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妖霊夜行  作者: 二鈴
第一章 はじまり
7/31

八権現の四

導いてくれる人物に出会った。トシからしてみれば、彼らに出会えた事は、今後の事も考えるのであれば、大きい利益になったと思っている。

あの事件が無くとも、いずれは慶介のオカルト探しに付き合い、同じような事件に巻き込まれていた可能性が大きい。

もしも、それが隆高にも手に負えないような事件や、助けが間に合わない事件であれば、自分達は全員死んでいたかもしれないのだ。

 そう考えれば、あの時に隆高と雅に出会えたのは、幸運だったとしか言いようがない。

 トシ達だけであれば、まず間違いなく、助けに行って全滅するか、慶介が犠牲になるかのどちらかだっただろう。

考え得る最悪の結末を回避できたばかりか、自分の父母についての情報も改めて知れた上、自分の人生を考え直す良い切欠が出来たとも言えるのだ。

 

 正直、いきなりの出来事が多すぎて、頭が混乱してるといえば、してるのかもしれない。

 父母の死の原因が己にあるのかもしれないという事。

 自らの身体の内に、神話時代の化物である八岐大蛇が潜んでいるという事。

 叔父夫婦が、隆高と仕事仲間だった事。

 これらの出来事をまとめて処理するには、なかなか難しいものがある。いずれも、簡単な問題ではないだろうと思っているからだ。

父母の死については、言わずもがなであるし、八岐大蛇についてもそうだろう。そして、意外に複雑なのが、叔父夫婦が祓し屋であるという事だ。

 二人がわざと黙っていたのには、理由があるというのは良くわかっている。


 叔父夫婦からしてみれば、トシを巻き込みたくないという思いが確実にあったのだろう。その善意からの行動を無理に問い詰めるような真似はしたくなかった。

祓し屋なんて職業についてしまえば、否応なしに命を賭けた仕事が多くなる。慶介達と共に巻き込まれた事態を思い返せば、馬鹿でも分かる。

 そして、そんな出来事で誰かが犠牲になるのは、御免だった。今の自分に出来ることがあるのであれば、それはなんとしても防ぎたい。


 自分の中にあるのは、相当に厄介なものであると分かっている。『浄眼』という力も、『八岐大蛇』という暴力も、いずれも自分の力であるのだ。

これをどう有益に使っていくのかも、己の判断次第であるし、他人の手によって悪用させられそうになる事もあるだろう。

 そうなるまえに防ぐのも、自分次第である。そうさせないためにも、隆高と黒芽は、しっかりと修行をつけてくれるとも言ってくれた。

食事中とも言うのもあって、そういう面の話を砕けた雰囲気でいろいろとお互いにしっかりと話せたのは大きかった、と自分は思っている。

 そう、だからこそ、修業はきつくなるが、構わないか、と話した黒芽の視線に気づくべきだったのだ。

あの隆高が、思わず視線だけでもはっきりと分かるほど、止めておけ、という視線を送っていたのに、自分は強くなりたいとの思いを優先させてしまった。

 

 『宜しくお願いします!』

 『その即答。じゃあ、死ぬほど痛い目にあっても余裕ですね』


 次の瞬間の、その言葉を待っていたと言わんばかりの、獲物を見定めた猛禽類のような目つきと笑顔は、トシにはしばらく忘れられそうにはなかった。

 先の結果が、旅館らしい建物の広い庭の方へと連れ出されて、今に反映されているのだ。

 

 「はい、へばらずに、続けざまに回避と、防御を両方を考えてしっかりと捌くように! あーるぴーじーで言う、へいと稼ぎのような動きを意識して」

 「なんで、ネットゲーム的な解釈で、さっきから、説明するんですか! って、痛っつぅ!」


 その思いを告げた後、食事を終えた先にあったのは、地獄でした。

と、思わず愚痴ってしまいたくなるほどの修行が、まさに自分を襲っている所だった。

確かに、鍛えてもらうという事を前提としてはいたが、ここまでド直球な修行というか、訓練をトシは想定していなかった。というより、想定できた者がいれば、それは直感に優れ過ぎているだろう。

 厳しくやるとかそういうのではなく、死ぬほど痛い目と言っていた時点で、察せられただろうとか言われるかもしれないが、いきなりの素人にこんな激しい訓練をさせるなど、トシからしてみれば予想外という他ない。

誰もが、こういう訓練をするのかと、隆高に縋るような視線を送ったが、そっぽを向かれる。それだけで、地雷を踏んだ人間にしかやらないというのは分かった。

数時間前に戻れたら、調子に乗った発言をした自分を殴り飛ばしたいところだ。

 

 「あっだぁ!?」

 「はい、そこが甘い。もう一回気合入れてください!」


 そう言いながら、式を入れたおかげで光り輝く竹刀を、遠慮なく黒芽は振り回してくる。そして、自分はそれに打たれて悶えていた。

この光り輝く竹刀を振り回す黒芽から、逃げ切れるようにする。同時に、致命傷を狙う一撃はきっちりと避ける事。それが修行だと告げられた時から、嫌な感じはしていた。

 死ぬほど痛い目に合うと宣言していたのだから、もちろんある程度は覚悟していたが、どこかの宇宙人達が扱っているような光り輝く刃のような竹刀を持ってこられるとは、思ってもいなかった。

そして、これが当たると確かに痛いのだ。式が組み込まれた武器は、こうも激痛を与えるようなものなのか、というぐらいには痛いのである。

 確かに身体を守る上では、良い訓練になるかもしれない。決して打たれないようにする。打たれても、まだ痛みがマシな部分で受け止めるようにする。

意識せずとも、身体が勝手に痛みから逃げる為に反応していくようになるのだ。嫌な鍛え方だが、実に合理的だった。やられている自分の身からすれば、すぐにでも止めてほしいが、言っても聞かないだろうから、諦めている。


 「いや、お前、本気で根性はあるな。黒芽の指導とか俺ですら泣きたいレベルだったのに、加減されてるとはいえ上出来だ」

 「冷静にそんな解説入れないでください! ていうか、これでもまだ加減されてるんですか!?」

 「そりゃお前、黒芽が本気なら当たった部分が一瞬で炭化するか、霊なら浄化されるかのどっちかだぞ」

 「本気がひどすぎます! 異能をすぐに教えるってまさか、こういう事だったんですか!?」

 「言うより味わった方が身体で覚えるだろ。黒芽のは、痛みの調整も出来るからいろいろと嫌なんだよなぁ」


 さらりと酷い情報を伝えてくれたのと、話に出てきた異能がやばいというのが、こういう意味だったのかと理解する。

確かに単純に炎や氷を出すよりも、よほど怖い物がある。炎などまったくといって問題にしないような気配すらするのだ。というか、恐らく本気を出したら、炎はまったく無意味なのだろう。

 炎の中でも平然と立っている姿が、隆高と黒芽、二人とも簡単に想像できるレベルだ。

ここに来てから自分の中での常識が、一気に崩れ落ちていくが、最早諦めていた。

元々、自分も視える事を隠していた身だし、非常識には早く順応していく。


 「おーおー、よくこの短い時間で、あれだけ捌けるようになってるもんだ」

 「そりゃあ、痛い思いはしたくありません、か、らぁ!?」

 

 自信満々に答えようとした瞬間に首筋に激痛が走り、膝から崩れ落ちるようにして倒れる。


 「油断大敵と言ったでしょう。今のは、確実に死にますよ」

 「……お前、本当に容赦ねぇのなぁ」

 「強敵の妖怪、悪霊ともなれば、もっとえぐい事はしてきますから。その辺りは、現場写真とかで見せておきましょうか?後、雑魚と侮っていた霊や下級の妖怪に食われた者の――」

 「――トラウマをもっと増やす気か、お前は。もうちょっと俺の弟子に対して優しさを持て」

 「まだまだ優しい方だとは思いますが」


 肉体的な虐めに関しては優しいが、精神の方も考慮しろと、大きく溜息を吐いて、隆高が黒芽を制止する。

黒芽は虐めたりないようだが、少しばかり自分の方の身体が限界にきていると悟ってくれたのか、ようやく光り輝く竹刀から、輝きを消して、ただの竹刀へと戻す。

 彼女曰く、祓し屋の教官としても呼ばれる事があるので、こういう分かりやすい痛みを与える道具は大事だと、常々言っているらしい。


 「痛い方が、はっきりと身体に刻み込まれて反応しやすくなりますし、私としては、こういう方が危機管理には役立つかと」

 「そりゃあ正しいがな。食事後の少休止の後、いきなり、ここの中庭に連れ出して私の攻撃を防ぐか避けて見せろってのは、辛いってもんじゃねぇぞ」 

 「大丈夫です。才能のある子にしか、やりませんから」

 「才能っていうか、根性はあるけどよ」


 トシのぼろぼろになったような姿を見ながら、隆高が呆れたように言う。


 「お前もきつかったら、言えよ。開幕から飛ばしすぎてるぐらいだ」

 「いえ、平気です。これが出来なかったら、霊威や式の扱い方は教えないと言われているので」


 当然です、というように頷く黒芽と、もはや言葉が出ない隆高の反応を見ている限り、黒芽の指導は本来ならばもっと優しいものなのだろう。

自分が特別扱いされているのか、それとも八岐大蛇の力が自分の肉体を強化していると見込んで、特訓しているのかは分からない。

 だが、昔の自分であれば、こんなにも運動することは出来なかっだろうし、少なくとも、今知っている祓し屋としては、恐らく隆高の次の腕前を持つであろう黒芽の動きをなんとなく読む事など、不可能だったはずだ。

それが出来ているというのは、やはり、八岐大蛇の力か、浄眼の力が絡んでいるのだろう。確信は、はっきりとは出来ないが、間違ってはいないと思っている。


 「やる気があるのは良い事だが、其処で身体を壊したら意味もないからな。一度部屋に戻ってシャワーでも浴びたら、この建物の中でも巡り歩いてみたらどうだ」

 「いいんですか? 良ければ、ちょっとお言葉に甘えさせて欲しいんですが」

 「構わん構わん。黒芽もちょいと休め。ここの建物――正道亭の中もじっくりと見てみたいだろうしな、俊彦は」

 「それならそれで、私も少しばかり休憩とさせていただきます」


 本当に休憩がいるのだろうかと疑いたくなるぐらい、あれだけ動いたのにぴんぴんしている黒芽に複雑な思いを抱きつつも、頭を下げる。


 「何だかんだ飯食ってから、三時間はぶっ続けてるんだ。その後住居とかについての話もしてやるから、夕飯まで自由にしてていいぞ」

 「そういう事です。痛みは、もう平気でしょう?」

 「はい」

 「ならいい、じっくりと見て回れよ。ただ、上の方には絶対に行くなよ、やばいのと出会うかもしれんからな」

 「やばいの、ですか」


 お偉いさんとかがいるかもしれんからだ、と隆高が苦笑する。


 「お前には八権現の話もしただろうが。そういう奴等もいるかもしれんって事だ。……まぁ、一番会わせたくない奴は、もう出ていっているはずだが」

 「分かりました。上には出向かないようにします」

 「そうしてくれると、助かる」


 自分の望んでいない面倒事に関わるのは、御免だ。






 部屋に戻ってから、シャワーで軽く汗を流してから、いつの間にか用意されていた衣服を新しいのに変えて、旅館内をぶらぶらと歩いてみる事にする。

正しくは旅館ではないのだろう。旅館というよりも、旅館を買い取って改造したか、最初から旅館風にしていたと言う方が良いのだろうか。

 従業員の人々も、旅館内をうろついている客らしい人物も、それぞれがこちらを見ると興味深そうに見てくる。

そして、どの人々にも、普段では絶対に持ち歩かないような符を、持ち歩いている。

 全員が祓し屋なのかは分からないが、それに準ずる人々なのだろう。いずれにせよ、組織の関係者達が運営しているといったあたりだろうか。


 「……やっぱり人、多いんだなぁ」


 見ていれば、思った以上の人の多さである。何も知らぬ人が来れば、えらく繁盛している旅館だとしか思わないだろう。

自分も、ここへ何も知らずに来ていれば、ただの旅館だとしか感じられない程だ。

 

 「さて、どうしたものか」


 いざ見て回れと言われても、見てみようと思えるような場所はなかなかないのだ。

特に変わっている様子があるわけでもない。普段通りに歩いているだけならば、大して変わった商品なども無いはずだ。 

 と、そう思っていたのだが、それは間違いだったのだと悟る。建物の中にある商店には、『変わった』商品が、多く並んでいたのだ。


 「……いやいや、これ、いいのかよ」


 つい、眼に入ってしまい、そのまま立ち去ろうとして、もう一度視線を戻してしまう程には、インパクトは強かった。

ゲームや漫画などで、何回か見たことはあるし、映画などでも、侍などが振り回しているのは見たことがある。それに、ゾンビや化物に対して外国の市民が、撃っている物。

 所謂、銃器や刀が、まるで飴や菓子でも売るかのごとく売られていた。

 値段は当然ぶっとんでいるぐらい高いかと思えば、銃器の方は物にもよるが、頑張れば自分の貯金を使えば買えそうな値段のものすらある。

外国では、子供でも頑張れば買えるとは聞いたことはあるが、それと同じような事だろうか。

 よくよく見れば、その周りにも人がいて、真剣な目つきで買う物を選んでいる。妖怪や霊に、それが効くのかどうか気になったが、効くからこそ、置いてあるのだろうという発想で終わりにする。

効かなければ置く必要はないし、まさか対人に使うわけでもないだろうし、使っていたら大問題だろう。

 政府や、警察とも繫がりがあるとは言っていたが、まさかこんな所でそんな繫がりを見る羽目になるとは思っていなかった。

それでも、興味はあるので、まじまじと見に行ってしまうのは、男の性というべきであろうか。

 刀や、何やらしっかりとした文様が刻まれたナイフなどを見ていると、本当にゲームの世界にでも、飛び込んでしまった気分になってしまう。

残念なのは、これが現実の世界であり、ゲームのように妖怪や化物に食い殺されても、セーブ地点からやり直しなどとは、出来ない部分だが。


 「君、若いね。新人さんかい」


 そうやって旅館内に設置されている商品を見渡していると、後ろから声を掛けられた。


 「あ、はい」

 「何か欲しいものでもあるかい? 君みたいな新人さんが使うなら、もうちょっと使いやすそうな方が良いと思うけど」


 トシが、何か買うつもりだと考えていたのか、商品について説明を入れようとしていくのを慌てて遮る。


 「いや、まだ自分には早いものだと、師匠に言われているので」

 「へぇ、随分と若いけど、弟子入りしてたのかい。その師匠の名前は?」

 「村上隆高と言います」

 「ほー、あの村上隆高からか。って、あの村上隆高? 妖殺しと仲のいい? ってことは、君がそうか…」

 

 妖殺しと聞いて、誰も思い浮かばなかったが、店員の顔を見ていると、ふっと名前が浮かぶ人物が現れた。


 「降魔様ですか?」

 「……あの男に、様づけは……いや、君は弟子入りしたばっかかな、僕に平然と話しかけてくれるって事は」


 そういうと店員は苦笑して、自らの素性を明かす。


 「僕は人間じゃない。僕は物が長年使われて思いが宿った存在さ」

 「人では、ないんですか?」

 「君たちの言うところの妖怪だね」


 その答えに、もちろんと帰す店員の姿は、どこからどうみても人間にしか思えなかった。

短く切り揃えた黒髪に、人懐っこい笑顔。全体としてはやや細身であり、警戒するような感じも与えない。

 妖怪と名乗られても、こちらが困惑するぐらい、店員は人間だった。


 「君が隆高の弟子となると、てっきり僕達に対してもう嫌悪感とか抱くぐらいになってるかと思ってたけど、そうでもないみたいだね」

 「まだ、来てから日が浅い……というよりかは、数日ですから」

 「ああ、本当に弟子入りしたばっかだったのか。じゃあ知らなくても無理はないか」

 「いえ、妖怪に対しては、嫌悪してる様子が見られたので、なんとなくは」

 「彼にも理由があるのは分かるけどね。そいつとこいつとは、別さ。僕達だって生きている。人に危害を加えずにね」


 いくらか語気を強めて言い放った後、慌てて取り消すように言葉を継ぐ。


 「勿論、彼らの気持ちも分かるけどね。別の妖怪に食われている人もいるから、恨まれても仕方ないとは思ってはいるが……僕は仲良くしてほしいのさ」


 その言葉に、嘘は無かった。何故だか、はっきりと分かる。この妖怪は嘘をついてはいないと理解できた。

 少し、嘘はついていないと分かると同時に両目が疲れるような感覚に襲われるが、それに耐えてから微笑む。


 「僕も同じ気持ちです。ええっと」

 「鍋金と呼んでくれるかな?」

 「はい、鍋金さん。こちらも、俊彦、いや、トシと呼んでください。身内にはそう呼ばれていますから」

 「ありがとう。今度来るときはいろいろと見ていくといい。……ああ、それと、紹介したい子、というか送っていって欲しい子がいるから、その子とも会ってみてくれるかな。もちろん妖怪なんだけど、良い子なのは保障するよ」


 一瞬、迷いが浮かんだ。

 師匠である隆高の妖怪嫌いは、短い時間ではあるが話したときに、よく分かっている。ただ喋ってるだけですら、あそこまで嫌悪感を感じさせるのだから、並大抵の感情ではないだろう。

ただ、自分はどうするか迷っているし、いきなり全ての妖怪を滅ぼせと言われたら、まず、いいえと答えるだろう。実際この目で見た妖怪は彼が初めてだが、討伐しようなどという気は起らない。

 そこまで考えて、喜んで、と答えを返すと鍋金は嬉しそうに微笑んでくれた。


 「いやぁ、やっぱり人間は良いね。君みたいな子が増えてくれると、もっと嬉しいんだけど……言ってもしょうがないか。ゆきめ!」


 店内の奥へと声を掛ければ、ひょっこりと、女性が顔を出す。


 「申し訳ありません、鍋金さん。えっと、そちらの方に?」

 「うん、トシ、いや俊彦君だ。これと一緒に送ってもらおうかな」


 分かりました、頷くとこちらへと、彼女は視線を移してきた。彼女を見た第一印象は可愛らしい、というのがぴったりだった。

まさしく雪のような白さの肌を持ち、触れてしまえば溶けてしまいそうな脆さを併せ持った女性だ。しかし、その瞳はその身体とは裏腹に、強い光を持っている。

この武器屋の店員、鍋金が妖怪であるように、おそらく彼女も妖怪なのだろう。組織の中に、平然と妖怪が存在しているのには、疑問を持つが、組織もある程度は認めているという事なのだろうか。

 確かに妖怪というのは人ならざる力があり、それを利用するのならば心強いとは思うが、裏切られた時はどうするのか。


――駄目だな。


 いかんせん、隆高の話のせいか、妖怪に対してついつい警戒を抱く考えが出てしまう。

あくまでもあれは、隆高の考えだ。自分はまだ、どういう妖怪がいるか、見ていない。これからの経験で決めるべきだ。


 「はい、これですね。承りました」

 「ああ、頼むよ。僕達の主様に失礼が無いように」

 「分かっておりますよ、それくらい」


 くすりと、彼女が笑みをこぼして、こちらへと振り返る。


 「俊彦様、でしたね。申し訳ありませんが、途中まで宜しくお願いいたします。私一人ですと、いろいろとあるので」

 「気にしないでください。なんとなくは、わかります」


 頼りにしています、と、ゆきめが言い、任せてくださいと返す。

トシとて男である。こんな美人に頼みごとをされては、やらざるを得ない。

 荷物を運ぶついでに、妖怪たちは、ここの何処へと住んでいるのかなども聞けばいいだろう。

渡された荷物を抱えて、トシはゆきめの後を付いていく。白を基調とした和服を着こなし、動きも上品さを感じさせる。

 彼女も妖怪なのだろうが、妖怪でも良い所のお嬢様なのかもしれない。

ゆきめに従って、階段を上っているが、彼女は不自然というか、だらしない歩き方を一切しない。背筋をぴんと張って、美しく歩いている。

 上流階級など、もうこの時代には存在していないようなものだが、彼女のその姿は、昔の貴族すら連想させた。


 「ゆきめさんは、もしかしてお嬢様とかですか」

 「あら、どうしてそう思われました?」

 「なんというか、動きに常に品というか、綺麗だなって思わされるので」

 「ふふ、そういう評価をされると嬉しいですね」


 雪原に咲いた花のように美しく笑みを浮かべると、少しだけ手を振り、否定する。

頬が熱くなるような気分に襲われるが、すっと否定して、彼女の後をついていく。階段など、あってないようなものだ。

 意外と長い階段を上りつつ、とうとう結構な階にきた。

どうやら幹部でも泊まっているのだろうか。階の広さの割に、部屋の一つ一つは大きいような気がする。

 と、ここまで来て、師匠の言葉を思い出す。


 『上の階にはお偉いさんがいるから――』 


 しまった、という気分に襲われるが、同時にまだマシだろうと思う。確か、隆高が会わせたくない人物は、もう離脱しているはずだと言っていた。

それに、ここは幹部の部屋がある階かもしれないが、ただのお偉いさんの可能性だってある。そちらの方を期待しておこう。

 そう思っていた時、一つの部屋の扉が開いた。


 「あ、ちょうど主様が来られますね」

 「今、扉を開けた方ですか。へぇ、どれどれ」

 

 そちらの方へと視線を向ける。目に見えたのは、黒い猫耳の少女と――


――どくりと、心臓が鳴った。


 自分の瞳に映ったのは、黒い猫耳の少女の隣にある、ただひたすらに大きい、真っ黒な穴だった

 本当の恐怖を目の前にすると、呼吸も、心臓の鼓動すらも止まりそうになるとは、この事か。

今の自分はどれだけ無様な姿を晒しているのだろうか。だが、それすらもまともに考えられそうには無かった。

 目の前にいるのは、恐怖と死だ。人がいるという気すらしない。いや、人ではない。人の形をした、何処までも人を飲み込む虚無へと続く穴だ。


 「目の前のあのお方が、私達の、って大丈夫ですか!? 俊彦さん!」


 ゆきめの声が響くが、恐怖心で身体の震えが収まらない。

そして、その忌まわしき黒い穴の名が呼ばれた。


 「『悪食』様、いえ、虚様! この人が!」

 「――あらぁ、私の正体を平然と見破ったから、誰かと思えば、八咫烏のお気に入りの坊やじゃない」


 ああ、くそ、最悪だと心の底から思った。

 隆高が絶対に関わるなと言った、その本人。

 八権現、第四位、『悪食』が、目の前に立っていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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