SHADOW4『驚異の推理力と脅威の情報力』
「まず自己紹介をしまショウ!私の名前は水城 由香、花の中学一年でス!(はぁと」
とりあえず掛け蕎麦を片づけた少女・水城の屈託のない笑み。
アンダーフレームのメガネがキラッと輝く程、純真な笑顔だ。
「……田中 一郎だ」
「はいはぁい、私を相手に偽名は無駄ですよ典薬先輩」
瞬時にテキトーに考えた偽名が即座にバレた上、素性まで知られていた。
これは流石に神楽も黙っている訳にはいかない。
「アンタ、何で俺の……」
「え〜、だって、先輩は結構有名人なんでスよ?特に女子の間で」
「……は?」
「眉目秀麗、成績優秀な上に運動抜群。ちょっと無愛想で怖い印象を醸し出しながらも、そこが女の子のハートをがっちりキャッチしてるんでスよ?」
初耳だった。
確かに成績は良い方だし、運動だって嫌いではないが、まさかそんな噂が立っているとは思わなかった。
……まぁ、それでも悪い気がしないのは悲しいやら嬉しいやらの男の性であるが。
「とまぁ、関係ない話は措いといて――」
「いや、後で必ず聞かせてくれ。必ず」
「措いといて」
水城の笑いが混じった口調には、有無を言わさない圧迫感がある。
「もう、先輩が無駄に話を延ばすから、七〇〇字くらい使っちゃったんでスよ?」
「……何の話だ」
「それはそうと……ズバリ、犯人は誰だと思いまスか?」
「うわっ、直球。俺が知る訳ないだろ」
神楽が呆れながらそう言うと、水城は
「え〜っ」
というような顔をした。
初対面でここまでオープンな反応をする者を見るのは初めてだ。大体、いきなり
「犯人は誰だと思う」
と言われても、これで答えれる様な問題なら警察は苦労しない。
「アンタ……水城さん」
「由香でいいですよ」
「それは遠慮しとく。んじゃあ、水城……事件について全くと言っていい程知らない俺が答えられるハズがないだろ」
「……教えましょうか?」
にやり、と。
何やら含む物があるのか、水城はサマーセーターの内側、カッターシャツの胸ポケットから赤茶色の携帯手帳を取り出す。
「殺害現場は第二美術室。凶器は第二家庭科室の包丁……このくらいは聞いていますよね?」
「あぁ」
「ちなみに、死亡推定時刻は――」
「午後23時から午前零時の間、だろ?」
「……何故、そうだと?」
「簡単、警察の取り調べの内容が『午前零時に何をしていたか』だったから。その頃に事件が起きたと分かったのは俺だけじゃないと思うぞ」
たかが中学生に勘づかれるとは、警察も堕ちたもんだとつくづく思う。
「刺された箇所は腹部に二回。美術室は特に密室だった訳ではないし、被害者には犯人ともみ合ったと思われる着衣の乱れがあった為、警察は衝動殺人だろうと践んでいます」
「だけど、実は巧妙に仕組まれた計画殺人だったってオチなんだろ?」
「……鋭いですね。そうです、その通りです」
「凶器から指紋が出なかった、とか?」
頬杖をついたままつまらなさ気に問う神楽。
「ついでに言うと、指紋を拭った形跡もない、とか」
「……先輩、知ってるじゃないですか」
訝しげ、というか恨めしげに見つめてくる水城。
「ンな訳ないだろ。アンタが『不可思議な事件』って言ってたから、それッポイ事言っただけだよ」
「お、恐ろしい推理力ですね……」
「推理じゃなくて推論。あながち間違っちゃいないみたいだが」
ふぁ、と欠伸をしながら、神楽。
水城は何かが吹っ切れたかの様に瞳とメガネを輝かせ、
「先輩!今から貴方を私の片腕・ワトソンに任命します!」
とんでもない事をサラッと言う。
今後の成長に期待を持たせて作った一回り大きめの神楽の制服の肩が、ズリッとズレた気がした。
「却下」
「私の情報力と先輩の推理力が合わさればまさに天下無敵!この難事件もきっと即時解決!さぁ先輩、私と一緒に学園の平和を護りましょう!」
「意味分からんしっつーか人の話を聞けよ却下って言ってるだろ」
「そうと決まったら、早速行動開始です!行きましょう、先輩!」
最早神楽の話など聞いちゃいない。
無視している訳ではなく、単に耳に入っていないらしい。
トリップ少女・水城 由香は長テーブルを回り込んで神楽の元に行き、その手を掴んで食堂を飛び出す。
最初に感じた予感は当たった。
やっぱり変な奴だった。
結局、最後まで人の話を聞かない少女に拉致られ、神楽は深々とため息。
(仏さんに失礼……とは思ってるんだけどなァ)
――何だかんだ言いつつ、正直、こういうノリは嫌いではない神楽だった。