番外
「ええ、しっかりと話は聞いてました。宴会をするというのも、準備してくれとも言われてました」
文句を言いながらも、テキパキと作業を進める少女が、正座をしている3人の人物を――性格にいえば全員が人ではないのだが――見下ろした。
少女からしてみれば、今正座させている人物の全てが自分よりもはるかに上の実力者であり、自らの主たる虚に近い者達である。
「だがな、ゆきめよ。盛大にやれといったのは虚様からで――」
「限度があります!! 牛頭様の仲間はただでさえ食べるじゃないですか!? 私達を過労死させるおつもりですか!?」
自らの名を呼んだ牛の頭をした妖怪、牛頭に対して容赦なく少女――ゆきめは突っ込んだ。
牛頭は確かに優秀な男である。下手な祓し屋では相手にならず、極めて優秀なもののふであるとも、言われている。
だが、如何せん天然すぎる。虚様は確かに、賑やかにやれといったが、元部下たちなどを出来る限り集めろなとは一言も言っていない。
「おい、小娘。貴様ごときが牛頭様を――」
「貴方達も同類です、お分かりですね?」
「はい」
立ち上がろうとした牛頭たちの元部下10人程を睨み、黙らせる。食事やら配膳をするのはこちらなのだ。
向こうは戦場で腕を鳴らしてきたのかもしれないが、こちらも料理という戦場を闘いぬいて来たのだ。彼らとは戦の質が違うが、自分も戦ってきたのだ。
というより、本当に戦場のような忙しさであったのだ。あとであそこに座っている10人の部下達にもそれをわかってもらうしかない。働かざる者食うべからずである。
ゆきめ自身、割烹着を身につけ、総勢100名を越すであろう宴会の人数に合わせて料理をしていかなければならないのだ。
もちろん、自分一人が全てを料理するというわけではない。主たる虚の懐刀とも言われる存在である、たまもがいる。
たまもの使役する管狐たちが、駆けまわり、食材の準備や、料理の手伝いをしてくれるからこそ回るのだ。
都市伝説になりかけていた幽霊ノゾミも、出来る限りのことはしてくれるし、ろくろ首のキヨも十分に手伝ってくれている。
では肝心のたまもとはといえば――
「――虚様の衣服の匂いを嗅いで寝転んでいたと」
「はい」
「恥ずかしくないですか?」
「……はい」
とりあえずゆきめは躊躇なくたまもを縛り上げていた。虚の衣服ごとである。ある意味ご褒美かもしれないが、威厳は台無しである。
この国や外国をも震わせた大妖怪が、正座で説教を食らった挙句に主の服をくんくんと嗅いでいた罰で縛られている。
端から見たら、威厳も台無しである。一時は最強の一角とすら呼ばれた大妖怪が、このような姿をしているのだから。
だが、ゆきめは気にしない。当然の罰だからだ。普段のたまもはまさに出来る女である。主たる虚の補佐に回り、丁寧に立ちまわり、仕事や新たな部下への手配などをこなす。まさに懐刀ともいうべき存在である。
今罰するのはただの変態にしか過ぎないからだ。いくら虚が大事であるとはいえ、今回の宴会にはあの八権現たちも何名か参戦するのである。それなのにこの醜態は、本気でまずい。
「お分かりになられたのであればよいのです……で」
そして、死姫である。彼女についてはもう単純である。
「……死姫はどうして、一言主様に対してあんなトラップを」
「だってまさか引っかかるなんて」
「どうして、と聞いているんです」
「はい」
はいではない、言いたいが黙っておく。
本当にイタズラ好きにも困ったものだが、引っかかる一言主も一言主だ。
わざと引っかかったのかそれとも素で引っかかったのかは判明していないが、多分素で罠にかかったのだろう。
頭が天然アフロのようになって放心状態の一言主を見るのは、正直笑うのは失礼だと思いつつもこらえきれなかったし、お陰で死姫を追いかける一言主と、それに巻き込まれてひどい目にあった者達の治療をするのに疲れた上、余計に手間がかかった。
それも宴会での準備を遅らせる要因になったのは確実である。ただでさえ忙しいというのにこのような始末である。本当に面倒なことばかりしてくれる。
「いいですか、牛頭様に、たまも様。それから死姫」
ふっと息を吸い込み、言葉を紡ぐ。
「貴方様達はもう少し考えてください!!」
咆哮である。紛れもなく咆哮である。ゆきめは普段絶対に出さないような大声を上げた。牛頭がよろめき、たまもがひいっと身体を竦ませ、死姫が耳を塞ぐ。
たかだか普通の雪女であるはずの自分が、どうしてこうも大声を張り上げて、自分よりもはるかに上の実力者達を叱らねばならないのか、本当に頭が痛くなってくる。
「大体、私のようなへなちょこはともかく、貴方様達は虚様にとっての切札のようなものなのですから、もう少し威厳というか……」
「それはゆきめもではないか?」
「え?」
唐突に牛頭が真面目な顔をして、答える。ゆきめの視線はそちらへと引き寄せられてしまう。
今から何か謝罪でも言うのだろうか。それとも、準備の手伝いでもしてくれるのだろうか。
「お前も、虚様にとっては大事な切札だろう?」
その一言に、思わず目を見開く。何を言っているのだろうかと。
自分の実力と言うものがどれほど惨めだったというのか、それは知っているつもりだ。あの時の”戦争”でもそうだった。
何一つ出来ずに、死にゆく者たちを眺めていただけのあの戦争である。自分に実力などどこにもない。力があるのであれば、もっと何か出来たはずなのに。
「冗談ですか」
「冗談ではない」
牛頭が、武人としての眼を向けている。遠い時代、もののふとされる誇り高い者達と戦った話をする時の顔だ。
「お前がいるからこそ、我々は馳せ参じたと言ってもいい」
「ご冗談なら――」
「冗談ではない」
そう言葉を吐き出し、息を思い切り出しきってから、牛頭は言葉を続ける。
「お前のおかげで、この場にいる全員が上手くやれていてまとまっているのだ。それを自覚せよ」
「いきなりそう言われても」
いきなりではない、とたまもがさらに続く。
「貴方がいて、こうして皆の為に宴会を準備してくれて、どんな妖怪でも人間でも偏見の眼で見ることなく受け入れる。それは貴方の強さよ」
「それは」
「皆出来る事ではないわ。人間であれ私達であれ、過去には不倶戴天の敵ですらあったのだから」
確かに、それはそうかもしれない。自分も、主のところに行くまでは人など信じられなかった。恨みからではない。恐怖からである。
ゆきめは昔から人が悪であるなどとは考えていなかった。人と妖怪、互いに相食らいつつも尊ぶ姿勢があり、選ばれた人間と雪女たちが結婚することなどもよくあったからだ。
それが出来なくなったのはあの”鬼神”のせいだが――
「こういうのもあれだけど、私達がこうして共にいるのも、珍しいことよ。普段であれば、貴様らとはまず合わない」
牛頭たちの方を見ながら、たまもが吐き捨てる。
「我らとて同意よ。貴様らと共になど、反吐が出る」
互いに睨みあい、そっぽを向く二人。そんな二人を見つつも、思わず苦笑してしまう。
わざとやっているのだろう。二人自体の仲は悪くはないのだ。ただ、部下同士の仲が良くないのだ。
代表者二人が、相争う形を取り鬱憤を自分のところで止めている。部下の愚痴は聞いてやるが、それは自分が最後、ということなのだろう。
おかげで、人であれ妖怪であれ、実にいい形で作用しているのは間違いない。不満が自分よりも上の者に言えるというのは良いことだ。
そして、尊敬している二人に褒められるのは嫌いではない。嫌いではないのだが――
「――説教は続けますよ? あ、逃げようとしても無駄です。一言主様に本気の呪言して頂いてますから。死姫もドサクサに紛れて逃げられませんよ」
「凄いのお……牛頭にたまもがずっと正座したままやで。で、死姫が逃げようとして……無理よなあ。完全に意識逸らしてる所で成立させちまったからな」
自身の言霊を利用した力で縛りつつ、一言主は説教の現場を見る。
結局、死姫にやられたイタズラのせいでアフロと化した頭は、気づかぬ間に、整えられている。
宴会前にゆきめが大暴れするのは、もはやの恒例のお祭りと言ってもいい。
「ま、それを許せちゃうのがゆきめの良いところよねえ」
自分の隣に座り、黙って大騒ぎの様子を楽しんでいる虚に視線を移す。
「知っててやらせてるんやろ? ゆきめは虚にとってもなあ」
「ええ、その通り。私にとっても、とっても大事な子よぉ」
珍しく、なんの含みも持たない笑顔。釣られるように、一言主も笑った。




