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妖霊夜行  作者: 二鈴
第二章 ずねりさま
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頭音離様の七

 息が詰まるような気配を感じながら、俊彦はただひたすら前を目指して足を進めていた。 

 まもなくである、という予感はしていた。眷属たちと、浄眼による力、それらに導かれるがままにここまで着てしまった。

 あの時、堕神のことを教えてくれた二人は何を目的としてここに来ていたのか、という疑問が浮かぶ。

 彼らであれば、この堕神騒ぎも止められたのではないか。何故、止めずに自分に教えてしまったのか。思考は走っている間中続いていた。

答えが出るはずもないというのに、考え続けていた。

 眷属、人殺し、堕神。

 どこか、聞いたことのある感じがするのである。もちろん、するだけであり、実際に聞いた覚えなどないはずなのだ。

 それなのに、どこか懐かしい気すらしてくるのである。その思いがどこから来るのかはすら、はっきりと分かってはいない。

 何よりも、不気味なのは眷属が”もうこちらへと来ない”ことだ。先程までこちらを一定の道へと誘導するように動いていたが、今はもう動いてすらいない。

 それどころか、ただ道を開けて、通すような形へと変化していっている。

 正直に言えば、襲われていた時のほうがまだ恐怖心を煽られずにすんだ。今の方が目的が読めず、恐ろしいという感情が、心の底から湧き上がってくる。

 すでに見慣れていた、異質な赤い風景から、さらに空間が変化していく。

 もはや、本当にここが現実の世界ではなく、異界であるということを認識してしまう。


――なんだ、これは。


 進む先は、まさしく異次元だった。

 まるで空間はその先から消失してしまっているような、どこまでも続いていそうな暗闇しかない。

 しかし、その中で蠢いている何かがいる。その存在を俊彦は、はっきりと直感で理解していた。

 振り返れば、いまだに赤い空間は解除されていない。

 異界化。それも、もはや現世とは完全に隔絶されている空間というのが、すぐに理解できた。

 浄眼が、危険だと警告を発している。同時に、激痛が一瞬だけ走るが、それを堪えて足を前へと進める。

 進まなければならない。ここで止まれば、何も解決しないままで終わる。


 「いくしか、ないんだよな」


 意を決して、中へと足を踏み入れる。どうなっていようが、早期に解決しなければ仲間が危ない。

 入った後、かつんという音が響いた。何回か暗闇の空間を足で叩いてみる。なにやら、硬いもので出来ているようで、崩れる心配もない。

 辺りには、何もいないように見えるが、浄眼のおかげで、この濃厚な妖気に満ちた道を進んでいける。

 先へ進んでも、相変わらず、道の先は暗闇のままだ。

それでも、先へと、意思をもって自らの身体を前へ前へと運んでいく。

 一切の光が届かなくなる。音も、聞こえない。匂いも感触も、全て奪われたかのような感覚に襲われる。

 何もかも感じなくなり、ただ、何かいるという直感だけを頼りに足を進めていく。

 どれくらい歩いたかも分からなくなってくる。時間がどれだけ立ったかも理解できなくなっている。

 自分の呼吸の音も聞こえない。

 

 「息が詰まるな」


 声を出してみるが、それすらも聞こえない。

 深淵、地獄。今まで自分が考えてきていたそのどちらにでも当てはまりそうな空間を歩み続け、どれだけ歩いたかわからなくなった時、ようやく、それと出会った。

 黒一色に塗り尽くされた世界で、静かに蠢く、液状の存在。浄眼で見なければ、それが命があるものだとは見抜けなかっただろう。

 同時に、理解してしまった瞬間に、全身に五感が戻り、皮膚のいたるところから冷や汗が吹き出した。

 そこにいると理解しただけなのに、心臓を鷲掴みにされたような息苦しさを感じる。

 黒い空間の中で蠢く、鈍く銀色に輝くモノ。これが頭音離様だと、浄眼が教えてくれた。

 一瞬だけ、目にナイフを突きたてられるような痛みが走り、思わずその場に足をつく。

 堕神おちがみと呼ばれるそれが、八権現でなければ討伐できないか、俊彦を自分の身体で、初めてその理由に納得した。


――霊威が、散っていく。


 祓し屋達の武器である、霊威。それが、一瞬で消し飛ばされていく。

 隆高からもらった符があったところで、どうにかなるとすら思えない。

 人間と、その遥か上に座す上位者と格の差を、肉体から精神にまで叩きこまれる。

 下手な行動を起こせば死ぬ。武器を構えるなどもっての外だ。たとえ武器を構えられたとしても、一発も当てることなく死ぬ。

 ただ見るだけしか、出来なかった。


 『落とし子、ひさしぶり』


 声が響いた。幼い少女の声。動こうとしても動けない中、その声だけが空間内に響く。


 『元気だった? 今は四回目? 五回目?』


 理解できない。何が二回目なのか、三回目なのか。

 同時に、この声の主がどこにいるのかすら分からない――と思考してから、目の前の存在に視線を向ける。

  

 「まさか」

 『なにが、まさか? そう、わたし』


 目の前に広がる銀色の海。それが、この声の主だと知って驚愕せざるをえない。

 こちらの反応を伺うかのように、銀色の海から巨大な手が伸びる。そして、下を指さす。

 

 『私が――だよ』

 「待ってください。貴方は……?」

 『まだ、聞こえないか』


 1人、いや1柱とでも言うべきなのだろうが、勝手に納得されても、こちらが把握しきれていない。

 命をかけてまで、ここまでやってきたというのに、向こうの勢いのままに話を進められてしまっては困るのだ。

 見かけ、というより言葉に騙されそうになるが、威圧感や息苦しさは変わってはいない。

 アレは、多くの人々を眷属へと作り替えた、化物なのだ。そこで考えを変えてはいけない。

 何よりも、アレをどうにかしなければ異界化したこの地から、逃げ出すことなど不可能なのだ。

 そこを履き違えてはならない。自らの命を賭けても、頭音離様をどうにかすれば――。


 『わたしではない』

 「私ではない?」

 『そう。わたしがやったのはわたしの空間を作ったことだけ。うるさいのは、わたしがあやつったけど』

 「それじゃあ」

 『わたしはねむってた。じゃまされた。くうかんとじただけ。落とし子はほごする。それしたかったけど、落とし子はまだ、たびがひつよう』

 

 思考が停止する。この災害を引き起こしたのは、頭音離様ではない。

 いや、そうではない。思考がもう一度回転する。まさか――。


『――あれは、ここのちゅうおうにけっかいをはって、みずからのてでまをきるために、ここのだらくしたかみ。

 それでまをわざとひとにいれて、じさくじえんしたから。落とし子はわたしがよんだ』


 ここの中央には、何があったかを思い出す。学校。

 聡、慶介、大悟、啓太。 


 「最悪だ」

 『べつに落とし子にはかんけいない。でもいきたい?』

 「……いま、なんて?」


 銀色の液体から出た腕がくるくる回りながら、言葉を続ける。


 『げんいんのところ、いく? 落とし子のためなら、する。わたしたちのなかま、だいじ』

 「いいんですか?」

 『もちろん。あとではなしきく。じょうけん』

 

 正直な話、棚からぼた餅どころか、金塊が出てくるような話だ。

 話を聞く、というのが最大のリスクでもあり、引っ掛かる点だが、今はこの際どうでもいい。

 というより、この存在に頼るしか方法がないのだ。  

 

 「……では、おねがいします。閉じている空間の解除も」

 『それは、はなしのあと。それまでだすきはない』


 致し方ない、と自分を納得させる。相手は人間ではないのだ。

 理解しようとするのが、間違っている。送ってもらうだけでも良しとするべきだった。



――まだ、間に合う。


 

 本当に、厄日が続く。心の底から、そう思った。

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