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天使のチョーカー  作者: 福森 月乃
つばさうまれる
1/19

序章

           

この世界には生けるものに裁きを行う種族が在る。


その種族は生ける者の記憶を読み


いにしえの摂理に従い魂の行方を決定付けるのが使命であり


厳しい階級制度の中人と交わり生活していた。


彼らの何万年何億年と続いた変わらない静かな時が今もなお続いている。



 天色に染まった空は晴れ渡り、水平線には白い入道雲が立ち上り目に眩しい。

沖合から浅瀬へ向けて濃紺からエメラルドグリーンに色を変える海は、やがてコの字型の島を取り囲みその周辺はサンゴ礁と熱帯魚の楽園だ。

 島の北東に雄々しくそびえる山からは煙が吐き出され、その裾野にはうっそうと茂るジャングルを携えている。ジャングルは島の全体を覆い、南西に唯一ある小さな砂浜の入り江まで迫っていた。入り江のほかは切り立った崖が島を囲んでいる。

 未開の地のようなこの島にひときわ目立つアーチ状のモニュメントがそびえていた。それは一際異彩を放ちその地肌は太陽の光を反射して銀色に輝いている。その巨大なリングはわずかに地表に埋まっているようだ。

リングはゆるやかに一周掛けて捻れており、表は艶消しを施され鈍い光を放っている。裏側は磨き上げられた鏡面で無数の文字が刻まれていた。文字の形状は人のものとは異なり、それぞれが異なる輝きを放っていた。

島の火山の裾野に迫るジャングルからは蒸気が立ち温泉が湧いている。

 温泉地帯を囲む茂みの中から二人の少女が顔を出した。


「どれくらい取れた?」


淡い桃色の髪の少女クーは新緑色の瞳を輝かせながら、隣で俯いている臙脂色の髪の少女キメラの手元を覗き込んだ。色白のクーに比べてキメラは健康的な小麦色の肌で、体型もクーはぽっちゃりしていてキメラは痩せ型。二人は対照的だった。

 二人の全身あちこちに木の葉がついている。走り回ったのか泥だらけだ。


「んー、まずまずかな」


キメラは片手に収まるほどのガラス瓶を掲げ覗き込んだ。

 ガラス瓶半分ほどに黒い粒が入っている。クーは自分の瓶を持ち上げると軽く振った。


「ほんと。まぁまぁね」


クーのガラスの中の黒い粒は瓶に溢れるほど詰められていた。彼女が振るたび黒い粒は慌ただしく蠢いているようだ。

 その様子を横目で見ながらキメラは嫌悪感露わに顔をしかめた。


「こんなにカメムシ集めてどうするの?虫を集めろだなんてダージリンには言われてないけど」

「言うわけないじゃない。研修生のダージリンが。カッコよすぎると思わない?彼。まさに私の理想だわ。普段無表情だけど笑った顔見たらもうだめ。悩殺される」


キメラは冷たい目で彼女を見ながら心の中で思った。

容姿だけでしょ。

クーの美しいもの好きは昨日今日始まった話ではなく、物心ついたころから追いかけ続けている。執着心がないのですぐ自分のものにならないと知ると諦めて次の獲物を狙うのだが、今回もきっとそうだろう。

学び舎で教鞭を取っているマッキンレー先生は、近年ご高齢で引退が噂されていた。そこへ去年から研修生としてダージリンという若くてクーに言わせれば麗しい?先生が赴任された。

 一見冷たく事務的な感じの人だが、講義を終えるとまるで長年の友人のよう気さくに生徒たちと接している。

裏表のない常に厳粛なマッキンレーを尊敬していたキメラにとってダージリンは生徒にゴマを擦っておだてているように思えた。

皆がダージリンに傾倒していく中、彼をよく思っていないキメラは最近孤立しつつあった。その中でクー だけは生まれた時から変わらず接してくれる。


「さあ、作戦開始よ」


悪戯っぽくクーはウインクすると、茂みから抜け出す。キメラはその後を訳も分からずついていく。

人の足によって踏みしめられた小道を二人は500メートルほど進むと職員用の簡易温泉施設についた。

ベニヤ板で仕切られた小屋の中に更衣室がある。その先は露天風呂だ。確かこのさらに200メートル先には生徒用の露天風呂もあった。

クーは抜き足差し足忍び足で入り口に忍び寄ると扉をそっと開いた。

その後に続くキメラは両手にガラス瓶を握りしめ固唾を飲み込む。二人の心臓は煩いくらい鼓動して今にも口から飛び出しそうだ。

二人は脱衣所に忍び込むと籐で編まれたベージュ色の籠を覗いた。きちんと畳まれた衣類が入っている。

耳を澄ますと遠くの方で湯あみする水音がする。

クーは意地の悪い含みのある笑みを浮かべるとその籠にカメムシを流しいれた。

 強烈な匂いが二人の鼻を衝く。


「あ、なんてことを!」


キメラが非難する間もなくクーは彼女の腕をつかみ強引に虫を振りかける。カメムシは狭い空間から解放 され右往左往走り回っている。空色の服が水また模様に代わる。


「これ、マッキンレーの服じゃない?!」


自分の体から血の気が引くのを感じながらキメラは尊敬して止まない先生にしてしまったことに絶望を感じた。ニヤニヤと笑みを浮かべながらクーは満足そうにカメムシを眺めている。

 彼女は頬を桃色に染め悦に入った様子で言った。


「そうよ。臭くなった服を着ることが出来なくなって、マッキンレー先生は素っ裸で島中を駆け回ることになるのよ。そして大恥をかいた後この島にいられなくなり出ていく。そして私とダージリンの二人きりのロマンスが始まるの」


「ばかぁ!」


キメラは思いっきり叫んだ。マッキンレー先生を追い出したところで二人きりになれるはずもない。この島には常に300人余りの生徒たちが生活してるのだから。

その時露天風呂へと続く引き戸が引かれた。


「コラ!誰だっ!」


キメラの叫び声を聞いてマッキンレーが駆け付けたのだ。年齢を経てしわが刻まれた体に白いタオル一枚の姿だ。彼が目にしたのは赤毛と桃毛の幼い少女二人。

棚の前で固まっていたが、やがて弾かれたように小屋を飛び出した。


「待てっ二人とも」


後を追おうとマッキンレーは体を伸ばした時腰に激痛が走った。


小屋から飛び出すなりクーは物凄い勢いで空へ翔け上がり宙を舞う。飛べないキメラは下唇を噛みながらその姿を見送りつつ走り続けた。

木々を掻い潜り草をかき分けどれくらい走ったのだろう。やがて草原に飛び出した。

草原には男の子が三人、草で作ったお面を被りふざけあっている。

まずい、虐めっ子茶髪のヘッパーとその手下スタードとリックだ。

膝に両手をつき肩で息をしているキメラを見つけると三人は顔を見合わせこちらに向かってきた。

お手製のお面は用無しとばかりに捨てられた。

彼女の前に三人は並ぶとじろじろと見つめる。

赤毛ヘッパーは腕を組んだ。その腕は子供ながら筋肉質で逞しいふくらみが見える。彼はクラスの中で一 番背が高く体格もいい。


「おまえ。一人なのか?」


太っちょのリックと眼鏡をかけた小柄なスタードは忙しく辺りを見回した。

誰もいないのを確認するとヘッパーは口元をゆがめ笑みを浮かべた。こんな笑い方をするときはロクなこ とを考えてない証拠だ。


「とべないキメラ。おまえを前から飛べるように特訓してやろうと思っていたんだ」


手下二人は頷きながら地面を蹴りぷかぷかと宙に浮いて見せた。人目のつかないところでこの三人はキメラのことを「飛べないキメラ」と呼んで、派手な髪の色と飛べないことを理由に虐めていた。

 キメラは唇を引き結び確固たる決意を込めて言い放った。


「いいよ、自分で練習できるもん」


「自分で練習できるわけないだろう。俺たちの中で飛べないのはお前だけだし、あとは赤ん坊くらいだ」

「そうだ」「そうだ」


 じわじわと間合いを詰める三人にキメラは後退りしながら退路を確認する。木立の多いジャングルに逃げ込むか足場の悪いマングローブの林に飛び込むか。

その時ヘッパーは人差し指を胸まで上げると横へ動かした。


「行け」


キメラが踵を返し駆け出すよりも早く、指示を受けたスタードとリックが彼女の両脇を固め持ち上げた。両腕を抑えられ足は宙に浮く。彼女は体を捻ったり足をばたつかせて抵抗を試みた。


「やだやだやだやだ。放してぇ」


みるみる地面が離れ彼らに支えられたまま空中に宙吊りにされる。

 ヘッパーの金色の目がキラリと光り続けて命令する。


「そのくらいの高さからはどうだ?」


キメラの顔色が変わり蒼ざめた。足の下から地面まで1メートルはありそうだ。

なんの前触れもなく両脇を固めていた腕が離れた。

 彼女は息つく間もなく地面にしりもちをつく。


「痛い」


涙目で彼らを見上げると面白そうに笑いながらキメラを眺めている。

 スタードは鼻をこすりながら嘲る。


「ちっとも浮きやしなかったぜ」

「ドスンだってさ。ぎゃはは」


リックが可笑しげにおなかを抱えて笑い、またキメラに近づいてきた。スタードはそのあとに続く。

キメラは必死で逃げだそうとするが空を舞う彼らにあっさり捕まり、徐々に高さを増しながら飛ぶ練習は繰り返されやがて銀色のリングの下まで来た。その先は切り立った崖でエメラルドグリーンの海が広がっている。

 泥と草、擦り傷と痣で薄汚れたキメラは成す術もなく彼らを見つめていた。


「知ってるかキメラ。このリングをくぐって皆大人になっていくんだぜ」


この美しく七色に光るリングは学び舎で学ぶ者が旅立つ儀式に使われている。このリングを抜け空へと舞い迎えを受けるのだ。

そんなこと知ってる

 心の中でキメラは呟いた。


「おまえには旅立ちは無理かもな。飛べないから」


ヘッパーは意地悪く言って鼻を鳴らした。キメラは下唇を噛み彼を睨み付ける。

 両脇を固めていたリックとスタードが口々に囃し立てた。


「そんな顔してもちっとも怖くないぜ」

「怖くないぜ」


 その時、聞き慣れた声がジャングルのほうから聞こえてきた。


「キメラー。どこ?ごめーん。置いていっちゃって。どこなの?返事して」


 クーの声だ。そんなに遠くない。キメラの表情がみるみる明るくなり希望に輝いた。


「クー!」

「やべっ!逃げろ」


ヘッパーの言葉に慌てて手下の二人はキメラの腕を放すと彼の元に飛び立つ。着地した場所は崖の先端でキメラはバランスを崩し海へと転落した。


「あっ!」


三人は愕然と立ち竦む中ジャングルからクーが姿を現した。

風の音が耳元で唸りを上げ、視界がみるみる狭まってゆく。

少女の体は舞い上がるどころか加速しながら海面へ落ちていた。

意識が朦朧としたなか全てがとてもゆっくり見えた。眼下に迫る海面が畝る様をぼんやりと眺め次第に気が遠くなってくる。

実際は飛び下りた瞬間から、あっという間の出来事だった。 一瞬空に光が瞬きその光は少女へ向かって駆け抜ける。光の通った海面は激しく水しぶきを上げた。

 光は光速にも近い速さで少女へ到達し、落下する彼女を抱き上げた。上がった水しぶきに虹が輝く。


「・・・馬鹿な事を」


少女の頭上に低く透った男の声が降りかかった。頭の真上に輝る太陽で逆光になり男の顔は見えない。

彼の濡れた髪から雫が伝いこぼれ落ち少女の頬を濡らした。

堅く目を閉じた少女を暫く見つめていたが、やがて男は空を舞い上がり島の方へ飛んで行った。

その後虐めっ子三人組は厳しく叱られた上に三か月のトイレ掃除の罰を与えられた。

悪戯にあったマッキンレーは裸で島中を駆け回ることはなかったが、クーの思惑通り島を去ることになった。露天風呂で腰を痛め引退することになったのだ。

ダージリンは校舎、受講、雑務全般を任されるようになり、臨時講師の割り振りまでするようになるとマッキンレーを上回る働きぶりで事実上教育、雑務全般においては彼が責任者となった。


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