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第十一話 それを飛び越えて

それを飛び越えて


「私が褒められても嬉しそうじゃない? ええその通りよ」


 私の問いかけに彼女はそう答えた。


「だって、褒められてるのは私の知識だもの。アレは凄い、コレは凄いって褒められても、どれ一つ私が自分で創り出した物なんかない。全部前世知識のおかげ。それを褒められても、どっか釈然としないのよね」


 予想通りの答えにまずは安堵する。取りあえず、ここで間違っていては話にならない。


「もちろん、知識も自分の一部って言えるかもしれないけどさ。その肝心の知識にしても穴だらけよ。前世じゃ無駄に情報集めてたり、自分が転生したらとか想像したりしてみてたけど、いざそうなると上手くいかないことだらけ。細部が分からず実現まで数年かかるわ、さっきの栄養学のことみたいにどっか抜けてるわ。褒められたもんじゃない」


 そういうものだと割り切っているのだろうか。

 褒められたものじゃないといった彼女の言葉には卑下の色はなかったが、どこか諦めのようなものが感じられた。


 以前、私が詩を詠まなくなった理由を語ったとき、彼女の言葉から感じ取ったものは間違っていなかった。そしてそこから導き出せる推論も同じく。

 アンジェリカは勘違いをしている。


「何、勘違いって?」


 彼女の持つ知識や記憶は確かにすごい。そこから生み出されるものも然り。だが、本当にすごいのは彼女の行動なのだ。


「……」


 知識があってもそれを活用しなければ単なる宝の持ち腐れだ。私がまさにそうだった。しかしアンジェリカはそれを使って何かをなそうとした。

 知識があれば何でもできるわけじゃない。だったら【百科事典】を持っている奴は皆世界最強だ。仮に、今私が政治の手引書の様な物をもらって国を動かせと言われ国政を任されても、碌に何もできないだろう。知識と実践は別物だ。

 アンジェリカには行動力があり、行える実行力があった。それだけではない。思いついた何かをやろうにも、それを実行するためには関係者を説得しなければいけない。それは領主である父であったり、料理人であったり、大工であったり。その説得のための交渉力は知識だけでは無理だ。その他にも、人を使うことにも才能がいる。

 真にアンジェリカがすごいのはそこなのだ。


「そ、そうかしら」


 人から褒められ、初めて彼女が動揺した。

 夜会のとき、口々に褒められ見せたぎこちない笑顔。今もまた同じような笑顔だが、決定的に違う。顔が赤い。恥ずかしさと嬉しさで顔が朱に染まっている。

 私に褒められてだ。


「た、たしかに。トリップ物読んでて、知識あってもそんなに上手くいくもんかなぁって思ってたわ。あ、あれも主人公がそ、そういう才能もあるって考えれば納得よね。でも、でもさ、私って失敗もたくさんしてるじゃない?」


 失敗を糧にできるのも1つの才能だ。

 米作りには5年もかかったと言っていたが、それまでに4回は失敗しているということだ。それにめげない意志も、農家に続けされる手腕もすごい。


「く~……」


 耳の先まで真っ赤にして唸る姿が可愛い。

 【免疫】がなかったところを突かれたせいか、今のものた打ち回りそうなほど恥ずかしがっている。


 彼女の知識ではなく、今の私と同じように彼女の行動こそが素晴らしいと感じた者は何人もいただろう。そしてそれを褒めたものも。

 さきほどのヴァレンタインもそうだ。彼は、アンジェリカの【栄養学】なんて意味が分からなかったはずだ。だから彼は、彼女の知識ではなくトムの妹の話の後、素早く領内を調べさせ対策を打った行動を称賛したのだ。

 だが彼の言葉はまっすぐには彼女へ届かなかった。

 なぜなら、彼女は自分が褒められるのは前世知識のおかげだと思い込んでいたからだ。だから、ヴァレンタインの様に彼女自身を褒めても、彼女の方で勝手に「相手は前世知識を知らないから勘違いしている」と【フィルター】をかけてしまう。そのせいで、すべての称賛が彼女の持つ知識へと向かっているように感じられたのだ。


 自分の推論が正しかったことに満足する。そして、彼女のこの呪いのような勘違いから解き放てる者が自分しか居なかったことに感謝する。

 彼女ほどではないが、同じく前世知識を持つ私ならば彼女もフィルターを超えて言葉を届けることができる。前世知識という付属のない、彼女自身を見ることが出来る対等な存在だったわけだ。



 ようやく落ち着いてきたのか、更に深呼吸をし調子を整える。まだ顔は赤いが取りあえずもうのた打ち回りそうな気配はない。

 さて、一度彼女に言葉が届けば、今後は素直に賛辞を受け取れるようになるだろう。これで私の心を救ってくれたお礼はできただろうか。

 彼女のようなすごい人物が、周りの称賛に喜ぶことができないなど悲しい話だ。それが救えたのなら、恩は返せただろう。


「ありがとう」


 すごいと褒めたことだろうか。


「ほんとうに、ありがとうね」


 それとも私が彼女の何を救ったのか気づいたのだろうか。目じりに涙を浮かべ、彼女が礼を述べる。

 先ほどのもだえる姿もかわいらしかったが、うっすら涙を浮かべるこの姿はとてもきれいだ。

 アンジェリカの姿は何を見ても胸がときめき心躍る。やっぱり、私はアンジェリカが大好きだ。


「……!?」


 思わず口にだした。

 不思議と恥ずかしさはない。

 心臓の鼓動に急かされるように、今ここで言うしかないと自分の気持ちを口にした。


 アンジェリカは大きく目を見開いたまま固まっている。

 まあ当然だろう。

 私も今すぐ返事がもらえるとは思っていない。だが、不意打ち気味とはいえこうして固まっているということは、多少脈ありだろうか。彼女の性格ならば、その気がまったくないのであればどういう状況であれ即答しているはずだ。


 固まったままアンジェリカに一礼し、部屋を後にしようとしたところで、


「待って!」


 いきなり肩を掴まれ強引に振り向かされる。

 次の瞬間、目の前いっぱいに彼女の顔が迫り唇にやわらかい感触が触れ、すぐに離れた。


「私もエリックが好きよ」


 いきなりの口づけの後、簡素にそう言って行動でその気持ちを表す。

 再びの口づけ。そしてねちょっとした感触が――


「何よ」


 思わず顔を離した私に半眼で睨みながら問うてくる。

 いや、さすがにこれは。そもそもどういうことだろう。


「いきなりだから? 告白されて即落ちとか、ちょろい女だと思う?」


 そこまでは思わなかったが、まあ大筋そんなところだった。


「教えてあげる。私って、貴方限定でちょろいのよ」


 どういうことだろうか。

 いささか警戒しながら、彼女の真意を確かめる。


「だって、私たちはお互い特別だもの。私にやさしい人はいた、好きだといった人も、愛してくれている人も。でも、特別な人は貴方だけだった。私に届かない言葉を届かせたのは、貴方が同じ転生者だったから。そして転生者であれなんであれ、貴方は貴方。だから特別なの」


 私の心を救ってくれたのも、同じ「記憶受容症」である彼女である。彼女がそうであったが故に、私の心を知ることができそしてそれに救われた。故に、私にとっても彼女は特別である。

 そうだ。確かに私たちは互いに特別なのだ。


「だったら、貴方限定でちょろいのも仕方ないじゃない」


 そういいながら、今度は逃がさないとばかりに私の顔を両手でつかむ。

 安心していい。私も逃げる気はないとばかりに彼女に手をまわした。


「前世含めての私の、初めての本気のキスよ。感謝しなさい」


 それは微妙だなという言葉は、結局口から出ることはなかった。



 いくつかの分岐点を超え、ここに道は定まった。

 後は結末へ向けて一直線である。



「こうなると問題はお父様ね」


 お互いの気持ちを十分に確かめ合いようやく落ち着いたところで彼女はそういった。


「私と貴方の交際。ましてやその先を認めるはずがないわね」


 その通りだろう。

 侯爵家と男爵家の結婚など、ただでさえ厳しい。その上、私もアンジェリカもお互い跡取りなのである。私に兄弟でもいれば、私が家督を捨てるという選択肢もあるがあいにく一人っ子だ。

 一方アンジェリカには弟や妹がいるが、家督を捨てて格下の男爵家嫁ぐなど侯爵が認めるわけがない。


「この世界じゃ女性に相続権があるって喜んでたけど、ここで仇になったわ」


 そもそも、彼女も言った通り侯爵が交際すら認めるとは思いえない。

 駆け落ちなんて手もあるが、それはいよいよのときだろう。出来ることならば堂々と交際したい。


「……私、実家に戻ってお父様を説得してくるわ」


 急すぎる話だった。たった今告白してお互いの気持ちを知ったところだというのに。


「思い立ったら即行動が私の信念よ」


 それはたった今身を持って体感している。

 しかし、彼女一人をいかせていいのだろうか。私も同行して話すのが筋というものだろう。


「普通はそうだと思うけど、理屈じゃないのよ。私が先に説得して話せるだけの状態は作るわ。そうでもなければ、顔出したところで殺されるわよ」



 翌日、学校に休暇の届をだし馬車で実家へと向かう彼女を見送った。

 できればせっかく気持ちが通じ合えたのだ。もっと二人の時間を過ごしたかったが、彼女の行動を止めることは私にはできなかった。



 それから2か月以上が過ぎても、彼女から音沙汰はなかった。

 侯爵領まで馬車で急げば10日はかからないはずだ。説得が長引いているだけだとは考えられない。何かあったのか。

 私が手紙でも出すべきかと悩んでいた頃、侯爵家からの一人の客が私を訪ねてきた。


「レインフォード侯爵家で執事をしております、クレイグと申します」


 そう慇懃に名乗った中年の男は頭も下げず冷たい視線を私に向けてきた。

 実家のエドワードもそうだが、執事の視線が鋭く冷たいのは一種の職業病だ。屋敷を訪れる客人を品定めし、その人物が家の客として相応しいか、あるいはどの程度のもてなしをすれば良いか、そういったことを一瞬で判断しなければいけない。それ故である。

 だが、このクレイグから向けられる視線はそういった類ではなく敵意すら感じられる。その上、格下の男爵の子どもだとはいえ頭すら下げないという態度もあり得ない非礼だ。

 いや、あり得ないというなら貴族家に仕える執事がこんなところに現れるということそのものがあり得ない。間違いなく、何かあったのだ。


「旦那様は、決して貴方様をお許しにはならないでしょう」


 何の前置きもなくそう言ったこの執事の目は、「私も許す気はない」と語っている。そして懐から取り出した封筒を私へ手渡した。

 封筒の表には、アンジェリカの字で「エリックへ」とある。

 私が中を読もうとしたとき、再びクレイグは口を開いた。



 今から2週間前。

 アンジェリカは、幽閉されていた実家の城館から、お堀にその身を投げ出した。


次話が最終話です。

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