ずねり様 了
「そうして世は事もなし。そういうことでええんかね、虚」
事件からしばらく後、ようやく普通の通話がつながる状況となり、一言主は、携帯にかかってきた相手と話をしていた。
黒水郷で起きた事件は、組織として対応して処分することに決めた。今回の災害は、幸いにも数十名の死者だけで済んだということだ。
生存者も、誰も彼も、あれは不幸な自然災害だったということで処理される。記憶を“処理”される者も出るだろう。
後始末を率先して担当しているとはいえ、こういう出来事に出くわすというのにはどうにも慣れない。
長い間生きても、死を嘆く人々の声は常に辛いものがあるが、辛さを感じられるからこそ、まだ自分は人であり続けていられるのだと認識できる。
視線をいざ集落へと向けてみれば、酷い有様だった。
死んでいった人々もそうだが、生き残った人々もこれからは辛い思いをし続けるのだろう。
親しい者が化け物にされたという記憶を封印され、災害による死だったと塗り替えられても、死んだという結果のみが残ることには変わりがない。
いたたまれない思いに駆られて、視線を逸らして、電話へと意識を集中させる。
『ええ。にしても良かったの? 貴方、本来の持ち場を離れたでしょうに』
「別にええわ。優秀な部下ならいくらでもおる。今回はそいつらに任せただけや」
そう、とだけ答えを返す虚の相変わらずの態度に、苦笑と、仕方ないなという気持ちが沸き上がるのを抑えつつ会話を続ける。
『むしろそっちの話の方が気になるわ。俊彦君やっけ? 彼、どうなん?』
「さぁ、私には分かりかねるわね。貴方なら八咫烏から聞けるんじゃないの?
ねえ? 第三位、一言主さん」
つれない言い方をされるが、慣れている。彼女との間はいつもそうだ。本気で言ってるわけでもないというのも良く理解している。
ただのじゃれあい、それもお遊びも良いところだ。
「そう拗ねるな。俺とて今回は割と頑張ったんやから。
結局、それでお前は間に合ったんやろ?」
『ええ、よくわかってる。よくわかってるわよぉ……。
ごめんなさいねぇ、八つ当たりのような真似して』
かまへんと、言葉を返す。八つ当たりする理由などいくらでも考えられる。
本人は冷静を装っているが、可愛がっているゆきめが、堕神が降りてくるという予期せぬ事態に巻き込まれたのだ。
心中を察することぐらいは、自分でも容易にできる。
ゆえに、無駄な口を叩くことはしない。
「とりあえず、今回、お前の方は無事に済んだことや。
……被害にあった人々の治療は必要やろうけどな。肉体面、精神面の両方から」
『そっちは後見と貴方がうまくやるでしょう?』
その通りではある。組織でも、もちろん対応することにはなるが、八権現のうち、自分と第七位が適任だろう。
自分の部下たちと、後見がうまくまとめてくれるはずだ。出来る部下に全てを任せるというのが、一言主の方針だった。
第三位として、周りからは畏敬の念で見られ、部下からは慕われているが、自分自身としての評価はそこまで高く見積もっているつもりはない。
純粋な戦闘能力――破壊という面だけ見るのであれば、降魔が一強であるし、それを抑えられる不動や、話している悪食――虚の方がよほど格上だ。
それでもなお、第三位でいられるのは優秀な部下たちのおかげでもあるのだ。
「まあせやな。俺と言うか、部下の皆に任せるつもりやけども」
『少なくとも“貴方と不動”だけは信用しているつもりなんだから。
きちっと今回の案件については任せたわよぉ……それに』
虚が口を開き、説明されたことに顔を顰める。
俊彦という少年。
あの“八咫烏”が弟子を取るなどと言い出したものだから、珍しいことも、それ相応の厄介事でもあるのだろうとは思っていたが、想像以上の案件かもしれない。
「堕神に覚えられていたってのが分からん。本人も初対面なんやろ?」
『本人にも聞いたけど嘘は言ってないわねえ……
うちの子が言うには、俊彦の中にいるものと知り合いだったか、同族だったのではって』
「あんまりええ話ではないな。八咫烏が速攻で保護できて幸いってところかね」
実際、よくない話ではある。八権現の一人が直々に面倒を見ると言ってるのだ。
普通であれば安心しても良いところではあるが、相手は堕神との同族である。
万が一ということも考えなければならないだろう。そのための手は打っておくべきだ。
そうしなければ、彼とその友人の両方が不幸な目に合いかねない。
その友人たちについて考えている最中に一つ思い出した。
「そういえば、俊彦君の友人たちは大丈夫だったんかい? 今回の案件、相当な被害だったんけど」
『ええ。大丈夫だったみたいよぉ。八咫烏曰く、二回目だったらしいから……ねぇ』
そういうことかと察する。一度目の記憶は、八咫烏――隆高が何らかの手を打って封印したのだろう。
記憶は塞がれていてもなお、身体と精神自体は覚えていて、ショックが少なかったということか。
二度も生死を彷徨う羽目になったことについては同情するが、皮肉にもそれで生還したということに関していえば、良かったというべきなのだろうか。
「彼らについては、隆高がどうにかするとして」
『そうねぇ。問題は、降魔の案件でしょうねえ』
俊彦が言っていた。異界化が始まる前に遭遇した少女と景輝という名の人斬り。頭音離様が襲撃するといっていたが、頭音離様自身は関係のない次第だったこと。
それに八咫烏が異界化を確かめに既に先に派遣されていたこと。
いずれも、明らかにしなければならないことではある。
「八咫烏については俺から聞かんとまずいだろうから、俺から聞いてくるが……」
『降魔に敵対するような少女と、景輝という男についてはね。
私から“後見”(こうけん)に頼んで調べてもらうわぁ。
あの男を助けるつもりは一切無いけれど、怪しい者については調査しないといけないことには始まらないしねえぇ……』
相も変わらず降魔のことを毛嫌いしている虚に、苦笑する。
ここまで率直に感情を表現してくれるのは、信頼してくれている証拠ではあるのだろう。
嬉しくもあるが、同時に気にせねばならない事案についても思案する。
――降魔は、ホンマに何を考えて動いてるんや。
戦をするために生まれ、全滅や壊滅などではなく殲滅という字しか残っていないあの男。
組織の中でも生粋の武闘派であり、文字通り天災という名の被害をもたらしながらも強大な妖怪や堕神を滅する現代の魔人。
人を救うために動いているということには疑いのない男である。
だが、それが果たして本当に全人類を救うために動いているか、ということには疑問符が付く。
あの男の部下も、生粋の実力者が多い。理想もまぎれもなく正義だろう。
かくいう一言主自体も、あの男が嫌いなわけではない。降魔自身も、こちらを嫌っているわけではないだろう。
悪食――虚についての考えが、致命的に合わないというだけだ。
妖怪も救うか否か。それが自分にとっては虚を救うか否かに直結するがために、降魔と合わないだけだ。
その一点を除けば、むしろ一言主としては協力しやすいタイプではあった。
八咫烏も信頼はしているが、情に厚すぎるところがある。そのせいで視界が狭まりすぎるのが欠点でもある。
冷静であるのには違いないが、人のため身内のためであれば、一瞬で燃え上がる大火にもなりかねない。
「……そっちについては、頼むわ。俺はもうちょいここの調査を続けておかんと怒られそうでな」
『分かったわあ。よろしく頼むわね』
お互いにな、と言って通話を切る。
それから、空を仰ぎ見る。あれほどの災害があったにもかかわらず、それは青々と、爽やかな光景のままだ。
綺麗な光景である。ただ一点、黒い雲が流れてくるのを見逃せば、というのがあるが。
「にしても」
急な堕神の降臨、相次ぐ妖怪や怨霊の出現、外界においても同様の事態が発生が増えている。
急速にというわけでもなく、徐々に、虫が這うような歩みではあるが、日々増加していっている。
人は気にしすぎというかもしれないが、何か引っ掛かるものが、もやもやとしたものが、一言主の中に残っている。
ただの偶然と片付けるべきなのか、それとも重大な何かを見落としているのか。
「……考えたところで、しゃーないか」
どうなっているかも分からず、闇雲に動くのは愚の骨頂である。
同時に恐れすぎて、動かないのも同様である。
機を見て動くしかないのだ。
「一言主様。そろそろ」
「おうすまん。今向かうで」
やってきた部下に対して、笑顔を向けて返事をする。
今は静観するしかないのだ。ならば、そうするとしよう。
何かが蠢いているのであれば、その予兆を見逃さないようにする。その渦になりそうな者を見ておく。
いずれにせよ、見落としだけは避けねばならないそれだけだ。
そして、予兆や渦になりそうな者は――。
「どうなるんかなあ、俊彦君とその周りは」
「……どうかされましたか?」
「ああ、すまんすまん、独り言や」
見落としだけはするまい。
そう、再度心に刻み付けることにした。




