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妖霊夜行  作者: 二鈴
第二章 ずねりさま
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頭ねり様の五

 暗闇だった。外から聞こえるのは、男達の怒号の声と悲鳴。外の軍がついに、鎮圧へと動いたのだろう

身体は、全身が痛むが、動く。特に手荒く扱われた下半身や顔の痛みは酷いが、動けるという事は、自分は生きているという事だ。

 行為の最中の事は、思い出したくもない。ただ、己の心をひたすらに殺す事で、乗り越えた。この忌まわしい殺戮の現場を届けなければ、誰が届けるというのか。

幸いにして、カメラは壊されていなかった。"お楽しみ"を、わざわざこのカメラで撮影していたのだろう。反吐が出そうになるが、それは幸運として受け取っておくべきだった。

これさえあれば、証明できる。上へと流す事も出来るし、それこそ、この現場の様子を手が出るほどに欲しがっている別の国へと流してもいい。

 虐殺と非道な行為の現場。周りに倒れている女達。身体の損傷が激しい男達の死体。これら全てが、証拠となる。

自分の身が穢されたのも、この為だと思えば耐え忍ぶ事が出来る。彼女達の犠牲も、無駄にはならない。

 

 衣服は幸いにして、破かれてなどいなかった。むしろ脱がして楽しもうという魂胆だったのだろうし、それは実行されてしまったが、もういいのだ。

これで、全てが終わる。自分の苦しみは無駄などではなかった。そう思えるのだ。それだけで十分だ。

 決意を胸に、閉じ込められていた部屋から、外へと出る。明るい光が目に入る――はずだった。


――なんですか、これは。


 言葉は、出なかった。辺りには黒い霧と、それに襲われる兵士達の姿だった。

発狂でもしたかのように喚きながら、銃を乱射する兵士。それを嘲笑うかのように、霧は銃弾を気にせず進み続けて、兵士へと到達する。

 恐怖に歪み、鼻や口から液体を垂れ流し、神に許しを乞う兵士の声がここまで聞こえた後、ぐちゃりという、嫌な音が響いた後に、兵士が爆ぜた。文字通り、爆ぜた。

次々と霧に巻かれて、爆ぜていく兵士達を見て、すぐに方向転換する。あの人達に知らせなければならない。

 部屋に戻って、伝えなければ――








 「ルルアさん、平気ですか?」

 「あ……すいません。大丈夫ですよ」


 少しばかりぼうっとしていたルルアに声をかける。何か考え事でもしていたのだろうか。


 「他に見てみたい所とか、ありましたか?」

 「ああ、違います違います。ちょっと景色に見惚れていた所だったので」


 ばつの悪そうな顔を向けて、ルルアが否定する。随分と遠い目をしていたので気になったが、どうやら大丈夫そうではある。

観光地をせっかく巡るのだから、どうせなら楽しく行きたかったが、そんな風には決していかないのが自分の人生らしい。

元々波乱万丈な話を聞いて、さらに今回の事態である。もうまともには暮らせないと思っていたが、ここまで上手くいかないとなると、さすがに落ち込みたくもなる。

 これからは友人達とも、遊びになどいけなくなるだろう。自分の仕事が、ゆきめ達に任されたようなただの偵察のようなものから、実際に妖怪達を殺害するようなものや、霊体と対峙するようなものへと変化すれば、余計にだ。

自分と関わっていけば、いずれは危険な事件に巻き込まれていく可能性も増えていくという事実を、頭に叩き込んでおかなければならない。

 

 「しっかし、本当に自然は綺麗なんだな。ここは」

 「オカルトスポットとしても有名だなんて、思えないよね」

 

 慶介と啓太が、目の前に広がる滝に圧倒されつつ、言葉を出す。トシ自身も、同意せざるを得ない。

黒水郷は、ゆきめからの話を聞いてしまっているせいか、妖しい土地だと思ってしまっていたが、見ている限りでは、そんな気配は微塵もない。

 崖の上から見てみれば、極めて平穏な集落と田園の風景が広がっているだけだ。本当に聞いていた暴行事件などが起きていたのかと疑う程だ。


――風景だけならば、だが。


 本当に穏やかな風景だというのに、そこに住まう人々がこちらを見る目は、所々おかしい。

明らかに敵意を抱いている、とまではいかないが、どう見たって歓迎されているようには感じられない。

 慶介がわざわざ村の大事な祭り――儀式の時に来たから、神経質になっているのかもしれないが、いくら何でも違和感がある。

ゆきめも村人の敵意については、気になると言っていた。宿を出る前に一応聞いていたが、ゆきめにも原因は分からないらしい。

 分からないだけなら、ただ単に、ここに住む人々は余所者が嫌いなだけ、というありふれた理由で済みそうなのだが、そうも片付けられない違和感がある。

"厳密"に言えば、彼らは余所者が嫌いではないのではないか、という違和感があるのだ。


 じろじろと余所者を見るような目で見つつも、いざ話しかけてみれば、急に感情が変化したかのようにニコニコと応対をしてくれるのだ。

 そして、離れればまた余所者を見るかのような眼差しを向けてくる。

ただ、観光地として食うために、余所者であろうとも、道などを聞かれた時は愛想よくしているのかと思っていたが、そうではない。

 何かが、違うのだ。浄眼を通してはっきりと見たわけではない。浄眼自体は反応していない。


――でも、何か違う。


 気味の悪い、違和感だけが、残り続けていた。慶介や聡、大悟は、特に何も感じていないのか平気そうな顔をしていた。

ルルアと啓太は、自分と同じように何かを感じていたのか、どことなく落ち着かなそうな表情だった。

 人によって感じるのが違うのだろうか。ただの気のせいだという考えも否定できない。


 「……どうしたよ、トシも啓太も難しそうな顔して」

 「んあ、いいや、なんでもない」


 聡が心配そうにこちらを見るが、誤魔化す。別に、危険はないはずなのだ。


 「で、次は」

 「ああ、このまま真っ直ぐ滝の所から降りていって、寺の所だっけ」

 「そうそう、寛然寺っていう所さ。ここがまた出るらしくてなぁ」


 慶介がにやりと、口角を吊り上げて、言葉を出す。


 「……お前、本当にオカルト好きなのな。懲りてないのか?」

 「懲りてないって何がだ」

 「いや、なんでもない」


 聡が、懲りてないのかと問えば、慶介は首を傾げて答える。慶介が懲りてなくていろいろ厄介事に突っ込んだ事などいくらでもあるのに、聡が改めて注意するなど珍しい。


 「まぁ良いじゃないか。次、さっさと寺行こうぜ、寺」

 「こんな、昼間からか」

 「まぁ下見でもいいからさ」


 わくわくがとまらないとでも言うように、慶介が走り

 「まるで小学生だな。……ルルアさんは、どうします?」

 「私も、ついていきますよ。変わった御寺は気になりますから」


 くすりと、ルルアが笑い、それに釣られたように大悟が笑った。あの二人は、落ち着いていて良い感じだ。

啓太はどうしているのかと顔をそちらへと向けてみれば、やはり嫌なのか、少々そわそわとしている。トシは、別に今は何も感じていない。浄眼も反応していないからだ。

 浄眼が反応しているようならば、警戒しなければならないが、現状眼が痛むということもない。 

 安心して、寺の方へと向かえば良い。

観光地で違和感を覚えた場所は、いまだに無かった。この様子ならば、大丈夫なのではないか。

 ゆきめに伝える必要もないのではないか。そう思っていたのだが――


――そういうわけにも、いかないよね。


 淡い希望程、あっさりと覆されるというのはここ数か月で身に染みていたはずなのに、期待してしまう。

 それが叶わぬと知りつつも、望んでしまうのだ。




 あ、これはやばいな、と察したのは、しばらく歩いて、寺の境内へと到着してからだ。

浄眼が、これでもかと言う程に反応していた。それでも落ち着いていられるのは、即座に危害を与えるような感覚が無かったからだ。

 浄眼が反応するときは、両目が痛むが、気にするようなものでもない。少し経てばすぐに止む。


 「なんか、どう見てもただの寺にしか見えねェな……整えられてるし、廃寺ってわけでもないし」

 「外れだろ。……俺としちゃあ、こっちのが安心できるけど」

 「安心ってなんだよ聡。俺としちゃあがっかりなんだけどさ」


 いまだに悩んでいるフシがある聡を尻目に、慶介は寺の中をうろちょろとし始める。

一応は観光する場所でもあるらしく、境内も清らかな気配を漂わせているが、浄眼が反応しているのは、止まらない。


――どうするべきか。


 正直、ここはトシ一人で行動したくなってきた。暴行事件の事も気になるが、ここの場所も気になるのだ。

離れすぎてはいけない。しかし、現状は危険な匂いもない。誰かが一人で離脱する気配もない。

 連れ合わせているルルアには悪いが、大悟たちと共にいてくれればいいから、そこは心配ないだろう。

 そうと決まれば、話は早かった。


 「悪い慶介、俺少しトイレ借りてくるわ。これ持っててくれ」

 「ん、おう。いってこい」

 

 荷物を慶介に手渡し、そのまま走りだす。何かあったら、荷物の中には隆高お手製の『符』がある。

 あれが、自動的に作動するだろうという保険を慶介達に掛けておく。

 ただの霊や暴徒程度ならば、あれでどうにかなるだろう。それ以上にヤバいものは、少なくとも動く気配はない。


 これで動かれたら、一発でアウトなのだが、その時は、もうその時だと腹を括るしかないだろう。

 それくらいの覚悟は、ある。自分で慶介達を逃がせれば、それでいい。

そこまで腹に据えて、慶介達から見えない所まで歩くと、ゆっくりとその気配を漂わせる所を目指して歩き出す。寺の横を通り過ぎて、墓地の外れまで歩いてゆく。

 違和感が、強まってきた。晴れた日であるのに、どこか息苦しい。墓地を通っているせいか、少し冷えた気分になるが、それが直接的な原因ではないという事を、直感的に理解していた。

足が、引きつけられるかのように前へと出ていく。じゃり、じゃりとした音しか、聞こえなくなってくる。鳥のざわめきも、風の音も、慶介達の話し声も聞こえなくなっていく。

 やがて、ぴたりと、自分の意志ではなく、他人の意志によって止められたかの如く、足が硬直する。


 視線の先には、少女がいた。いや、少女だけではない。よくよく見れば、男が傍に立っている。


 「ほう」


 少女が、こちらを見て感嘆する。

 

 「わらわだけならばともかく、景輝にも気が付くとは、お主なかなか優れておるのう」


 言葉は出ない。目が、浄眼が、鋭い痛みを与えてから、意識がはっきりと覚醒する。


 「怖い顔をするでない。そうも睨まれたら、わらわはともかく、こちらの男がお主を斬り捨ててしまうわ」


 冗談ではない、というのはすぐに伝わる。というより、さっきから首筋に刃を当てられているような心地しかしないのだ。

慶介達に符が入った荷物を預けてここに来たのは正解だったかもしれない。少なくとも、慶介達がいたら姿を現さなかっただろう。

 こいつらは、視えるのが来るのを待っていた。


 「で、わざわざ待っていた理由は何でしょうか」

 「なぁに、お主と情報交換したいのよ」

 「……出来るのは限られてますよ」


 唐突な申し出に困惑する。情報交換と言われても、こちらから差し出せるものは、何もないのだ。

そう思っていると、少女がこちらの思考を見透かしたような事を言った。


 「何、安心せぇ。そんな大したことではない。お主でも知ってるような事を聞くだけじゃ」

 「はぁ、では答えたら何を教えてくれるのでしょうか」


 こちらでも知っているような事を教えるのだ。何を狙っているかは分からないが、大したことでは――


 「――これからこの集落を襲う、堕神についてじゃ」


 全身が、硬直した。 


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