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妖霊夜行  作者: 二鈴
第二章 ずねりさま
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隆高の三


 轟音と閃光を背にしながら俊彦は駆けていた。隆高とあの堕神が戦っている間に、なんとしても他の仲間を見つけなければならない。

 狭いはずの校舎内を探すだけだというのに、いつまでたっても見つからないことに、焦りを覚える。

 浄眼の力も機能しない。異常がないというのが異常であると、どうして気づかなかったのか。

 自らの能力を過信していたのではないか、と自問自答する。無いとは、言えなかった。

 浄眼の見通すという権能をどれだけ甘えていたか、というのを嫌でも自覚させられた。

 己の力を正確に測りきれなければ、こういう自体になると、分かっていたはずだ。


――いや、分かったつもりになっていたのか。


 唇を噛み締めながらも、一気に駆け抜けていく。

 足のことなど、気にしてなどいられなかった。延々と続いてる校舎内を探す方が先である。

 堕神であろうとなんであろうと見抜けるはずという傲慢さが、微かにでもあったのだ。

 

 「クソッ! どこに……!!」


 焦りが、肥大化していく。 

 舌が乾き、口内にへばりつくような嫌な感覚が身を襲う。隆高が負ける気など微塵もしなかったが、あの堕神の力は分かっていない。

 化物とて、多種多様の数がある。


 それを知っていながら見かけだけで判断してしまったことが――あちらの頭音離ずねり様が完璧に化生であったがゆえの過ちだった。

 息を切らせそうになりながら、部屋を手当たり次第探していく。同時に大声で叫ぼうとするが、それは留まる。

 頭音離様の話が本当であれば、あの神は例の眷属の本体である。つまり、隆高と対峙している神自身が生み出した魔だ。

 それが今まで校舎内にいないのは何故だったのかと考えても答えは出ない。

 

 どういうつもりであるにしろ、警戒は最大限にした方がいい。何が起こるか予測がつかない。

 そう思考していた矢先だった。赤子が上げるような悲鳴――それも、耳をつんざくような、生命が最期の足掻きだと伝えるかのような嫌な叫びが聞こえてくる。

 浄眼は、相変わらず反応していない。ということは、この先には、敵対する存在など――


――いるに決まっている。


 そもそも自分を殺そうとした、あの堕神も浄眼に反応しなかったのだ。

 この状況では浄眼など信頼しない方がいい。

 息を潜めながら、それでいて小走りのように静かに走っていく。


 足音を立てないように走る練習など何の役に立つのだと、いつぞやの黒芽の指導に疑問を持ったことがあったが、今になってそのありがたみを感じてしまう。

 音で判断する相手なのかはまだ不明だが、驚異的な相手の前に最低限の自衛手段を取ることは決して悪手ではないと思っていた。

 考えている間に、声がした教室の扉の前に到着する。 

 微かに香る血の匂いに、鼻が反応を拒否しようとするが、なんとか堪えた。

 

 それから、そっと扉から顔を出し、中を伺う。

 真っ先に目に入ったものは、異形の姿であった。俊彦よりもはるかに大きい巨漢の男らしき存在。

 その異形には、全身に穴がある若い女の上半身と少女の下半身がそれぞれ腰と胸に巻き付いている。

 しかし、若い女の上半身と男にはあるべき顔がなかった。暗い穴しかなかった。

 

 冷え込むような暗い穴の向いている先に、視線が移動していく。「物」が誰だったのか確かめたかった。

 視線の中に、次第にそれが映り始めていく。

 視界に収められたのは股から頭部まで、一直線に太い棒か何かで貫かれているで老夫婦の死体だった。力を失った眼と視線が合う。

 息が荒くなりそうになるのを、歯を噛みしめて、強引に唇を閉じて押さえつける。

 動揺をなんとしても押さえつけるべく、感情を落ち着かせる。


――あそこにいるのは友人たちではない。


 残酷な考えが、心の熱を急速に冷めさせる。

 あくまでも自分は、友人を助けに来ているのだ。

 他の人々も助けられるならば、助けたいという感情はもちろん持ち合わせている。

 

 だが、あくまでも身内が最優先で救うべき存在なのだ。

 誰も彼も助けたいとは思うが、己がそこまで優秀だと自惚れていない。

 出来ること以上のことを無理にしようとして、死ぬなどもってのほかだからだ。


 まだあれはこちらには気づいていない。本来であれば、あの死体にもっと動揺していたはずだが、自分でも不思議なほどに冷静になっている。

 ここに友人たちがいないのであれば、あれは相手をせずに立ち去ったほうがいい。

 明らかに、相手にしてはいけない存在である。

 そう判断してゆっくりと立ち去り、他の部屋を探そうとした時だった。


 奥のほうのロッカーを、ずっとあの巨漢の異形は見つめている。

 黒い穴からは、一切表情を読み取ることが出来ない。それでも、そいつが誰を狙ってるのかも見えてしまった。


――啓太。


 ロッカーの影に隠れるようにして、啓太は潜んでいたが明らかに奴は反応してきた。

 太い棒を引き釣りながら、啓太にゆっくりと、しかし着実に近づいていく。

 啓太の方も、それに気づいたようだ。そして、自分がいることにも確認した。

 ならば、やることは決まっている。 

 やつはこちらに気づいていない。完全に隙を晒している。

 

 今ならやれる。やるなら最大限の火力をぶつけるしかない。

 相手にしてはいけない存在から啓太を救いだすのであれば、こちらも相応の手段を取っていくしかない。

 そうでなければ無惨な死を迎えるだけだ。まして浄眼すら使えない自分では、勝てるような相手ではない。

 常に逃げるようなことを意識して、ようやく立ち向かえる相手だろう。

 

 そこまで思考して、俊彦は行動を開始した。 

  

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