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妖霊夜行  作者: 二鈴
第二章 ずねりさま
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反撃

 

 啓太は死が迫るというのを本能で実感した。幼い頃、何度か痛い目にはあったし、これはまずいなということも体験はした。

 しかし、これほどまでに明確な死が近づいてくるのを感じたのは初めてだった。

 怖い、怖い、怖い。

 頭のなかはそれだけしか考えられなくなってしまっている。

 それほどの恐怖の対象が、死そのものが、眼前へと迫ってきていた。老夫婦は、目の前で死んだ。

 自分には何一つとして出来ることがなかった。老夫婦は自分を庇ってくれたのだ。

 化物が教室へと迫った時、唯一隠れるスペースだったロッカーの影の方へと逃げるように言った。

 自分はただその言葉に従い隠れた、そして目の前で、竹串で食材を突き通すように老夫婦が貫かれるのを見ているだけだった。

 動こうとも、戦おうとも思えなかった。自分が冷静でいられたのはあくまでも仲間たちがいたからこそだったのだ。

 1人だけになった自分など、こんなものだと思い知らされる。ルルアが襲われた時もそうだった。怯えていただけだ。

 足音が近づく。床が軋む音が、こちらと近づいてくる。

 その一歩一歩が、断頭台までの猶予だった。

 気づかれていないなどと、甘い幻想など持ってはいけなかった。全身が危険信号を発している。殺される。

 足が竦んで、逃走も出来そうにない。どうあがいても、待ち受けるのは、無惨な死体になる姿だけだ。


 「死にたくない」


 掠れるような声で漏らす。こんなところで死にたくなかった。

 まだ事故や、ただの殺人であれば諦めもつく。実際に遭遇してしまえば、死にたくないと呻くだろうが、こんな状況より遥かにマシだ。

 自らを庇って死んだ老夫婦の遺体を思い出す。自らもああなってしまうのか。惨い骸を晒して、仲間たちに見つかるのか。

 そもそも見つかれば良いほうだ。仲間たちも皆殺しにあうかもしれない。 

 誰にも知られずに、死ぬのではないかという恐怖が全身を満たしていく。奇怪なオブジェクトとなって飾られるだけかもしれないのだ。

 床が軋む音が、アレが近づいてくる音が聞こえてくる。

 息すらできなくなり、目を閉じることもできなくなる。

 恐怖に、眼を塞ぎ、逃げたいのに、それすらも出来ないのだ。


――同時に、それが啓太にとっては希望となった。


 一瞬だけ、視界に映る男の姿。

 よくその姿は知っていた。最もよく知っているといってもいい。

 安堵から腰が抜けそうになるのを、なんとかこらえる。恐怖心は変わらないが、徐々に落ち着いていく。

 助けが来るということが、これほど心強いとは思わなかった。

 巨漢が、近づいてくる。だが、先ほどに比べれば恐怖心は減っている。

 眼前に迫ったときでも、まだ落ち着いていられた。

 異形が手を伸ばしてくるが、啓太にははっきりと見えていた。

 声も出さずにその男は、忍び寄って間近へと迫っている異形に対して何か張った。

 

 「ひかりあれ」


 それから小さく、しかし確固たる意志を感じさせる声を響いたあと、視界を眩い光が包み込む。

 怪異が苦しんでいるのか、くぐもった男と女の悲鳴を上げながら、悶えていく。どことなく吐き気と食欲を催す匂いを嗅ぎながら、手を引っ張られる。

 

 「走るぞ、啓太」


 声を掛けられ、差し出された手を掴み、走りだす。後ろで狂い悶え続ける叫びが聞こえるが、片耳だけでも抑えてなるべく聞こえないようにした。

 はっきりと聞いてしまえば、自らの理性が破壊されてしまうだろう。

 駆け続けて、息が切れかける寸前まで走って、別の教室へと逃げこんだ先でようやく動きを止めた。

 

 「他の連中は?」

 

 壁に身体を押し付けて、息を軽く吐いてからトシが問う。


 「ごめん、分からない。 他の奴……慶介、聡、大吾とは1人だけ別の方向で逃げちゃったから……」

 「それはいいさ、むしろ無事でよかった」


 お互いに心に余裕ができたのか、少し笑みを浮かべて会話することが出来た。

 あの化物は、こちらにしか追ってこなかったはずだ。少なくとも複数もいたようには見えなかった。

 もちろん、他の化物がいる可能性も捨てきれないが、それなら自分が逃げ回っている間にもう一匹を目撃していてもおかしくなかっただろう。

 それがない、ということは恐らくは一匹だけである。素人の判断だから全く当てにはならないと思いつつも、なんとか思考を落ち着かせようと楽観視してしまう。

 トシはどうしているのだろうかと、表情を伺う。ぼうっとした顔のままだ。間の抜けた顔といいかもしれない。


 「ふふ、相変わらずだなぁトシは」

 「何が?」

 

 心底不思議そうにしているトシに対して、思わず笑みすらこぼれてくる。先ほどまで凄惨な死を迎えるかもしれないという状況だったのに、落ち着き始めてきた。

 こういうところが、自らの友人のいいところだ。


 「いや、いいんだ。助かったよ。本当に、死ぬかもしれないと思った」

 「こっちも焦ったよ。本当に間に合って……結構危なかったしな」


 大して焦ってはいなさそうな顔で、トシが平然と言った。それでも長年の付き合いで本気で心配していた事が分かる。

 相変わらず、表情からは察しにくい奴だなと思いつつも、この平然としているように見える姿に、何度助けられたか分からない。

 再び息を吐いてから、トシの方を向く。


 「慶介たちを助けにいくか」

 「僕もいくよ」


 もちろんだ、とトシが言葉を返す。 


 「ついてきてくれ。 離れて行動するなんて愚の骨頂だからな」

 「……オーケー、正直、役に立たないとは思うから、ヤバイ状況になったらどうすればいいか、指示を頼むよ」

 

 自分の迂闊な判断で、トシに迷惑を掛けるなど、望んではいない。死ぬのは怖い。死にたくない。

 ならば、どう行動すれば最善となるのか。そんなものは、はっきりとしている。

 専門家とともに動けばいいのだ。信用出来ないとか、そういうことは考えなくていい。

 トシが、教えてくれた通りにするのが一番安全なのだ。こんな事態に対して経験のない自分が勝手に判断するよりよほどいい。


 「それじゃあ、聡と慶介、大吾を助けにいこう」

 「ああ、ところで……」


 ルルアさんは大丈夫なのか、と問う。彼女も、何かに汚染されているような状態であった。

 そんな彼女も助けねばならないのではないかと。

 そう聞かれて、トシは場に合わない明るい笑みを浮かべる。


 「大丈夫だ」



――自分の師匠が人を救うことに関しては負けるはずがないと。


  


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