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妖霊夜行  作者: 二鈴
第二章 ずねりさま
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頭音離様の1


 「――堕神って、なんですか?」


 唐突な質問だったとは思う。正道亭の一室での授業を受けている時だった。

妖怪の話や、都市伝説の話。そして悪霊などの霊魂などに対しての対策の話をしようとしていた中、ふと気になってしまったのだ。


 「堕神、ねぇ」


 隆高が、頭をぽりぽりと掻きながら、黒芽へと視線を逸らす。

黒芽が、そんな隆高の視線に答えるように苦笑してから、トシの方へと顔を向ける。


 「堕神おちがみというものは、そのままの言葉通りです。神が何らかの形で穢れ、化物や妖怪へと成り果てた存在です」

 「神様が、ですか」

 「西洋の天使共もそうですが、東洋の神とて、いつ堕ちるかは分かりません。それこそ、最高神ですら、です」


 最高神ですら、という部分にどこか憂いを秘めた感情を感じたが、深くは聞かない。

人と深く関わるのが怖い、というわけではないが、自分にとっては余計な事は聞くべきではない、というのが習慣化していた。

 親しくしている友人達ですら、そうなのだ。嫌いだからとか、そういうわけではない。どこか、自分で境目を作ってしまうのだ。

もはや生まれつきの習性であると言ってもいい。誰かに分かってもらおうとは思わない。ただ、自分が望んだ事だからだ。


 「結局、神と言えども人に近い存在であり、誘惑や堕落には勝てないモノもいます。そして、元々堕神として生まれ落ちた存在もいます」

 「元々、ですか?」

 「ええ、神にも"そのように生まれる役目"を負って生まれてきた、と言われる存在ですね」


 それでは、まるで神以上の何かがいるような口振りだな、とは思ったが、話すべき時がきたら、向こうから話してくれるだろう。


 「では、その堕神というのはどんな神様なのですか」

 「そうですね。一言で表せば――」


 ――悪意と穢れ。そのものでしょうか。






 

 「本当、なんですか」

 「本当じゃよ? わらわが嘘をついても、意味がないからのう」


 からからと鈴を鳴らすように爽やかに笑いながらも、眼は全くと言っていい程に据わっている少女を見て、事実であると改めて脳が認識する。

最悪だ、と身体が反射的に舌打ちをする。襲う時期にも寄るが、場合によっては即座に戻って、慶介達を帰さねばならない。その為ならば、ゆきめや田畠も協力してくれるだろう。

 まったく無関係の友や、知り合いが巻き込まれるのだけは回避しなければならない。


 「焦っておるのう。しかし、不思議とお主自身はどうでもよさそうであるな。自分の事はどうにか出来るというような顔をしておる」

 「そうでしょうか。いえ、もうそこは良いんです。取引しましょう」


 ほう、と少女が感嘆するように息を漏らした。ようやく意識が、はっきりとこの場へと戻ってくる。熱い日差しが、嫌でも、今の状況を実感させる。


 「僕は、すぐにでもその情報を知り合いに届けねばなりませんから」

 「仕事熱心だのう。見た所、"祓し屋"になってからは日が浅いように見えるが」

 「特別な事情、というものがありまして」


 そう、自分にはもしかしたら解決する異能があるのかもしれない。"八岐大蛇"がいるこの身ならば、どうにかなるのかもしれない。

隆高は言っていた。浄眼の力で、奴が抑えられているのであれば、いずれは制御できるかもしれない。


――いいや。


 駄目だと、すぐに心の中で結論を出す。博打すぎる。自分で扱える自信がないのは勿論の事、八岐大蛇が実際どれだけの存在かも分からないのだ。

そんなところで自分の判断だけで、身体の中にいる化物を解放すればどうなるかなど分かったものではない。代償が己の命だけで済むなら安いものだ。

 自らの犠牲で物事の全てが解決されるのであれば、使ってもいいかもしれない。

しかし、今回は、その確証がない。方法が分からないという致命的な欠点があるのもそうだが、暴走してしまったら止められる保証がない。

 結果としては、どうしようもなくなるという結論にしか辿り着かなくなる。

田畠やゆきめが、堕神に対抗できるような力を持っているとはどうしても思えないのだ。八権現と称される人間達であればどうにかなるのであろうが、その人物は今ここにはいない。

 

 「ですので、お願いします。情報を教えてください」

 「ふむ。良かろう。ではその前に一つ答えてくれぬか? 何、先程も申した通りの、簡単な質問じゃ」

 

 女が、ふぅっと息を吐く。それから、こちらの一挙一動をも見逃すまいというような目つきで、眺める。


 「"降魔"は、生きておるのか」

 「……はい?」

 「降魔は生きておるのか、と聞いておる」


 降魔とは、誰だ。一瞬思考が停止してから、即座に脳を全力で稼働させる。八権現の一人だったはずだ。


 「はい。降魔という名前の――」

 「――生きておるのだな」


 二度、確認されてしまえばもう何も言えない。彼女にとっては降魔が生存している。それが大事なのだろう


 「生きています。最初に入った時に、説明されましたから」

 「ふむ、それは重畳。 ……良かったな、景輝。お主を捨てるのは、まだまだ先のようぞ」

 「捨てられたら、困るのは貴様だろうに。俺は人斬りへと戻るだけだ」


 人斬り。言葉を理解した瞬間に浄眼が痛み、身体が反応していた。ポケットの中に突っ込んでおいた"自らの武器"を取り出そうとして、息を飲む。

景輝と呼ばれた男が、もう目の前にいた。尋常ではない速さである。少女の後ろにいて、俊彦の目の前に踏み込んできていた。既に抜刀している。


 「止めぬか、景輝」 

 

 少女の声が響き、景輝が刀を止めた。風が、さぁっと吹く。首の皮から、微かに血が流れる。怖い。が、動揺はしていない。呼吸も乱れていない。

落ち着いて、前を、刃を、景輝の顔を見る。顔のいたる所に小さな傷があり、眼も口も、呼吸も乱れていない。ただペンを取るような、そんな気軽な行動と同じように、首を落とそうとしたらしい。

 景輝が、刀を鞘へと戻す。先程、自分の首を斬り落とそうとしたとは思えぬほどに、落ち着いていた。人斬り、というのは本当の話だろう。


 「つい、試したくなってな。予想以上に速い」

 「馬鹿者。止めねば斬るつもりだったであろう」

 「止めると分かっていたからやったのだ」


 どうも、この二人は主従と言うよりも、相棒と言った方がしっくり来る。長年連れ添った夫婦と言われても、違和感がない。

息がどうにも合い過ぎているし、互いの中身を一瞬で理解しあっているようにしか感じられない。

 

 「ところで、情報の方を」

 「……わらわも言えたものではないが、おぬしも相当肝が太いな」

 「性分ですので」


 性分で済むものではないわ、と少女に舌打ちされつつも、肝心の事を聞くべく、口を開く。


 「で、襲う堕神というのは――」

 「――頭音離ずねり様と呼ばれておった、ここの神よ。ここの馬鹿な神主によって、堕ちてしまわれたがな」

 

 目をそらし、どこか辛そうに語る声は、まるで彼女の過去にでもその出来事が――いや、あったのだろう。

あの少女が、自分よりも若いという事はあり得ない。そして、浄眼がさっきから目の痛みと共に告げてくれる。彼女はもう人ではないと。

 人ではない彼女が、なぜ唐突に自分にそんな情報を与えてくれたのか、理解など出来るはずもない。

 

 「正直に言うと、わらわもそんなに頭音離様の事を知っているわけではない。ただ、その神主が言うには」


 一度、溜息を吐き、少女は言葉を続ける。 


 「"頭の中から神の御言葉が響き、救われる"そうだがの」

 「救われる、ですか」

 

 救われる。そんな神が救うなどと、その言葉を拾うと同時に、大地が鳴り響き出した。同時に脳内へと流れ出す、忌まわしい声。


 「馬鹿な、まだ三日は平気だった筈――いかん、急げ、小僧!!」


 何に急げと言われたのかは、既に理解していた。全てが唐突過ぎていたが、眼の激痛が、答えを教えてくれている。

 空を見てみれば、恐ろしい程に、その空は紅に染まっていた。


 


 






 「――どういう事かしらぁ。説明をお願いしたいのだけれども」

 「いえ、それは、その」

 「もう一柱、堕神が出たの分かったわ。それに私が当たれというのも良いわぁ」


 場が静まっていた。誰しもが、言葉を紡ぐことを拒否していた。

突然、虚のいる部屋に呼び出された鍋金としても、出来る事であれば、このような場になど居たくなかった。ただ、身体が最早、動かないのだ。

 一歩でも動けば、一瞬で自分が此の世から消える。自分のいる場所以外の全てが、堕ちたら戻ってこれない深い穴にしか見えなくなっている。


 「では何故、あちらの方に"あの男"が出るという事になっているのか。それを聞きたいのよぉ、私はぁ。不動の考えではないはずよねぇ?」


 首が締め付けられる。息が出来ない。身体が液体と言う液体が出そうになるのを何とか堪えていた。

八権現を、舐めていた。元々人外であるというのは、分かりきっている。神に近い存在だとも、分かっていた。

 だが――


 「これも全て、"降魔"の仕組んだ事でしょう? 今吐けば、貴方の肉体の保障はしてあげる。精神がどうなるかは知らないけどぉ」


 

後々改稿します。ここまで読んでいただきありがとうございました

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