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妖霊夜行  作者: 二鈴
第二章 ずねりさま
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ずねり様の四

「昨日はお楽しみでしたか」

 「本気で殴るぞ、慶介」


 朝食を食べている中、冗談だよ、とにやけた顔でこちらを眺める慶介に対して、真っ直ぐ右ストレートを叩き込みたい気分に駆られたが、なんとか抑える。

結局昨日はあの後は、特に何もなく、慶介達と下らない雑談をしながら明日の予定を立てて、就寝したのだ。

 ゆきめからいきなりされた話は、受けないという選択肢は無いに等しかった。少なくとも、自分の友や何も知らない一般人が巻き込まれるとなれば、受けない理由がない。

それに、戦えとか言われているわけではないのも大きかった。戦闘になるのが前提だとするのであれば、迷った挙句に、断っていただろう。

 自分一人でも戦うという事は怖いのに、周りを巻き込んで戦うという事になれば、その恐怖はどれだけのものになるだろうか。

人の命を預かるなど、自分には到底できない。預かれるのも、賭ける事が出来るのも、自分の命だけだ。


 「でも、結局あのおじさんとは何もなかったの? トシ」

 「何も無かったって言ってるだろ、啓太。何かあったらもう言ってるさ」

 「ならいいんだけどさ」


 啓太が疑惑の目を向けてくる中、誤魔化すようによく焼けている青魚を口に放り込み、咀嚼する。

脂の乗った身が、噛み締めるたびに甘さをもたらしてくれる。単純に美味いと感じられる。

 この料理もどうやら田畠が作っているらしく、朝から忙しそうにしていたのを何回か見ていた。

あの顔だけ見るのであれば、歴戦の兵士か、ヤのつく御職業の方としか思えなかったが、人は見かけによらないとはこの事だろうか。

 料理の思った以上の美味さに舌鼓を打ちつつ、今日の予定を思い出していく。思い出すと言っても、大した事は特にない。

この土地の観光場所を巡り歩き、適当な所で食事を取り、戻ってくる。ただそれだけだ。

 それだけならば、特に危険な目には合わないだろうし、安心して出かけられる。そういう打算を入れてもいたから、請け負ったのだ。


 「……本当に、それだけだったのか」

 「それだけだって大悟。お前ら、珍しくしつこく聞いてくるな」

 「そりゃあそうだろう。いきなり初めて会う民宿のおっさんにお前が部屋に連れ込まれたら、何かあったのかと疑う」

 「にしては、助けに来なかったけど」

 「……それに関しては、すまん。でも、何故かなぁ。その時は心配しなくていいって思っちまったんだ」


 気まずそうに大悟が頭を下げる。普通は連れ込まれた時点で怪しいと思ってくれてもいいだろうに、とは考えてしまうが、なんとなくその原因は察しがついていた。

 憶測になってしまうが、田畠が符術で何かしていたのだろう。自分が隆高や黒芽から習ってきたのは直接霊威を通して攻撃するような符術だったが、精神に対して使用できる符術があってもおかしくはない。それで、トシが連れ去られたのもおかしくはない、と思いこまされたのかもしれない。

そこまで考えて、自分に何か分かるわけでもない、という当たり前の発想に行きつく。

 別に利用されたわけではないのだ。あくまでも自分の意志で請け負うと決めた以上、しっかりとやり遂げるというのが筋というものだろう。


 「ま、別に何もなかったし、ただうるさくしないようにっていう注意だったから良いけどさ」

 「そんな事わざわざ言うかね。泊まってるの俺達とルルアさんだけだぜ?」


 大げさに手で呆れたような仕草をしながら言う慶介に対して、馬鹿、聞こえるぞ、と聡が釘を刺す。


 「本人があまりうるさくされるのが嫌いなんだろうさ。それに俺達ぐらいの騒ぎなら、煩くないって昨日わかっただろ」

 「まーあれで煩くないならいいけどさ」


 昨日の相談ぐらいならば、迷惑はかかってない、と慶介達は思っているらしい。あれはあれで随分と騒がしい相談だったと思うが、田畠から何か言われてるわけではないので、良しとする。


 「それよりも、準備は出来たのか。準備は」

 「勿論さ。朝食を食べたら、ルルアさんを誘って観光地巡り、だろ」

 「そう言っても、ここの観光する場所ってそんなにないはずだけど」


 自分が準備を促すと、慶介が意気揚々と答え、啓太が疑問を挟む。

確かに、黒水郷は観光地としては穴場らしいが、それもゆったりとした自然を楽しめるという意味であって、若者が楽しめるという場所とは少し違っていたはずだ。

 もちろん、たまには都市から離れて、自然の中でのんびりと過ごしたい若者達も集まるというから、別に間違いではない。

ただ、ある旅館には出るとかいう噂やら、祭りの怪しさ、それから災難のせいで、ここに泊まるのは老人か物好きぐらいになりつつある、というのがもっぱらの話だった。

 観光する場所も、いくつかの名所を辿ってしまったら、もう後は終わりである。しかし慶介が連れてきたという事は――


 「――任せろ。オカルトで話題になってた場所があるんだな、これが」

 

 またか、と思う。慶介は、一度トンネルで酷い目にあってるにも関わらず、またオカルト的な場所に行こうというのか。

あの時の記憶は、隆高が何か細工でもしたのかは知らないが、都合の良いように変えられていた。おかげで、皆にトラウマを与えることなく済んだのは幸いだったが、これがあるのが難点だ。

 

 「任せられねぇよ。またオカルトか」

 「おいおい、いつになく言葉遣いが荒いな、トシ」

 「……いつぞや、それで危ない目にあってたの忘れたか?」

 「今度は大丈夫だって、護身用の道具だって揃えてきてるしな」


 そういう問題じゃない、と言おうとしたが、それを言った所でどうしようもないのは分かりきっている。幸いにして、今度の自分は、少しぐらいならば助けられる自信はある。

ゆきめ達も、そうそう危険ではないから、違和感を感じた場所だけ教えて欲しいと言っていたのだろう。

 どうせ黙っていても、慶介だけで行かれるよりは全員で言った方がよほど安全である。


 「……どうせ止めても、行くつもりなんだろ」

 「分かってるじゃねぇか。だったら、ついてきてくれるよな?」

 「はいはい」

 「まー止めたって俺は一人で……って」


 慶介が発言を途中で止める。


 「……マジでついてくるのか?」

 「当たり前だろ。お前はもう止めても無駄だからな」

 「そ、そうか」


 何かおかしな事を言っただろうか。


 「珍しいね。トシが即答するなんて」

 「大体お前か聡が断るのが基本だと思ってたからな。俺もびっくりしてる」

 「僕もだよ」


 周りから奇異の視線で見られるが、気にしていない。あの時とは違って、まだ自分にも対抗策があるというのが、その理由だろうか。

どうせだったら、思い切りやってみるべきだ。そっちの方が都合がいい。自分には浄眼もある。本当にやばい所だったら、さっさと逃げればいい。

 それが出来るからこその余裕だった。出来なかったら、今のように悠々となどしていられない。むしろ全力で止めていた所だ。

ゆきめ達がいるというのもあるが、自分自身が何もできなければ、意味は無いのだ。最悪の場合は、田畠とゆきめに頼るという手段がある、とだけ考えておけばいい。

 あの二人ならば、助けに来てはくれるだろう。見捨てるという冷酷な判断は、多分出来ない。田畠だけならばともかく、ゆきめがそれを肯んずるとは思えない。

それが出来るような人間――いや、妖怪にはとてもではないが、見えないのだ。

 あの虚の傍にいたもう一人の妖怪――死姫ならばともかく、ゆきめはそうしない。ほぼ断定に近い考えだが、間違っているとは思わなかった。

むしろ、自分達を見捨てる行動を即座に取れるような妖怪であるのならば、今回の話とて、手伝いをお願いするという形ではなく、強制的にやらせていたに違いない。

 それを可能とするだけの力を、ゆきめは持っている。持っているのに、わざわざお願いという形を取ったのだ。自分もそれを知ったうえで引き受けたのである。


 「……それならそれでいいんだけどよ」

 「だろ?」

 「聡とトシが反対しないなら、まぁ大丈夫だろ」 

 

 本気でまずいようならば、すぐそこから逃げればいいのだ。


 「じゃあ、ルートは俺が考えた通りでいいんだな」

 「それでいいさ」

 「なんか、本当に調子狂うなぁ、絶対に反対されると思ってただけに」


 慶介が、首を振りつつも、書いてきたらしいメモ帳を見ながら読み上げていく。


 「俺達はルルアさんと一緒に最初はずねり滝の方へと見に行く。んで次は、オカルトスポットの廃神社にいって、普通の黒水神社へと寄り道してく。

  それからは適当に巡っていくって言う感じだな。時折爺さんやら婆さんから、面白そうな場所について訊けたらいいんだが」

 

 続きを言おうとして、慶介が溜息を吐いた。理由は理解できている。


 「今の様子だと、とてもじゃないが聞けそうにないんだよなぁ。ここの民宿のおっさんも、余所者扱いされちまって知らないって言ったしな」

 「諦めた方がいいんじゃないか」

 

 大悟がすかさず、突っ込みを入れるが、慶介は首を大きく横に振り、否定する。


 「そこで諦めてたら何の意味もないだろうが。せっかくの旅行なんだし、チャレンジ精神でいこうぜ」

 「別にいきたくねぇよ」


 今まで言葉を挟まなかった聡が、ようやくと言わんばかりに大悟に続いて突っ込みをいれるが、慶介は折れない。

 

 「それに、そうしてたら、もしかしたらここの美人のお姉さんと知り合えるかもしれねェし」

 「美人のお姉さんなんて、見た所ルルアさんぐらいしか見てないけど」


 啓太がこの機を逃さないとばかりに、とどめの一撃を入れていく。


 「……お前らさ、俺の事嫌いか?」

 「嫌いじゃないが、面倒だなと思う時はあるな」

 「同感」

 「たまに何考えてるのか分からなくなるよね、慶介は」

 

 自分を除く、全員からじとっとした視線を浴びせられる慶介を横目に見つつ、言われた場所を確認していく。

嫌な感じはしない。ひとまず言われた場所を巡っていくだけならば、大丈夫だろう。


 「まぁ、何はともあれ、行ってみなきゃ始まらないさ」


 そう言葉に出すと、全員から何を言ってるんだお前は、という目で見られた。

大悟達にそう見られるのは、ともかく、慶介にまでそう見られるのは、酷く筋違いな気がする。

 もちろんそれは、言葉には出さず、黙って自分は、食事を終える事にした。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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