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七月の終わりに

作者: knight

夏のホラー2012、参加作品。

実話を元にした作品です。

 七月も終わりに差し掛かった頃の蒸し暑い夜、扇風機しかない私の部屋が寝苦しいのはいつもの事。その日も諦めたような溜め息をつきながら部屋に入ると、扇風機のスイッチを入れた。何か生暖かい風が、身体を通り抜けて行く。とても素直に眠れそうに無い熱気が充満しているが、明日の朝はいつもよりも早く珍しくハードな仕事が待っている。ここで睡眠を取っておかなければ、とても一日持たないだろう。


 とにかく電気を消しながら、まるで倒れ込むようにシングルのソファーベッドに身を投げる。あまりに暑いので、布団は掛けないまま目を閉じた。しばらくは眠れそうな雰囲気などまるで無く何度も寝返りを打って格闘していたが、何故か思いもよらぬ睡魔が突然のように襲ってきた。これは良いぞ。そのまま呼吸を遅くしながら無心を装う。やがてその睡魔は私を包み込むように意識を奪い去り、いつしか深い眠りに落ちていった。



 ん? なんだ? この懐かしい雰囲気は?

 気が付けば、幼い頃に育った古い長屋の前に立って居た。今思えば狭い通りだ。車一台が何とか通れる道を挟んだ前には崖崩れ防止のコンクリートがブロック状に組まれていて、その圧迫感から更に道は狭く感じる。遠くからはカラスの鳴き声が無数に聞こえて来るので、その向こう側の森は巣を作れるほどに深い事が良く解る。長屋の裏を覗くように見てみると、そこにはドブ川と呼んでいた川が流れている。ドブと言っても下まで降りるにはハシゴが必要なくらいのサイズがあって、流れもそれなりに速い川だ。一面に金網も張ってあるので、私は一度も下に降りた事は無い。

  

 その向こうには大きな食品加工会社があって、常に機械の音が響いている。川の流れる音と機械の音との調和が、とても懐かしい響きを奏でている。私はこの音に、不思議と安心感があった。いつも、これが私の子守唄代わりだったほどだ。


 私は三歳になるまで、この長屋で祖父母に育てられた。隣には、私がジイババと呼んでいた一見恐ろしい形相をしたお婆さんが住んでいた。だが根はとても優しい人で、よく可愛がってくれたものだ。今思えば、本当に懐かしい。しかし辺りを見渡しても、誰一人見当たらない。どうなっているのだろうか?

 そして、もう一つ不思議な事がある。確かここって、土地開発ですっかり様変わりしたはずじゃ?

 不思議に思いながら辺りを見渡していると、突然に後ろから声が聞こえた。

「待っていたよ……」

 慌てて振り向くと、そこには男女のカップルが居た。その二人を見て、うろ覚えの記憶が反応する。こいつ等、知ってるぞ? えっと……誰だったっけ? その忍者のような奇怪な服装も、間違いなく記憶にある。ずいぶん前に確かに会っている筈なのだが、どうしても思いだせない。私が思い悩んでいると、二人は声を揃えるように言った。

「君を、待っていたよ。さぁ、行こう」

「ん? いったい、どこへ行こうと?」

 おもわず首を傾げると、ドブ川の上流の方を指している。私は、あの先へ行った事が無い。反対側へは良く一人で探検に行っていたのだが、あの上流の方へは行った事が無いのだ。詳しい理由は知らされなかったが、あの先は危険だから行ってはいけないと祖父母に堅く禁じられていたので私は素直にそれを守っていた。


 大人になった今となっては、さすがに大した危険は無いはず。しかし不思議なくらいに、その先に何か嫌な感じを覚えた。絶対に、行ってはいけない……私の直感が、そう告げている。


 その時、二人は私の腕を掴んできた。

「え? おいっ! ちょっと待て! そっちには行かないって!」

 その腕を振り払おうとするが、人の話なんて聞いちゃいないようだ。

「さぁ行こう」

 なんだよ、この馬鹿力は! くそっ!

「だから、行かないって!」



 暗い……気が付くと、私は真っ暗な中で座っていた。周りを見渡すが、真っ暗で何も見えない。慌てて手探りで下を確認してみると柔らかい肌触り、どうやら布団の上のようだ。扇風機のモーター音だけが、ひたすらに聞こえている。


 夢……か? そう思った時、脳裏に当時の記憶が蘇った。あいつ等……そうか、あの時の!


 これは、幼稚園生だった頃に見た夢だ。

 あの時も同じように連れて行かれそうになって、必死に壁に頭を叩きつけて目を覚ましたんだ。だけど幼い私が眠気に勝てるはずもなく、眠りに付く度に二人が出てきて一晩中苦しめられた。本当に最悪な夢だった。あの不気味な笑みは今でも鮮明に思いだせる。でも、あいつ等が今頃どうして?

 あれは、ただの嫌な夢じゃなかったのか? そもそも何で追いかけられなければならないんだ? 現実では全く心当たりの無い顔だ。どこまで記憶を辿っても、知り合いには居ない。万が一恨まれていると言っても、恨みを買う覚えなんて何一つ思いつかない。第一、最初に出てきたのが幼稚園だろ? 幾等なんでも無理がありすぎる。どれだけ考えを巡らせても、原因らしき事柄が思いつかない。そして、それよりも重大な問題が発生した。

 眠い……何か、異常に眠いぞ。いったい、何事だ? もはや、すぐに意識が飛んでしまいそうなほどだ。しかし、ここで眠ってしまったら……また……危険が……



 くそっ……また夢の中だ……

 あの長屋の前に居る。そして二人は、私の目の前で不気味に微笑んでいた。これは、参った……何か方法は無いのか?

 辺りを見渡すが、コレと言って使えそうなものが無い。その時、男が更に不気味な笑みを浮かべて呟いた。

「ず~っと、君を待ってたんだよ。ず~っとね……」

 それに、女が続ける。

「さぁ、行きましょう……」

 おもわず後ずさりする私に、二人が迫ってくる。私は両手の平を差し向けて、その歩みを制止しながら言った。

「ちょっと、待ってくれよ! そもそも、何で待っていたんだ? 理由も聞かずに行ける訳が無いじゃないか」

 そんな問いに、男がふと笑みを浮かべた。

「そうか、君は何も覚えていないんだね。でも、もうそんな事を知る必要も無い……」

 そんな無茶な……納得も出来ないのに、訳の解らない所へ行くなんてありえない。だが、私は寒気を覚えた。二人の顔に、すでに笑みは無い。

 やばい……このままじゃ……

 私は走った。反対に向かって全力で走る。しかし二人は、すでに私の前に居た。

「冷たいじゃないか、もう逃げられないよ……」

 ちくしょう……無理か……どうする? 何か無いか? その時、私は思いだした。あれなら、もしかして……

「摩訶般若波羅蜜多心経 観自在菩薩行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空」

 私は目を閉じて、無我夢中でお経を唱え続けた。

「度一切苦厄。舎利子。色不異空、空不異色、色即是空、空即是色……」

 その時、私の両腕に違和感があった。

 え? 何?

 目を開けると、二人は不気味に微笑みながら両腕を掴んでいる。

「ふざけるな! 誰が、おまえ等なんかと行くか! 離せっ! 離せ~!!」

 必死にもがき続けると、彼等の力が一瞬緩んだ。

 今だ! 私はその手を振り払い、コンクリートの壁に何度も自ら頭を叩き付ける。

 頼む! 覚めてくれ! 頼むから、覚めてくれ!



 暗い……気が付くと、私はまた真っ暗な中で座っていた。周りを見渡すが、真っ暗で何も見えない。慌てて手探りで下を確認してみると相変わらず柔らかい肌触り、どうやら布団の上のようだ。扇風機のモーター音だけが、ひたすらに聞こえている。


 目が……覚めたのか?

 一体なんだったんだ? 本当にダメかと思った。もう終わったと感じた。まだ身体が震えている。こんな恐怖は何年ぶりだろう? まさに、あの記憶が蘇ったと言っても良いほどに私は怯えていた。

 とにかく、今日はこのまま起きていた方が良い。そうじゃなければ、また……いや、もう考えるのは辞めよう。ダメだ、まだ鳥肌が立っている。何か、心を落ち着ける方法は無いだろうか?


 もう、あんな恐ろしい思いは沢山だ。そうだ、寺に行って住職に相談しよう……


 とにかく電気を付けようと立ち上がった時、私の両腕に何か違和感があった。

 え?










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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。ゆみかさんのところからやってきました。 作品を拝読させていただきましたので、感想を書かせていただきます。 読んでいて、なぜか肌が泡立ちました。幽霊や妖怪と呼ばれる存在が登場し…
[一言] 拝読しました。 「夢オチ」というのは、物語を創作する上で禁じ手と言われていますが、それをみごと逆手に取りましたね。 いったいどこからが夢で、どこから現実なのか。それとも、決して醒めることのな…
2012/08/21 17:03 退会済み
管理
[一言] 背筋に悪寒が走りました。
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