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妖霊夜行  作者: 二鈴
第二章 ずねりさま
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頭音離様の五


 「……ここは、大丈夫そうですね」

 「みたい、ですね」


 なんとか学校の中へと逃げ切り、安堵の息を松井聡は吐いた。

どうなっているのかはいまだに理解できないが、化物だらけの状況からはどうにかこうにか逃げられた

 学校の内部は、たしかに安全だった。同じように避難してきた住民も、ちらほらと見ることが出来る。

どの人間も、焦燥しきった顔をしており、素直に喜べない状況が続いているのは変わりないだろうが、一息はつける。

 ここまで逃げられたのも、結局はトシのおかげだろう。

 正直、自分たちだけでは、何が起きているのかさっぱり分からぬまま、突如現れたあのぬっぺらぼう共に何かされて死ぬか、それよりも酷い目にあっていただろう。

 俊彦は巻き込んだことを自分で責めるような口調だったが、こちらとしては命を助けられたということ以外、何の含みもない。

 俊彦がなんであれ、自分たちにとっては良き友人であることには変わりがないのだ。

 戻ってきたら、笑って迎え入れてやればいい。ただ、それだけの話だ。

 

 「どうにか、こうにかここまでこれたが、本当に安全なんだろうな、ここは」

 「どうだろうね? 少なくとも、外よりはまず安全だと思うけど……あの化物たちもいないし」


 大吾が疑問をつぶやき、啓太がそれに答える。

 確かに、啓太の言うとおりだろう。あれだけ外にいたはずのぬっぺらぼう共たちが、学校の中には一匹もいなかった。

 自体がどうであれ、今のところは好転したと思っていいだろう。

 だからといって、安心していいというわけではない、というのが辛いところだが。


 「一応食料とかはあるし、救助も来る、とは思いたいけども」

 「どうだかな。 正直、その辺りはトシ頼りになっちまいそうだ」


 数少ない、現時点で頼りにできる存在は親友のみという事態に陥っているということが、かえって聡を冷静にさせた。

生存の道がそれだけしかないのならば、それに賭けるしかない。それが、成功することを祈って、自分たちはそれまで生き延びる。

 今の自分たちが取れる手段がそれしかないのであれば、思い切れるというものだ。


 「……あー、だが、食料の配分は気をつけた方がいいな、あとルルアさんも俺たちとは離れないようにしてください」

 「分かりました、私もそのほうが良いと思います」

 「ん? なんでまた」


 疑問をぶつけようとした啓太の口を、大吾が塞ぐ。

 答えるにしろあまりいい話ではないし、こんな現状では、何が起きてもおかしくはないからだ。

 人の理性に期待するのは、あまりにも異常な事態である。どうせ死ぬ前にとか、おかしい発想を抱く人間がいても不思議ではない。

 極限状態であるほど人は狂うものだ。ましてや、助けが来ると分かっている身と、分かっていない身では、大きな差がある。

 心の余裕が違う。周りの人間を見れば、それは、よく分かる。

 数人の昔よく漫画で見たような不良に、旦那の方が足を悪くしていそうな老夫婦。さらに、子供が数人にその子たちの家族といったところか。

 良くも悪くも、人数は多いと見たほうがいいのだろうか。余程のことがない限りは、暴走はないと見たほうが――


 ――ないな。


 不良の方をちらりと盗み見て、認識を改める。飢えた顔つきだ。よく分かる。

 こんな異常事態でも、誰がここのボスで、どうやって生き延びるかを決めている、そんなくだらない意地が丸見えの顔をしている。

 同時に多く見てきた、不快な顔だ。どうしてこうも、運が悪いのだろうか。

 

 「貴方の言いたいことは、よく分かりますから」

 「すいません。 ……大吾」

 「わかってる」


 ルルアの護衛には、大吾を当てればいい。下手な男が数人束になって掛かってこようが、大吾ならどうにかしてくれる。

 屈強な肉体に、ある程度の荒事なら乗り越えている経験。この二つを持っている大吾がいれば、向こうとてそうそう手出しをしては来ないはずだ。

 実際、集落にある学校だけあって大した大きさはない。2階建ての、寂れた学校だ。それでも、校庭から奴らは入ってこない。

 避難した教室から見ているが、近づいただけであのぬっぺらぼうたちが、焼けていくのが見て取れた。

 そうして焼け落ちていくのが続いていき、今はもうここに近づく存在はいなくなっていた。宿の方は、大丈夫だろうかという心配もあるが、気にしても仕方がなかった。 

 いざとなれば、トシからもらった札がまだ幾つか残っている。それがあれば、自分たちでもまだどうにか出来る。

 入れてあるカバンに手を突っ込み、もう一度札の存在を意識する。

 この状況が怖くない、といえば嘘になる。実際、対抗手段も無しに、あんなバケモノを初めてみて怯えない人間がいたら、お目にかかりたいものだ


 「……すまねえ、迷惑かけたな」

 「やっと元の調子が戻ったか? 慶介」

 「ああ」


 今まで、意識を喪失していたような状態だった慶介が、安全地帯にまで逃げ込んでようやく、自分を取り戻したらしい。

 これは良いことだと、安堵の息を吐く。  


 「すまねえ、本当に迷惑かけた」

 「構いやしねえよ。あんなん見たら、普通はお前みたいになる」


 自分たちの方が異常なのだ、と思わなくもないが、それでも少し慶介の方がおかしい反応をしていたようにも思えるのだ。

 妙な感覚だったので、杞憂であればいいのだが、と思いつつも、気にはしておく。

 何が起こるかわからない状況で友人を見捨てるなどという選択肢はないからだ。


 「いや、マジですまねえ……」

 「気にすんなって言っただろ?」


 そこで話を区切り、教室の中へと入る。

 今のところは、それぞれが勝手に教室などに入り、そこを拠点に――というのもおかしいが、一息付ける場所にする。 

 仮にでも、身体を休められる場所があれば、もっと自分たちの体調も良くなるし、動けるようにはなる。

 各自が自由に荷物を下ろし、それから大吾が教室にあった机と椅子で、簡単なバリケードのようなものを作っていく。

 何のためかはすぐに分かった。馬鹿が何をするかは、分からない。その対策のためだろう。

 さすがに、向こうも大吾がいるからそうそう手を出してこないとは思うが、何があるかわからない。特にルルアを見ていた目は、獣のそれだった。

 女にでも飢えているのだろうが、そんなに盛っているなら、仲間同士でやってくれ、というのが素直な気持ちだ。


 「それで、これからどうする?」

 「どうするって、言われてもな」

 「俊彦さんの言うとおり、ここで待機しておくべきでしょう」

 

 大吾が持ちだした話に、ルルアが答えを返す。

 その通りだろう、というのが聡もたどり着いた答えだった。解決に動いている人物がいるのであれば、こちらはそれを信じて待つ。

 最もそれが安全で、妥当な解決方法だと踏んでいた。下手にこちらから動けば、どうなるか分からない。

 今の状況で、余計なことはしない。それが一番だろう。

 

 「……ただ、その、一つだけ気になることがあります」


 ルルアの一言に、全員の視線がそちらへと移る。


 「何がです?」

 「その、あくまでも可能性、なのですが」



 

――ここにも、強力な何かがいるのかもしれません。 



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