SHADOW5『被害者』
「アンタに協力するに当たって、言っておきたい事がある」
「あいあい?」
食堂を出て学園内の公園のベンチに腰を下ろした神楽は、隣に座る水城に向かって神妙な面持ちで語る。
「まず、俺は実際は乗り気じゃないので、俺の都合に合わない時は無視させてもらう。
次に、警察の捜査の邪魔にならない程度にしか協力しない。
最後に、俺がこの事件は危ないと判断したら、即座に抜けさせてもらう。
この条件がダメだと言うのなら、俺は協力しない。いいな?」
「構わないッスよ」
意外な事に、水城はあっさり言い放った。
神楽は拍子抜けした様子で口をまごまごと動かし、結局何も言わずに前を見据える。
「元々、私一人でなんとかしようと思ってたッスから。先輩がそう言うなら、その条件通りに動きまスよ」
水城を横目で見つめ、ため息を一つ。
「……(だったらハナから一人でやれっての)」
「はい?」
「何でもない。何も言ってないし、心の声とか漏れてねェよ」
隣に座る少女に振り返り、神楽が口を開く。
「ンで、これからどうするつもりなんだ?」
それを聞いた水城は、ニヘラと薄笑いを浮かべ、アンダーフレームのメガネを直して赤茶の携帯手帳を取り出す。
そして、言う。
「捜査の醍醐味はやはり足でスよ!」
その後、主に中心街で聞き込みをする事、約二時間。
結論から言わせてもらうと、成果は全くなかった。
「んむぅ……手で掬った水も、ここまで漏洩してしまうと少々興ざめでスね」
「お前が人の意見を聞かないからだ」
ため息混じりの水城に返したのは、やはりため息混じりの神楽だ。
歩き疲れた二人は、中心街の中央広場――学校の敷地の中なのに、何故か大きな噴水がある――のベンチで休憩していた。
正直に言わせてもらうと、神楽はそこまでこの聞き込みを重要視していなかった。
被害者の死亡推定時刻は零時前後。
警察の事情聴取も無意味だと考えていた神楽にとってこの行動は、愚かとしか言いようがない。
その旨を水城に何度も告げようとしていた神楽だが、彼女は思い立ったら人の意見を悉く無視する性格らしい、という事だけが分かった。全く以て不毛である。
「どうすればいいッスか、ワトソン君」
「誰がワトソンか」
というか、ここまで無能なホームズなんていない。
「闇雲に聞き込みしたって何も分かりゃしないっつの」
「と、言うと?」
「この場合、まず当たるべきなのは交友関係だろ」
至極当然の答えを、神楽は言い放った。
「なるほど……で、どこから聞き込みまスか?」
「そうだな……」
美術部、絵画愛好会、彫刻愛好会、美術文化研究会。
順当に行くならば、やはり被害者が入部していた絵画愛好会の人間だろう。
問題は、どうやってそこの会員を掴まえるかだが。
「典薬くん?」
不意に、声を掛けられた。
振り返るとそこにいたのは、クラスメイトの輪廻だ。その隣には、見知らぬ女生徒の姿が。
「こ、こんにちわ!典薬先輩!」
「あ……はぁ、こんにちわ」
何故かガチガチに緊張している少女に挨拶を返す神楽。
自分の事を『先輩』と呼ぶ辺り、水城と同じ一年生だろうか。私服姿なので判断が遅れた。
「典薬くんは、どうしてここに?」
「あ〜……いや、その……何でだろうな。実際、俺もいまいち理解出来てないというのが本音というか何というか……」
「?」
歯切れ悪く答える神楽に、怪訝そうな視線を送る輪廻。
「そ、それより、輪廻はどうしてここに?」
追及を免れる様に、神楽が訊ねる。
輪廻は訝しげな表情のまま、隣の少女に目配せし、答えた。
「ちょっと、この娘……あ、彼女は天野 玲美。私の一つ下の後輩で、絵画愛好会に所属しているの……と、話があって」
「はッ、初めまして典薬先輩!天野 玲美です!」
ギクシャクとロボットダンスの様な動きで深々とお辞儀してくる天野。神楽としては、
「……初めまして」
と答える以外にない。
「って、何で俺の名前知ってるの?」
「えっ、あっ、それは……えぇと、その……」
真っ赤になって俯く天野を見据え、なんとなくピンときた。
困ったやら嬉しいやら、苦笑いの様な微笑みを浮かべたまま、神楽は視線を逸らし――、
『誰でスか?』と言いたげな――何故か険しい表情の水城と目が合った。すっかり隣の少女の事を忘れていた。
「あぁ……コイツは水城 由香。水城、こっちは輪廻 命という、俺のクラスメイトだ」
神楽は二人同時に自己紹介する。
「初めまして、水城さん」
「初めまして、輪廻先輩。私の事は由香でいいですよ」
ニコリと穏やかに微笑む輪廻と、ニヘラと緊張感なく微笑む水城。
二人とも優しい笑みではあるのだが、何となく天地の差がある気がした。
「あ、そうだ。輪廻、急ぎの用か?」
「玲美と話すの?ううん、急いでないケド……」
確認する様な神楽の言い方に警戒心を覚えたのか、輪廻が僅かに身を強ばらせる。
「そうか……ちょっと聞きたい事あるんだけど、いいか?差し支えない範囲で答えてほしい」
「……何?」
何となく、緊張が漂う。
どんな質問が飛び出してくるのか――輪廻は想像がついたのかも知れない。
だからこそ、こうして警戒しているのだろう。
「先輩が殺されて、ツラい立場かも知れない……だから強制はしない。そこを踏まえた上で、教えてほしい」
「……何を?」
「――音菜先輩の事を」
輪廻を見据え、神楽はそれを口にした。
彼女は――泣きそうな顔をしていた。