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第十二話 物語は続く 前編

物語は続く(上)


「『お堀にその身を投げ出した』か……」


 そう呟き、少女は手にした原稿から顔を上げた。

 椅子に座ったまま、目を閉じ今しがた読み終えた話の中身を反芻する。

 

 原稿の表紙には『転生者物語』と仮題してあるが、物語としては三流小説。書きかけであるという点を差し引いても物足りない。

 文章も稚拙で書き方もちぐはぐ。基本的に1人称で書かれているのだが、語り手の時間軸がその時のものであったり回想になっていたりとまとまりがない。


(容姿を触れているのは「アンジェリカ」だけって、どれだけ他に興味がなかったんだろこの人)


 そう思って、この原稿を渡した本人の反応がないことに気づく。

 自室に少女を呼び、「書きかけだが読んでみなさい」と言ってベッドの上から少女に原稿を手渡した後は、横で静かに見守っていたはずだが、読み終えた今になっても何もリアクションがない。

 少女がベッドの彼を見ると、彼はいつの間にかベッドに横たわっていた。

 椅子に座ったまま首を伸ばして彼の顔を覗き込む。今年で88歳になるその顔には深い皺が無数に走り、かつては彼の母と同じだったという栗色の毛はすっかり色が落ちてしまっている。

 何かに満足したのか、皺だらけの顔にかすかな笑みを浮かべて眠る姿をジッと見ていた少女だったが、不意に彼はこのまま目覚めないのではないかという妄想にとらわれた。

 慌てって呼吸を確かめようと手を伸ばすが、その小さな腕では届かない。しかたなく、ベッドから彼の腕を取り出すと、その手首に自らの指を添えて脈を確かめる。

 骨と皮しか残っていないような頼りない腕だが、脈はしっかりとしたものだった。


「あんまり満足そうな顔だから勘違いしちゃったじゃない」


 眠っている彼に、少女は拗ねた口調で文句を言った。

 高齢ではあるが、彼は健康そのものだ。昨夜も、少女の父が貴族院議員として王都へ向かう前の壮行会でその健啖っぷりを家族たちにみせている。

 あと10年は生きるんじゃないかと周囲は言っていたが、実際少女が「診た」限りにおいて体に問題はない。

 そこまで分かっていても、変な想像をしてしまう様な顔をしていたのだ。


「キティ、キティちゃ~ん。どこかしら?」

「ここですお母ちゃま」


 部屋の外から聞こえる少女を探す声に大きな声で返事を返す。

 彼が目を覚まさないだろうかと気になったが、ここで妙な行動を取るわけにはいかないと割り切る。


「あらあら、おじいちゃまのお部屋にいたのね」

「し~! お母ちゃま、おじいちゃまおねんねだから、し~!」


 部屋に入ってきた母親に、少女は静かにするように大声で注意する。

 少し驚いた母親だったが、子どもらしく微笑ましいその矛盾した行為に顔がほころぶ。

 ベッドで眠る彼を気にしつつ、そっと自らの娘に近づいた母親は、その小さな耳に口を近づける。


「キティちゃん。明日は、お父様を見送りに駅までいくんでしょ。もう寝ないと起きれないわよ」

「え~でも、まだおじいちゃまのところにいたいー」

「じゃあ、お父様1人で行っちゃうわよ。いいのかしら~?」

「いやー! いってらっしゃいするー!」

「それじゃ、もうお部屋にもどってねんねしましょうね」

「うー……わかりまちた」


 大好きな父を盾に取られ母親に説得された少女は、しぶしぶ眠ることに同意する。

 良い子ね、とばかりに母は我が子の頭をなでるとそのまま椅子から抱きかかえ寝室へと向かう。


(ありがとうございます)


 母の陰になり見えなくなるベッドの上の彼に、少女は心中でそうお礼を述べた。





「――いったか」


 足音が部屋から十分遠ざかるのを確認し、エリック・ピープスはそう呟やき、ひょいっと体を起こす。

 あれを読んだ後どういう反応を取るか確認するために狸寝入りをしていたのだが、思った以上の反応が見られた。


「以前からお医者さんごっこだとか言って色々体を触っておったが、さては医学知識でも持っておるのか」


 本人は子どもの振りを上手くやっているつもりだろうが、どうしても行動に不自然さがある。

 ましてやアンジェリカに聞いていた、彼女の小さい頃の振る舞いを覚えていた彼にはそれがよく分かった。


「はぁ……」


 深い溜息をつき、広い部屋の壁にかかる肖像画に目をやる。そこには彼の家族の肖像画が並んでいた。彼の両親、妻、子、孫――

 写真も大分前に発明されているが、彼としてはお気に入りの画家に描かせた肖像画の方が好きだった。写真にはない温かみが絵にはあると思い込んでいる。


 1つ1つその肖像画を見つめ、やがて1枚の絵で視線が止まる。

 そこには、赤い髪の若い女性が描かれていた。


「シャーリー……」


 その青い瞳を見つめながら今そこにいるかのように語りかける。


「まさか、孫が「記憶受容症」とはな……」


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