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妖霊夜行  作者: 二鈴
第二章 ずねりさま
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ずねりさまの二

思った以上に仲良く話せている女性と慶介を横目に見ながら、俊彦自身は景色を楽しんでいた。

 自分達が旅行先として選んだ場所である黒水郷は、観光地としては穴場という話だった。

都市などからは遠く離れた集落であり、手つかずの自然をそのまま楽しめるという、ここだけ聞いているだけなら、どこにでもありそうな観光地である。

 ただし、穴場とされているのにはまた別の理由があるのだ。というのも、オカルト大好きな慶介が引っ掛かったように、この黒水郷にある旅館は「出る」という話が多くある。

さらに写真撮影が禁止されている祭りも、たびたび何らかの異常な現象が起こると噂されているのだ。

 ただの噂で済むのなら、まったくもって問題ないのだが、実際に行った人物や、罰当たりな事をしたものが、次々と災難に巻き込まれるようになってからは、本当に人が寄っていくのが減っていったらしい。

おかげで、自然も維持されているというべきなのだろうが、郷の人からしてみれば嬉しいのか悲しいのか分からないと言った所だろう。

 現に、夏休みに入っていて、絶好の観光シーズンだというのに、観光客は自分達と慶介と話している外国の女性しかいない。

あとは地元の老人のようにしか見えないのだ。おかげ様で、いわゆる貸切状態に近い様子だが、そんな様子ではしゃいでいるのは慶介ただ一人である。


 聡は自分の隣でだらだらとしているし、啓太と大悟は強行軍の疲れのせいか、すっかり眠ってしまっている。

朝早くからの出発で、今はもうすっかり夕暮れ時というのもあるが、散々鍛えられた自分とて少し眠いぐらいなのだ。

 その中でもはしゃいでいる慶介は底なしの体力とでも言うべきだろうか。単に美女と話しているから元気なのかは分からないが、どっちでも大したものだとは思う。


 「ああ、そうだ。いまだに名前も言ってませんでしたね、俺須藤慶介って言います」


 べらべらと喋り続けている中、やっと慶介が今更名前を名乗っていない事に気づいたのか、話をそちらへと向けるのが聞こえてくる。

勢いで話にいって、よくもまぁあれだけ場を持たせられたものだとは思うが、そこが慶介の良い所でもあり、悪いとこでもあるのだから仕方ない。

 正直、これでは女性の方に怒られても文句は言えないだろうと思ったが、トシの予想に反して、女性は苦笑したままだった。


 「丁寧にどうもありがとうございます。私の方はルルア・シーベントと言います。それでは、短い間ですが、よろしくお願いしますね」


 言葉を聞き流そうとした所で、思わずピクリとしてしまう。 

 唐突に聞こえてきた、短い間と言う言葉。それはどういう事だ。

慌てて慶介の方へと顔を向けると、上機嫌な表情を浮かべていたが、すぐに問い詰める。


 「おい、慶介。短い間ってどういうことだよ」

 「んー、いやさ。ルルアさんと俺達との観光ルートが大体一緒でさ。だったらみんなで回った方が良いんじゃないかって俺が誘ったんだよ

  そしたらオーケーくれてさ。ここで引いたら男じゃないだろって事でついつい」

 

 へらへらと笑いながら答える慶介に対して、この馬鹿、という意味をしっかりと込めた視線を浴びせる。

 聡もしっかりと先程の話を聞いていたのか、続けてこの阿呆が、と言いたげな目で慶介を見つめる。

そうやって二人合わせて冷たい視線を慶介に対して浴びせ続けると、慶介が拗ねたように後ろを向く。


 「なんだよ……俺がせっかく美人さんと一緒に観光できるという夢のようなロマンを成功させたのに……」


 言っている意味が分からないジョークを聞き流しつつ、ルルアと名乗った女性の方へと顔を向ける。


 「すいません、連れが迷惑をかけました。俺は滋岳俊彦といいます」

 「いえいえ、迷惑などとはとんでもありません。むしろ感謝していますよ」


 穏やかな笑みを向けられると、微かに、くるものがある。

慶介の言ったことも確かに間違ってはいないのかもしれないが、それでも、聞かねばならない事はある。


 「いやいや、なんかその場の勢いで決めているように見えますけど、大丈夫ですか、ルルアさん」

 「大丈夫とは?」

 

 何気ない言葉の割には、ルルアが何かを測るような目でこちらを見つめてくる。


 「初めて顔を合わせて、いきなりナンパにも近い行為で話しかけてきた男のグループに、女性一人で入っていくのって相当危険だと思うんですが、いろんな面で」


 正直、見ているものが見ていれば、止められてもおかしくはない状況ではあったのだ。

寝ているとはいえ恐ろしい程屈強な男――大悟はそう言うと怒るだろうが、見た目は事実だし仕方ない――を控えさせた軽い口調の男。

 それに良くわからない三人組と来れば、警戒されてしかるべきである。

 下手をすれば、囲まれてどんなことをされるのか分からないのだ。そう言う事を含めての、忠告を入れての言葉だったのだが、それを聞いたルルアはくすりと笑うだけで済ませた。


 「大丈夫です。私は人を見る方法を嫌と言うほど学ばされましたから」


 笑顔でそういう言葉を言うのとは裏腹に、瞳が全く笑っていない。

踏み込むべき迷うが、止めておく。相手としても、これが一番話したくない内容に感じられるからだ。

 出会ったばかりなのに、あれこれと詮索するように声をかけるのは失礼極まりない。


 「そうですか。それなら、まぁ」

 「バリバリオッケーです!」


 馬鹿騒ぎしている馬鹿は放っておいて、ルルアの方へと視線を戻す。

  

 「俺達が信用できないというか、怪しいなぁとか思ったら、その時点で離脱してもらっても構いません。それまで、ご一緒させてください」 

 「喜んで」


 先程までの冷え切った表情はどこへやらと言う風に、ルルアがまた穏やかに微笑む。 

正直に言えば、どうして自分達と観光しようなどと決めたのかさっぱり分からないままではあるが、断れる話でもない。

 というより、慶介の方から誘っているのだ。それでいきなりこちらから断れば最低なのは自分達の方である。

こうなれば、いろいろと面倒を掛けてしまうかもしれないが、付き合ってもらうのが一番の解決策だろう。


 そこまで考えていると、バスから聞きなれた機械音声が響く。


 「次は黒水郷、黒水郷でございます」


 目的地である名称が呼ばれれば、慶介がすぐにはりきってボタンを押す。ピンポンと音が鳴れば、バスが止まる。

老人たちもやはり黒水郷の住人だったのか、続々と降り始めていく。

 大悟と啓太を起こして、自分達もそれに続いていく。

啓太が、あと一時間くらいとか抜かしていたが、頭を軽く叩いて目を覚まさせる。そんな暇はないのだ。

 慌てて先に降りて行った老人たちに続くように、自分達も、運賃を払い、飛び出す。

 それから、しばし歩く事30分ほどだろうか。

ようやく見えてきた黒水郷は、トシ達を、圧倒的な自然で出迎えてくれた。


 「すげぇな」

 「本当にね。これは、凄いよ」


 最初から元気だった慶介と、起きたばかりというべき啓太が、二人揃って感嘆の声を上げる。

夕方に到着してさらに歩いて30分以上もかかったせいか、さすがに夏頃とはいえ、もう既に辺りは暗い。

 だというのに、幻想的な小さい光が、辺り一面を飛び交うせいで、心細いという気分にはならない。

幻想的な光が飛び交いながらも、古くからあるであろう集落の明かりがぽつんと見えてくる。


 ここが自分達の住んでいる世界とは違うのではないかという気分にすら囚われてくる。それだけ、雰囲気が違うのだ。

科学や機械の存在というものを、忘れてしまいそうになるほどの、現世とは乖離した光景を見ているのではないだろうか。

 大悟も、聡すらもが、その光景に魅入っていた。


 美しい、の一言では言い表せない景色である。

 これだけでも遠路はるばる首都の付近から来た甲斐はあると言ってもいい。それだけは、はっきりと断言の出来る程の素晴らしさだった。

一つだけ気になるのは、これほどの場所を見ても、感動している様子があまり見られないルルアだ。

 カメラを持ってきている辺り、何かを撮影するために来ているのだろうが、風景をそれほど撮影していない。 


 あくまでも片手間という感じに撮影しているようにしか見えないのだ。

何かそれ以外に撮影するものはあっただろうかと思ったが、特に思い当たるモノは無い。

 じろじろと見ていて、何か言われるのも気まずいと思ったので、そこでルルアからは目を離した。


 それから、もう一つ気になる事があった。

どこか、人々が余所余所しいのである。もちろん、旅行客が珍しいというのもあるかもしれないが、ここは穴場としてだが、一応は観光地である。

 他所からきた人間など、それほど珍しいわけがない。なのに、こちらを警戒するように、さっさと歩いて行ってしまう。

声を掛けようにも、迂闊に掛けれない。外から来た人間たちを拒むかのようにすぐに去ってしまう。


 慶介の方にちらりと目を向けて、どういう事だと訴える。

慶介自身が、それは承知の上だったのか、にやにやとしたままだ。聡も大悟も、どことなく居心地が悪いのか、むずむずとした様子だった。

 啓太とルルアは、我関せずという風に、別に気にしていないという顔を崩していない。

トシは、やはり大悟や聡と同じように、気になる方だった。自分達が何かをやらかしたのなら、まだ話は分かるが、ここへと来たばかりである。それなのに、こうも邪険に扱われてはたまったものではない。

 

 集落だからこうなのか、というわけでもないだろう。大体、今の時代で差別だのなんだのと言うのは、まだ存在するかもしれないが、こうも露骨にはやらないだろう。

 どう考えても、何か事情があるとしか思えない。そんな時期に来た気がする。

 ついてない。そう吐き出したくなる気分を抑えて、足を止めることなく進み続けて、ようやく本日泊まる予定の民宿に到着する事が出来た。


 「いらっしゃい。予約で入れていた須藤様一行だね、それとそっちはルルアさんだっけか」


 対応してくれたのは、初老の男性だった。どことなく、厳めしい顔つきである。

というよりか、正直にいってしまえば、堅気であるとは思えない姿である。顔面や身体にちらほらと生々しい傷跡が見えるのだ。


 「部屋はそれぞれ用意されてるから、自由にいってくれや。この時期に来る物好きなんぞアンタ達だけだからな。それと、俊彦さんだっけか。あんただけは少し残ってくれ」

 「はい?」

 「おう、こっちにこい」


 抵抗する間もなく、引っ張られ、奥と追いやられる。慶介達は、そんな自分を無視して、先へと行ってしまう。

唯一ルルアだけが、えっ、という風な顔を浮かべたが、結局は助けには来なかった。


 「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。俺とあなたは初対面ですよ初対面」

 「ところがどっこい、俺の知り合いがアンタをご所望でな」


 貴方みたいな堅気とは思えない人は知り合いにはいません、とは言えなかった。というよりか、ばっちしいた。

致し方なく、連れてこられた先にある、扉を開けると――


 「どうも、来ちゃいました」

 「そうですか、何でですか」

 

 ――あの時虚に合わされる原因となった女性、ゆきめがそこにいた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます

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