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妖霊夜行  作者: 二鈴
第二章 ずねりさま
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頭音離様 依代


 「……不気味なほど、静かだな」

 「逆にな」

 

 嵐の前の静けさとでも言うのか、不気味なほどに静まり返った校舎内で、聡は大悟と共に食事を取っていた。

 といっても、食事と言っても大したものではない。ただの飴などの菓子類、そして余っていた塩気のある、ビーフジャーキーをひたすらかじっていた。

 危機的な状況から俊彦のおかげで、化け物どもが入ってこれない校舎に逃げ込めたのだが、正直、落ち着かない気持ちでいっぱいだった。

 不自然なほどに静かになってしまったのだ。老夫婦や子供を連れた夫婦もいたはずでありもっと騒がしくてもいいはずなのだが、途絶えている。

 でもなぁ、と大きく首を振り、大悟を見る。大悟も困惑したように頷く。

 

――まさか別れて行動を取るなんてわけもいかない。


 ホラー映画でも、ゲームでもそうだが、別れて行動を取るなど愚の骨頂である。それだけ手段や人数を失い、対抗策が減るという時点で、正直まず選びたくない方法である。

 なにかしら、校舎がどうなっているのかを調べるためには教室の外に出ていかなければならないが、そのために全員で、今のところ安全な場所から逃げ出すというのも厳しい。

 何しろ、こちらにはルルアがいるのだ。ルルアが女性だから、と言うのではない。おそらく彼女の方が修羅場慣れしているのは間違いない。

 自分たちのような子供ではなく、彼女は戦場をカメラマンとして取材してきた女性である。

 このような場合の判断は、ルルアに任せたいとも思っていたが、慶介が動揺していることや、啓太の内心も恐怖で怯えていることを考えると、かなりきつい。

 校舎の中には入ってこれないという俊彦の言葉を疑うわけではない。むしろ信じている。信じてはいるのだが、どうも嫌な予感がするのだ。

 ルルアのいう、もう一体強力な存在がいるのかも、という言葉を思い出す。

 あの化け物どもが入ってこないという状況から考えるに 少なくとも、この辺りをうろついていた化物はここにいる存在とは敵対しているというのは分かる。 


 だが、だから味方だと言うのにはあまりにも早過ぎる。

 警戒しなくてはいけないのだ。そもそもルルアの言っていることが――強力な何かが本当にいるかは分からないが、自分たちよりも遥かに過酷な環境を生き残ってきた人物である。

 今の自分の判断よりはよほど的確に事態に対応できるだろう。俊彦がいない今は、彼女と共に動くことが最優先だ。


 「これ、笑っちまうよなあ。オカルト探しだのなんだのやってたら本当に巻き込まれるなんて」

 

 思わず言葉を零すと、大悟がそうだな、と相槌を打つ。


 「カメラにでも録画しておけば、いいものが取れたかもしれないんだぞ」

 「それで心霊番組やらオカルト番組にでも応募してみるか。超S級の驚愕きょうがく恐怖映像ってな!」


 そこまで言って2人で笑い、一瞬でその声は止まる。大悟は指を擦りあわせ、自分は何度か指を鳴らす。

 自分と大悟だけではない。慶介や啓太、そしておそらくはルルアにも通じるであろう不安。


――本当に全員生きて帰ることができるのか。


 その不安が、少しだけ湧きでた希望を奪っていきそうになる。

 自分たちがこのまま待っていて、救助が来たとしても、俊彦が生きていなければ意味が無い。

 誰かが欠けては駄目なのだ。友人を1人も失いたくない――俊彦がここの結界に弾かれた存在だろうが、大事な友人の1人なのだ。

 今更、俊彦が人間ではない存在だと知っても、命をかけてここまで連れて来てくれたことには変わりがない。

 帰るときは、俊彦を含めてもちろん全員で帰る。それだけは、やり遂げるつもりだった。


 「……ところでさ、ルルアさん」

 「どうしましたか?」


 だが、一つだけ、聞いておかねばならないことがある。


 「ルルアさんは、何故そんなに落ち着いていられるんですか? 変な意味に聞こえたら申し訳ないんですが……あまりにも、慣れているので」

 

 この異常な事態に適応しすぎているルルアに、質問をする。

 こちらも周りに比べて慣れすぎているといえば、慣れすぎているのだし、自分でも妙だなとは思っているのだが、それにしてもルルアの精神が強靭すぎる。

 確かに、元は戦場カメラマンだったとはいえ、この落ち着きっぷりは少々気にかかった。

 

 「気になりますか?」

 「ええ、少しだけ」


 少しばかり頬に手を当てて、ルルアは眼を瞑った。それから、しばらく黙ったままだ。

 聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうかと、思案する。

 戦場カメラマンという危険な職業を女性で無事にやっている人なのだ。

 もしかすると、安全な場所から仕事をしていただけかもしれないという可能性もあるが、この冷静さからはそれはないと断定できる。

 というより、正直な話、聡からすればだが、ルルアの眼は怖いのだ。大悟や慶介、啓太に言えば笑い飛ばされそうではあるが、とにかく怖いのである。

 穏やかな瞳で、人もいい、優しい女性というような印象をあたえる眼をしている。

 しかし、その実、耐え難い傷を受けたような、そのことを何時までも覚えているひどく粘つくような光を隠している。

 聡は見えてしまったのだ。ルルアが悪いわけではないし、意識してしまう自分が悪いという結論は出ている。

 それでも、聞いてしまいたかったのだ。はっきり言ってしまえば、自分の惰弱な恐怖感が産んだ問いかけだ。


 「……戦場や凄惨な場面で、女が苦痛と思う数多のことをされました。それで十分ですか?」

 

 穏やかな顔つきのまま、ルルアが応える。

 慶介と啓太が固まり、大悟が馬鹿と、小声だがかなり怒りを込めた声で言う。

 

 「……すいません、とても失礼なことを」

 「いいんです。少なくとも貴方は好奇心から聞いたわけではないのでしょう? それぐらいは分かります」


 しばらく、沈黙が場を支配する。 

 先に口を開いたのは、ルルアの方だった。


 「正直、私にとっては、そちらの方は怖くなかったんです。 いずれにせよ、終わる拷問のようなものですし、命までは取られませんから」

 

 そう語り出すルルアの声色は沼に沈められたかのように冷たく、抜け出せないような響きを持っていた。

 聡は黙ってソレを聞く。周りも、その先の言葉を黙って待つ。


 「本当に恐ろしかったのは、その後に起きたことなんですよ。……この現状を知っていますし、信じてはくれると思うのですが――」


――話を打切るように嫌な音が響いた。


 そこまでだった。作っておいたバリケードが、いきなり音をミシミシと立て始めた。

 化け物共が侵入でもしてきたのか。ここの校舎は安全ではなかったのかという嫌な予感がよぎる。

 視線をバリケードの方へと向ける。違う。怪物たちではない。アレは、最初に見た時にいた不良たちだ。

 ならば打ちのめせばいい。こちらには大悟もいるし、ただのチンピラぐらいならどうにでもなる。

 

 「……おい、あいつらおかしくないか?」


 大悟の言葉に反応は出来なかった。

 いきなり、何が起きたのかも分からないが、バリケードが崩されたのだ。

 

 「どうせ、死ぬ、皆死ぬ!!」


 全員死ぬんだ、と叫びながら崩れたバリケードを乗り越え殺到してくる不良に大悟が素早く椅子を投げた。直撃する。

 聡も、すぐに椅子を持ち上げようとしたが、駄目だった。力が、入らない。何故だと考える前に足が腹に叩きつけられる。

 身がよじれるような痛みに襲われ、倒れる。なんだこいつらは。その言葉しか出なかった。

 大悟に椅子をぶつけられた不良が、痛みなど存在しないと言わんばかりに立ち上がり、持ってきていたらしい木製のバットで大悟の脛を思いきり殴りつける。

 それに痛みを感じるもまだ、立ち上がろうとした大悟がさらに続けざまに数人に襲われ、倒れ伏す。

 啓太や、慶介の方は見れなかった。ルルアに不良どもが群がっていく。

 次の瞬間、ルルアが捕まえようと手を伸ばしてきた不良の手をひねるようにして、投げ飛ばすのが目に入る。

 そのまま投げ飛ばされた不良が、周りの連中を巻き込みながら吹っ飛んでいった。ルルアだけが動けていることに、疑惑を持つが、何もかもが遅かった。


 「何を、しているんですか、貴方たちは!!」


 ルルアの叫び声が聞こえる。同時に、慶介の叫び声。取り押さえろというような声。

 ルルアに飛びつこうとした男が、思い切り金的をされて、悶えている姿が目に映る。

 それだけならば、普通なのだが、少ししただけで、男が何事もなかったかのように、襲い掛かってくる。

 ひたすら、ルルアが時には足を転ばせたり、容赦なく急所を突いたり、もう一度投げ飛ばしてはいるが、数の暴力がある。

 何度も押し寄せる男たち――いや、獣の群れが、ルルアを連れて行こうとする。

 させまいと、もう一度立ち上がろうとしたところで、顔面に蹴りを叩き込まれる。

 そこで、意識が途絶えた。


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