SHADOW6『作戦会議前の衝撃事実』
「……どこまでついてくるつもりだ、水城」
「勿論、作戦会議の為に先輩の部屋までッスよ。決まってます」
午後三時三〇分。
輪廻と天野から被害者の素行を聴取した神楽と水城は、男子学生寮の階段を登っていた。
何故かついてきている水城に、あからさまに嫌そうな視線を向ける神楽だが、彼女はそれを気にも止めない。
「大丈夫ッス。夕飯時には帰りますから」
何が大丈夫なのかは定かではないが、水城はニカリと笑いながらブイサイン。
「そんな事を言ってるんじゃない事ぐらい分かるだろ……。っつか、どうして初対面の男の部屋に来る気になれるんだ……」
呆れ顔で呟く神楽。
「これからの方針について話すだけッスよ。時間はそう取りません」
「……俺の都合は考慮するんじゃなかったのか?」
「ほらほら、早く行きましょ」
背中を押され、神楽は渋々と階段を登っていく。
つい先刻の契約事項を軽く無視した水城は、とても打算的な笑顔を浮かべている。
「……はぁ」
傍若無人な性格の後輩を前に、神楽はため息を吐く外なかった。
「ようカグラン。今ちょうど遊びに行こうと思てたんや」
神楽の部屋がある七階に差し掛かった時、不意に目の前のドアが開き、中から現れた青年に話しかけられた。
金色の中に銀色のメッシュが目立つ髪を逆立てた青年は、刹那後、神楽の背後に佇む水城に気付き、ムンクの『叫び』よろしく絶叫した。
「――って、カグランが、女の子連れて歩いとるゥゥウ!!」
「やかましい」
ゴスッ!
問答無用、とはまさにこの事だろう。
予備動作をつけず、青年の鼻面に頭突きをかました。
急に現れた青年は白目を剥いて昏倒したが、神楽は気にかけた様子もなく青年を股越して再び歩き出した。
流石に、水城ですら引いたこの状況を、平然と。
「……この人、泡吹いて気絶してますが……放っといていいのですか?」
金髪の青年を跨ぎながら、水城は念の為の無駄な確認を行う。
答えは分かりきっているので、あくまでも念の為だ。
「放っとけ」
神楽は一言で切り捨てると、自室の前に止まり、鍵を取り出した。
「……汚くても文句言うなよ」
一言だけで厳重注意した神楽がドアに鍵を刺した瞬間、青年がゾンビか橿屍の如く、手を前に突き出したポーズで起きあがってきた。
その様子が死後硬直した屍体みたいでなんか怖い。
「待ちぃやカグラン!女の子連れてるってどういう事や!?その子はドコの何子ちゃん?家柄は?ちゃんとお母さんに話しなさい!」
「……ちっ、起きたか」
神楽の呟きは、青年の大声にかき消される。隣にいる水城にすら届いてはいない。
「とりあえず、やかましい」
ヂュン!
腕の筋肉をバネの様にしならせた、神楽の拳が青年の顎にクリーンヒット。
青年は数拍の間、視線を虚空に泳がせ、そのまま仰向けに倒れた。
呆然と、水城が訊ねる。
「大丈……夫、なんでスか?ってかそれより、今なにをしたんスか?」
「顎の強打による三半規管内の砂耳の振動、それが引き起こす軽い脳震盪だ。大丈夫だろ。今したのは、ただのパンチだ。腕を鞭みたいにしならせてな。空手では首里手、中国拳法では罷掛拳、ボクシングではフリッカージャブとして有名だ」
「……先輩は、その専門知識を一体、ドコから仕入れたんですか?」
「えっ……ドコだろ?今、頭の中に神のお告げの如く浮かび上がってきた……」
不思議な現象に、神楽は首と同時に鍵を捻る。本格的に分からないご様子。
咳払いをして、神楽は気を取り直して鍵を開けた。
実は、女の子を部屋に招くのは初めてな神楽は、内心ドキドキしていたり。
神丸学園の学生寮は、ユニットバス・キッチン付きのワンルームで、シンプルイズベストがモットーらしい。
壁際には複合素材のパイプベッド、中央には木製のテーブル。
クローゼットと本棚。
大きめの液晶テレビ。家庭用ゲーム機が二種。ゲームは一〇本以上。
至って普通な、というか平凡な部屋だ。
「本棚の中にえっちな本とかあったりしまスか?」
ニヤニヤと楽しそうな笑顔を浮かべながら、水城。
「……聞くなよ、そんな事」
眉間に皺を寄せ、神楽は苦笑しながら靴を脱ぐ。水城も後に続く。
「飲み物は何がいい?水に麦茶にコーヒーにコーラに紅茶にビールに牛乳に野菜ジュースがあるんだが?」
「……明らかに一つ、アルコールでスね」
冷蔵庫の中身を確認する神楽に、水城はベッドに腰掛けながら返す。
ズルッとずれたメガネを掛け直しながら、牛乳を頼む。
「自分で言っといてなんだが……人んちに来て牛乳を頼む奴も珍しいぞ」
「好きなんスよ。放っといて下さい」
水城は牛乳がなみなみと注がれたコップに口を付け、一気に飲み干した。
呆れながら、神楽はビールのプルを開ける。
「……まだ昼間ッスよ」
「どうせ今日は外に出ないだろうからな。いいんだよ」
いいのか、それは?
というより、作戦会議時にヘベレケになってない事を祈る水城だった。