の男に声をかけられた。
「ストラスアイラとは話せたのかい?」
肌の色は珈琲色で黒い髪をドレッドヘアにしている、背の高くしっかりした体格の男が人懐っこい大きな瞳でこちらを見ている。世界中の諸島を管理するダンヒル・オールド・マスターだ。
日本の司祭服を取り入れアレンジした民族衣装姿のダージリンは腰まで在る長い瓶覗色の髪を揺らしながら上ずった声で答えを返した。
「あぁ。なんだか取り込み中だったから今度にすることにしたよ。こんな時間だから私が来たことは内密にしてほしい」
彼の落ち着かない様子に、ダンヒルは不審に思ったのか眉を寄せる。ダージリンの顔色は来た時よりも悪く心ここにあらずといった感じだ。
「急用じゃなかったのか?ま、明日でいいならそれで別にいいけどよ。もちろんここに来たことは誰にも口外しねぇから」
ウインクする彼にダージリンは寂しげな笑みを向け頷いた。
「ありがとう」
あれから船を漕ぎ、空を翔けどうやって自分のコテージに戻ったのかよく覚えていない。
頭の中はあの光景と二人の会話がずっと繰り返されていた。
あの火災で拾った人間の子供を元気になるまで預かる許可を得ようと寝殿に赴いた時だ。
タイミング悪くストラスアイラはバースと話し込んでいらした。
渡殿は燈籠の灯りが全て灯され明るかったが、ストラスアイラ様達の会合している広廂の一室は燈台の灯り一つで薄暗かった。
部屋に入れてもらおうと声を掛けたところ、返事はなく襖を手にしたとき、自分の名前が上がるのを耳にした。
「ダージリンは立派に育っているようですね」
「ええ。全てはバースのご慈悲と恩恵の賜でございます」
「ふふふ。なにを言っているの。あなたの子供ではないですか」
「あの男に似なくて本当に良かった。面影が似ているのが口惜しいですが」
「まだあの人間の男を恨んでいるのですか。もうお忘れなさい」
暫くの間がながれ
「胸を張れるような立派な息子を持ったんです。伸び伸びと育ちもう一人前。これからはあなたの人生を生きなさい」
「はい」
心臓の音が煩く高鳴った。息も荒く軽い目眩も覚えた。
僕はバースの子供じゃなかった
人間の子だった
二人の言葉が頭の中で何度も繰り返される。
その場から逃げるように彼は出て行ったのだ。
コテージに着くと真っ直ぐ書斎へ飛び込みクルミ材でできた簡素なデザインの机に両手をついた。机の上には昇進に向けての必要書類が置いてある。
書類はほとんど書き上がっており、あとはサインをするだけだ。
昇進?
僕はいくつだ?
学び舎を飛び級で卒業し、昇格も苦も無く乗り越えてきた。
皆に天才だ、何千年に一度の逸材だとちやほやされ、誰もが尊敬と羨望の眼差しで僕に群がってくる。それが当たり前で何の疑いも持ってなかった。
僕の母親は誰だ?
法や昇進の最終決定者は誰だ?
紛れもなくあの女、ストラスアイラではないか?
口の中に苦いものが込み上げ、吐き気を感じる。
心臓は早鐘を打ち全身を蝕む。
頭にぞわぞわと虫が這うような気持ち悪さが広がる。
子供可愛さにどんな生き物でも母親は献身的になるものだ。
あいつに、ストラスアイラに僕に手心がなかったと言い切れるか。
誰が知っている?
皆知っている?
全身が総毛立つ。
「くくくっ、うっふふふっ!」
急に笑いが腹から込み上げてきた。
自暴自棄になれたらどんなにいいか!
自分の努力と持って生まれた才能の成果だと、信じていた過去が滑稽に思えた。
「笑える」
失望のあまり自分を笑ってやるしか気持ちを慰める術を思いつかなかった。
身体を震わせ狂気に満ちた雄叫びとも高笑いともつかない奇声を上げながら手当たり次第に暴れ始めた。簡素な椅子は床に転がり足は折れ破片は床にあり踏みしだかれていた。払われた机上の文具が床に散らばる。
窓は素手で割られ、蜘蛛の巣状のひびが四方に広がり、傷ついた手から流れ出た血が塗られている。書類が宙を舞い、零れたインクが床に染みを広げる。無様にへし折られた羽ペンはダージリンの足の下に収まっていた。
掻きむしり、引きちぎられた髪は床に散らばり、長く艶やかだった彼の髪はざんばらで夜叉のようだ。唇は力任せに噛まれ、所々血が滴り落ちている。髪の間から覗く瞳は狂気に満ちた異様な光を湛え、辺りを落ち着きなく見回していた。
熱い吐息とともに呻いた。
「これからどの面下げてみんなに会えっていうんだ」
がっくりと頭を垂れ部屋で項垂れたまま時間だけがのろのろと過ぎていった。
どれくらい経ったのだろう。小さく書斎の扉が開いた。
「パパ、ママ。どこ?」
半開きになった楡材の扉から少女が遠慮がちに入ってきた。ダークブラウンの瞳、黒く艶やかな髪。不安そうな面持ちで散らかった部屋を見回している。
まるで彫像のように部屋で立ち尽くしているダージリンの姿を目で捉えると少女は動きを止め固まった。
血に濡れた唇、乱れた瓶覗色の髪、服にはあちこちにインクのシミが跳ねている。
鮮やかな菫色の瞳は仄暗く翳っている。その瞳が少女を捉えるとその動きは止まり彼女を凝視した。まるで幽霊のように覚束ない足取りでダージリンは少女へ歩み寄る。自分を見つめている目には絶望と悲しみが宿っていた。
あぁ、いっそうのこと全てなかったことにするか
今更、昇進だの、出生だの、どうでもよくなる
なにもかもがどうでもよくなる
自分の存在も助けた命も
無に帰したらどれだけ楽か
ゆっくり少女の前に屈みこむダージリンの瞳に狂気の色が浮かぶ。口元が引くつき奇妙な笑さえも浮かぶ。わなわなと震える手で少女の首に両手を回した。
「はっうっ」
少女は息を飲みもがき始める。細い首は絞めつけるだけでなく、握りしめて捻れば折れそうな程やわだ。
へし折りたい気持ちと止めろという気持ちが交差する。絞める手に力が増した。その時手の甲に鋭い痛みが走った。我に返ると必死で少女が手の甲をひっかいているところだ。
血の気を失いダージリンは素早く手を引いた。
少女は激しく咳き込みながら床にうつ伏せになる。
わなわなと震える手を口に当て、くぐもった声でダージリンは呻いた。
「ごめん。そんなつもりは、おれはどうかしてた」
かれは臆面もなく大粒の涙で頬を濡らし、その涙は止めどなく流れた。
動揺した彼の目にはもう狂気の色はなく後悔と罪悪感に揺れている。
掬った命を奪おうとした罪深さにダージリンは眩暈がした。
よろよろと少女に歩み寄り、そっと肩を抱く。
少女の体は炎のように熱かった。
「もう、二度としない。今はおれを信じて。熱が高い、まだ寝ていなくちゃだめだ」
よく見ると顔が火照り赤く浮腫んで汗もかいている目は虚ろで息も荒い。
少女を抱き上げると寝室のベッドに横たえる。
動かないのを確認し部屋を出る。
井戸の水を汲み、桶に移してタオルを浸す。
少女の衣服をはだき丹念に全身を拭き火傷の場所を消毒した。化膿しないよう通気性の良いガーゼを充てる。火傷の痛みに少女は身を捩った。
「少し我慢して。体を清潔にしたら食事をして薬を飲もう」
少女の体を動かし支えながら新しい衣服を着せた。前開きの白いネグリジェでありあわせの布でダージリンが手作りしたものだ。自分の傍らで甲斐甲斐しく看病する彼に少女は虚ろな視線を這わせ掛け布団の中から手を差し出した。蜂蜜色の手がオイルランプだけの薄暗い部屋の中で白く浮かび上がる。
すかさずダージリンはその手を握りベッドに横たわる少女の顔を覗きこんだ。
「助けてくれてありがとう」
朦朧とした少女の瞳から涙が溢れ一筋頬を流れ布団に零れ落ちる。ダージリンの手が一瞬震えた。彼の表情は動揺を隠し切れない様子眉根を寄せた。少女は優しく握られている手を力強く握り返した。
「本当にありがとう」
繰り返された言葉に、ダージリンは硬く目を閉じると頷くことしかできなかった。
この時彼は少女を助けたことは間違いではなかったと思った。
数日後、熱も引き火傷もだいぶ瘡蓋になってきた頃、少女は自分で体を起こせるほど体力が回復していた。子供の回復は早い。
朝食にシリアルとオレンジジュースそしてヨーグルトを添えたアロエをトレイに乗せていつものようにダージリンは彼女の脇に膝を下ろした。
「おはよう。随分元気になったね。よかったよ」
穏やかに見つめる彼の表情からは苦悩の色は伺えない。少女は頷き膝の上に置かれたトレイの上の朝食を食べ始めた。スプーンでヨーグルトとアロエを掬いながら少女は美味しそうに口に運ぶ。彼女の口の端にヨーグルトが残った。
すかさずトレイを押さえていた手を片方上げて、少女の口のヨーグルトを親指で拭うとダージリンはその指を自分の口元に持って行きぺろりと舐めた。
少女は気にする様子もなく朝食を平らげるとご馳走様を言った。日本人の風習らしい。
トレイを片手に立ち上がると、ベッドの脇のチェストの引き出しを引く音を背中に聞いた。振り向くと櫛を取り出し少女は自分で黒く艶やかな髪を解いている。昨日までは彼が解かしてあげていたのに自立心の強い子だ。驚いて見ている彼に微笑みかけ少女は明るく言った。
「いろいろ自分でできるようになったよ。瘡蓋はまだかゆいけど」
ここ数日でお互いのことを語り合った。少女の名前は五条河原 紙折。日本で生まれ育ち兄弟はいない。両親の仕事の都合でイギリスに一時滞在していた。紙折の話から察すると首都に広い敷地の家を持ち使用人もいるらしい。かなり裕福な家庭だ。
「紙折、そろそろお家に帰りたくなったんじゃない?君の話からするとあの火災で両親が亡くなったとしてもお金に困る生活は待ってないと思うんだ。日本やお友達が恋しくない?」
敢えて避けていた話題にダージリンは触れて見ることにした。純粋で礼儀正しく笑顔が魅力的な少女を手放すのは胸が痛い。今まで一人で気ままな生活に満足していたのが今では不思議なくらいだ。
歳の差を感じないくらいに紙折といると心が安らぎその反面愛おしさが募り焼け付くような切ない気持ちになる。
紙折は怪訝そうに首を傾げ複雑な表情を浮かべた。
「私。もう少しここに居たい。いいよね。まだもう少しだけ」
彼女は迷っている様子で食べ終わった食器を重ねはじめた。重ねた食器の乗るトレイを紙折から受け取りダージリンは優しく微笑みかけた。
「僕は一向に構いませんよ」
本当はいいわけではない。休暇はあっという間に消化され後一週間も休めば怪しまれるかもしれない。紙折が迷っている理由はよくわからないが、恩義を感じた一時の気の迷いだろう。
ダージリンの表情には全くそんな心の内は少しも感じられないが内心は不安でいっぱいだった。きっと少女が去った後どれだけ虚しい思いをするのだろうか。
憂い顔でベッドに座り考え込んでいる彼女を背に彼は部屋を出ていった。
それからさらに二週間が経ち紙折はまだダージリンの手元にいた。
ダージリンと共に暮らし手伝い助け合う内にすっかりこの生活にも慣れ、長年連れ添った夫婦のように不思議な絆が生まれつつあった。
紙折は時々何か言いたげにする事もあったがダージリンと目が合うと言葉を飲み込んでしまうようだ。ダージリンは紙折と過ごす間は柵を忘れ、思い出してもそれ程心を痛めることはなくなった。
友人関係や仕事に貪欲だった過去の自分は今ここにはない。自然体で全てを慈しむ気持ちで溢れている。
白樺の立ち並ぶ林の中で二人は丸太の上に腰掛け唐で笊を編んでいる。
そこは木陰になっており強い日差しを遮っていた。足元の雑草は踝辺りまで伸び気持ちよさげに風に靡いている。空に浮かんだちぎれ雲は時々太陽を横切りながら流れされる。
小さい丸太に座った紙折は蔓を両手に悪戦苦闘しており編まれた笊は形をまだとどめていない。
唐の蔦を切る弾けた音が林の中で木霊した。向かいの丸太で笊を編んでいたダージリンが一仕事終えて仕上げを施していた。
出来上がった笊を目の前で掲げ日に透かしてみる。笊の細かい穴から日差しが星屑のように瞬いた。
それを手にダージリンは立ち上がると楽しそうに笑いながら紙折に歩み寄った。
柔らかい草の感触が足を浮かせ葉っぱが足首を擽る。
彼女の隣に腰を下ろし、手を差し伸べた。
「僕も手伝いましょう」
拗ねた様子で自分を見上げる紙折を愛おしく思いながら、編みかけの笊を受け取った。笊の形を整えると慣れた手つきで一列ほど編んだ。
笊を覗きこむ二人の距離は額が触れ合うほど近い。膝も時々ぶつかり合う。
不意にダージリンは顔を上げると笊を紙折に渡した。
「さぁ、続きを」
澄んだ菫色の瞳と艶やかな黒檀色の瞳が絡みあう。紙折は笊を受け取り覚束ない手つきで続きを編み始めた。ひどくゆっくり時間が流れ、世界でたった二人きりのような感覚に襲われる。彼と一緒だと時々こんな不思議な感覚を味わった。
唇を一瞬強く結び少女は顔を上げる。すぐ目の前に象牙色の肌、赤みを帯びた唇、夕暮れのような菫色の瞳、さらさらな瓶覗色の髪、今まで出会った人や写真で見てきた人々とは一線を画しているダージリンの顔がある。見たこともない民族衣装を纏い背も高く横に並んでも彼の腰にも紙折の身長では届かない。
彼は話してくれた。自分のことも。この世界のことも。信じ難い事ばかりだったけど月日を重ねるうちにそれは真実味を帯そのうち彼女の体に染み入るように自然と受け入れられるようになってきた。
「ダージ」
「ん?」
「私、この世界で暮らしたい。」
「え?!」
目を閉じて勇気を奮い起こして言ってみた。ダージリンの声には戸惑いの色が含まれる。紙折の心臓は早鐘を打ち今にも並んで座る彼に気付かれそうで怖いくらいだ。
手は小刻みに震えじっとりと汗が額を濡らす。
「本当は戻ったほうがいいのかもしれない。けど」
言葉を詰まらせ暫く沈黙が流れる。風に揺らされる木々のざわめきと小鳥のさえずりがやけに大きく聞こえた。目を開き彼の揺らめく瞳を見つめながら告白した。
「ダージと一緒にいたいの!ずっと、ずっとずっと!」
言葉を終えるより早く抱きしめられた。二人の作った笊が音もなく草むらに落ちた。
「ずっと、ずっと?」
ダージリンは紙折の肩に顔を埋めたまま囁くように言った。彼の息が肩にかかり熱い。紙折はダージリンの頭の上でぎこちなく頷いた。
「うん。ずっとずっと。ずっとだよ」
ダージリンの鼓動も紙折と同じような激しく脈打っている。二人の鼓動が重なりお互い気が変になりそうだった。
優しく紙折の艶と張りのある黒髪を撫でながら彼女から体を離すとダージリンは額に口付けをした。
「あぁ、それは永遠になのかな」
彼の声は震え紙折を見た瞳は僅かに潤んでいる。彼の胸に頬を寄せ紙折は小さく頷いた。
「うん。永遠だよ」
ダージリンの話は立ち聞きをした所で終わっていた。
親子とはなんだろう
という疑問を少し投げかけた内容です。
生みの親、育ての親。
どちらにしてもかんしゃですね。




