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妖霊夜行  作者: 二鈴
第三章 一首
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七人一首

 「その、聡がお世話になってます」

 

 「いえいえ、そんなかしこまらないでください。 ……こちらこそ、お世話になっています」


 どうも突発的な事態に対して――しかも、友人が予想外の相手と付き合っていたという事に、頭が衝撃を受けてしまったのか、どうも気の利いた返事もできずにただ、挨拶をする。

 困惑している様子がありありと出ていたせいか、常闇月が気を利かせるように、店員に声を掛けるべく手を上げて、まずは飲み物で口を湿らせてから会話を続けようとした。

 本来であれば、こちらがしなくてはいけないことだ。それを先にやってもらうというのは些か恥ずべきことだが、もう遅い。

 ここは素直に、好意に甘えてしまった方がいいだろう。

 

 「ごめんなさい、私の喉が渇いてしまって……私はアイスコーヒーで。 俊彦さんと聡さんは、どうしますか?」


 「僕はジンジャエールで。 聡は?」


 「じゃあ俺もアイスコーヒーで、で、すいません、あと小腹が空いたのでサンドウィッチを一つ、ツナサンドを」


 店員が、かしこまりましたと告げて、注文内容を確認してる間に、改めて月に視線を移す。

 黒真珠を思わせるような、人を引き込むような宝石の如く魅力ある黒髪を伸ばしている。ここまでは八権現の一人、常闇虚と一緒だが、雰囲気は違った。


 常闇虚は、人を吸い寄せる、魔性の女ともいうべき存在であったが、こちらの少女――常闇月は、また別の存在だ。

 女性としての魅力がないのではない。むしろ、その辺りは虚にも負けず劣らずの美人と言ってもいいだろう。違うというのは、その性質だ。

 虚が男を捕え、仕留める絡新婦蜘蛛であれば、こちらは儚げに空を飛んでいく、月光蝶と言ったところだろうか。捕食者というよりは、保護したくなる少女というべきだろう。


 「ええと、それで調査の話ですが」


 「はい。その、月さんが今回、聡とマンツーマンで動いてくれるという事で、良いんですよね?」


 「そうなります。……姉と、その八権現第三位であられる一言主様から、一度やってみるべきだろうと」


 「というと……」


 組むことになったのは、これが初めてだということだろうか。それはそれで、まあよくある事なのだろうと納得する。

 自分自身がどうだったかと言えば、これもまた八権現の六位である八咫烏――村上隆高と組まされた事があるが、あれは例外中の例外だろう。

 むしろ、あんな事がたびたび起こられても困る。


 「今回が、初めて指導官としての挑むことになると思っていただいて、大丈夫です。

  自信はありませんが……」


 というと、本当に今回が初めてという事になる。虚に言われてだと、ちょっと心配があるが、一言主からならば、大丈夫だと感じていた。

 あの人は今まで出会った八権現の中でも、極めて良識的な部類に入ると感じられたのだ。顔を合わせたのは、ずねり様の事件の時だったか。

 その際にも、なんというか色々と面倒は見てもらったのだ。ショックを受けた慶介の世話やら、今後の方針などについても随分と話を聞かされた。

 しかし、妙に常闇虚と仲が良かったのが気になる。あの「悪食」と仲がいいというのは、師匠から聞いた話の限りでは、大分珍しい例だったはずだ。

 自分たちの救援にきてくれたのには感謝しておきたいが、どういう事なのだろうかという考えがよぎってしまう。

 悪い人物ではない、というのは理解しているが、いかんせん、どう距離を取ったものかと、悩んでしまうのだ。

 

 「いえいえ、指導官として選ばれているというと、相当優秀な方ですよね?

  それなら、むしろこちらとしては安心です。むしろ聡の方が何かやらかさないかと」


 「……大丈夫だよ」


 「ええ、それについては良く存じていますので。そういう意味でも私が監督官として選ばれたのです」


 そう笑顔を向けて、こちらに語り掛ける常闇月に対して、把握する。


 「既にやらかした、と」


 「お、おい! そう決まったわけじゃあ……」


 そう反撃の口火を切ろうとした聡が、いつの間にかこちらへと視線を向けていた月に気付き、黙る。


 「“私との出会い”から、そうでしたもんね? 聡さんは」


 「……はい」


 反撃の手段を失い、意気消沈気味に椅子に座りなおす聡に思わず笑いそうになるが、同時に聞き捨てならない言葉が流れてきた。

 私との出会い、と言ったのだ、この常闇月は。それはつまり何を意味しているのかと言えば――。

 

 「――こいつ、何かやらかしたんですか?」


 その言葉に、常闇月は何も言わず、穏やかな笑みを向けたままだ。

 それに対して、聡は少々顔を青くし、それから、赤くなったりと非常に変化が激しい様子になっていた。

 これで、何があったかは大体察しが付く。それに対して、向こうが嫌な感情を抱いていなさそうなのは、救いだと言えるだろう。

 しかし、普段であれば、ブレーキ役にでもなりそうな聡が何をやらかしてしまったのかは、非常に気になる点であった。

 

 「……一応言っておきますが、変な事ではありませんよ。むしろ、褒めたいぐらいの事なんですが、いかんせん無謀すぎた、というだけです。

  これ以上言うのは、可愛そうなので聞かなかったことにしていただけませんか?」


 せっかくの弄る機会だ。久しぶりでもあるし、どうせなら、色々突っ込んでやろうかと考えていたところに釘を刺された。

 どうやら、監督官との仲もそう悪いものではないらしい。

 迷惑を掛けられたはずの常闇月が嫌な顔を一つもせずに、むしろ聡を庇うように発言したことに少々驚いた。

 それにその口調からすると、どうやら茶化すようなことでもないらしい。


 「すいません、僕の方もちょっと調子に乗ったようです」


 「いえ、大丈夫です。確かに、真面目な内容ですが、そこまで深刻という訳でもありませんから」


 そう言いながら、常闇月は微笑む。

 どうも想像以上に、2人の仲は進んでいる、というより信頼関係が出来ているらしい。

 いつの間に、と思いながらも、気が付けばやってきた店員から飲み物とサンドイッチを受け取り、それぞれの場所に置いていく。

 その後、いったん休憩を入れるように、皆が一口ずつ、飲み物を喉に流し込んだ後、常闇月の目がすっと細くなる

 そして、口を開いた。


 「では、これからの調査対象ですが……先程テレビに流れていたものは聞きましたか?」


 「……先程? ああ、殺人事件の……って」


 「はい、そうです」


 柔和な表情から一転し、真剣な顔つきへと――祓し屋としての顔になった常闇月に対し、俊彦も気を引き締める。

 聡も、似たようなものだ。いくらか、緊張が入り混じった表情をしているが、それは、初めての仕事だから、というのもあるだろう。

 それにしても、殺人事件というのは、また嫌なものだ。黒水郷での――ずねり様と会話し、また違う堕神を滅ぼしたときのことを否が応でも思い出してしまう。

 あの時とは、違うものであれば良いのだがと考えたくもなるが、そんな訳がないと考える。

 自分たち祓し屋に、このような仕事が回ってくるときは大抵、異界の存在が関わっている。そんなことなど、分かっていた。


 「いかんせん、ただの変質者であればまだマシ……いえ、被害にあった方の遺族の事を考えれば、そのような事をいう事すら不謹慎なのですが。

  ……どうも、この事件は、やはり妖異が関わっているようなのです。それも、極めて厄介な」

 

 「……待ってください。そんな極めて厄介な妖異を、自分たちで調べるんですか?」


 「あくまでも、調べるだけです。……直接祓いに向かうわけではありません。

  痕跡を集めるなり、情報を手に入れろ、ということです。そうでなければ、聡さんを向かわせろ、なんて言葉は出ませんよ」


 その言葉に、少々安堵する。だが、同時にもう一つ懸念が生じる。

 妖異について、調べて情報を集めていくのは良い。だが、肝心な祓いは誰がやるのかという事だ。 

 まさか、自分たちで当たれというわけではないし――と考えていた時だった。

 喫茶店のドアを開ける音が鳴り響き、ゆっくりと女性がこちらへと向かって来ていた。

 艶やかな黒髪、男であれば振り向かざるを得ない肢体。喫茶店に来ていた男たちの視線が釘付けにされていく。

 同時に、常闇月が、近づいて来る足音に視線を向けていき、そちらの方を視界を納め、なんで、という表情を浮かべた。

 それも仕方ないだろう。彼女を知っている人間であれば誰だってそうする。

 

 「はぁい。……楽しんでいるかしらぁ」


 それは、俊彦とて例外でない。ただ口を開けることしかできなかった。

 それはそうだろう。


――八権現の1人、常闇虚が女子高生姿でやってきたら!  

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