第七話:事件の予感
賑やかな朝食が終わり、紫月は茶碗を洗うと申し出たが、沙南がニッコリ笑ってそれを断った。
「紫月ちゃん、後片付けは私がやっておくからいってらっしゃい」
「すみません、お願いします」
紫月は頭を下げて歯磨きに洗面所へ向かう。いつの間にやら天宮家に自分達の歯ブラシまで備わっていて、本当に家族みたいに思うことだってある。
まぁ、柳にいたっては近々この家に住むようなことに成り兼ねないが……
それから歯磨きが終わって紫月は紺色のコートを羽織り、薄紫のマフラーを巻き、鞄と大きな箱の入った紙袋を持って外に出ると、自転車に乗った翔が外で待っていた。
「ほら、早く後ろに乗れ」
「はい」
初めのうちは抵抗があったことも今じゃ当たり前になって来ている。ただ、帰りは一緒でも行きが一緒になるのは久しぶりだ。普段、紫月はバス通学なのだから。
「じゃあ、沙南ちゃん! 行ってくる!」
「行ってきます」
「沙南ちゃん、行ってくる!」
「沙南お姉ちゃん、行ってきま〜す!」
元気良く挨拶してくれる年少組に、沙南はニッコリ笑って手を降って送り出してくれた。
「いってらっしゃい!!」
それを聞いて翔はペダルを思いっきり蹴って自転車を漕ぎ出し、末っ子組は仲良く手を繋いで駆け出していった。
そして、少し走って身体があったまってきた二人は、もう遅刻しないからということでゆっくりと歩いて学校へ向かう。もちろん、手は繋いだままだ。
「純君、おっきな紙袋だね!」
「うん! 翔兄さんが持って行けって」
「そっか。純君たくさんもらいそうだもんね。私は昨日お姉ちゃんと作ったから帰ったら渡すからね!」
「わぁ〜、楽しみだね〜」
とても楽しみだとキラキラした笑顔を向けてくれる純に夢華もつられてしまう。
いつだってそうだ。こんな笑顔を向けてくれるから純の傍にいることがとても心地良い。それはきっと二百代前も一緒で……
「だけど夢華ちゃん、ホワイトデーのお返しは何がいい?」
「ほえ?」
「秀兄さんがね、バレンタインデーのお返しは三倍返しって言ってたから、夢華ちゃんに何かプレゼントしたいなって」
「えっ!? そんないいよ、私が純君にあげたいだけだし、お姉ちゃんにも手伝って貰ったし」
「でも僕はちゃんと返したいから、しっかり考えておいてね」
ニッコリ微笑んでくれる顔に今度はドキッとさせられる。その正体がまだ分からず首を傾げてしまうのだが、しかし、純の気持ちがとても嬉しい。
「うん! ありがとう、純君!」
夢華は幸せそうに、満面の笑顔で答えるのだった。
一方、相変わらずスピード違反なんじゃないかという運転をする翔だが、紫月が持って出てきた大きな箱の正体が何なのか気になっており、極自然に尋ねてみる。
「紫月、何だそのでかい箱」
「生チョコです。翔君なら臭いで分かると思いますが?」
「誰にやるんだ?」
その問いに紫月は目を丸くしたあと、ポンと翔の肩を叩いた。
「……翔君、帰ったらたくさん食べさせてあげますから」
「じゃなくて!」
「クラスの皆さんです。どうしても食べたいと拝み倒されましたので」
なるほど、と翔は納得した。調理実習でプロ級の実力を発揮している紫月だ。そりゃ、拝み倒されるだろうな、と思う。
「ふ〜ん、紫月って誰か本命チョコ渡すのか?」
翔にしては結構恋愛寄りな質問ではあるが、紫月はいつも勘違いさせるようなストレート発言だと思い、彼女らしく答えた。
「……翔君、心配しなくても腕によりをかけてちゃんと美味しく仕上げましたから」
「どうしてそうなるかな……」
「翔君の食に対する思いは龍さんの活字中毒と一緒ですからね。ですが、ちゃんと新作を作りましたから、帰ったら味わって食べてください」
本命とは名の付かないチョコレートでも、結局一番食べてもらいたいのは翔には違いなくて、紫月は微妙な表情を浮かべているだろう翔に微笑を浮かべた。
それから学校に着いて、自転車置場に駐輪するのを待っている女子達に二人は面食らった。紫月はてっきり全て翔にチョコレートを渡す女の子かと思ったが、翔を押しのけて彼女達は突っ込んで来た。
「お姉様! おはようございます!」
「これ、受け取ってください!」
「ありがとうございます……」
紫月は礼を述べて可愛らしくラッピングされたチョコレートの数々を受け取る。女子の勢いとは本当に恐ろしいものだ。
ただ、ちらっと翔の方を見れば、彼も沢山受け取っていて少し複雑な気分にもなる。まぁ、本人は全て義理チョコだと思っているのだろうけど……
しかし、明らかに翔よりモテている紫月は、先に教室へ行ってて下さい、と目で訴えて翔は教室へと歩き出した。おそらく、当分紫月は動けないだろうからと……
そして、翔が教室に入ると友人がこちらへと寄ってきた。
「うっす、天宮」
「オウ!」
軽く挨拶を交わして大量のチョコが入った袋をドンと机の上に置くと、友人は悔しそうに翔にヘッドロックをかけてきた。
「何するんだよ!」
「お前今何個貰ってるんだ!」
「何個って」
「チョコだ! 決まってるだろうが!」
さらに絞める力を強めても翔は平然としている。これが兄達や啓吾だったら完全に息の根ぐらいは止められているのだろうけど……
「う〜ん、十ちょっとか?」
「贅沢ものが〜!!」
「だけどさ、去年より少ないんだぞ?」
「まだ言うか!」
「だって、今日の欠席者多くないか?」
「そういやそうだな……」
もうすぐホームルームが始まる時間だというのに、翔のクラスメイトはまだ半分しか来ていなかった。
「まぁ、インフルエンザが流行ってるのかもしれないけど」
「だったら今日、休みになんねぇかなぁ?」
「有り得るかもな。本当に少ねぇし」
なってくれたら、帰って紫月の力作が食い放題かも、と淡い期待を抱いてるところに、大量のチョコレートを抱えた紫月が隣の席に腰を下ろした。
「紫月、モテるな……」
「翔君、袋余ってたら下さい。持って帰れません」
「ハハッ……」
既に五十近くはもらってそうだな……、と思いながらも、ホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴り響く。ただ、やはり今日は人数が少なく空いている席が結構目立っていた。
それから担任が教室に入ってくるなり、彼はまさに翔の期待以上のことを告げてくれたのである!
「今日と明日は学年閉鎖になった。全員帰ってインフルエンザの予防をしとけよ」
教室がざわつく。よりによって二日も休みなのかと思うが、教師陣もインフルエンザでバタバタと倒れているらしくどうにもならないと説明された。
それに紫月は何かを感じて若干顔を歪めるが、既に休みに浮かれている翔は満面の笑顔で告げてくれた。
「紫月、帰るぞ!」
「はい。だけど少し生チョコが余ってしまいましたね」
「俺が食うから心配すんなって!」
「えっ!? これまで食べるんですか!?」
「なんだ? そんなに作ったのか?」
「はい、三日はもつようにと」
それにほぼ毎日、天宮家にお邪魔しているので紫月としてもそれくらいは返しておきたかったのである。
「そっかぁ、じゃあ今回は三日かけてくわねぇとな」
「ええ、そうして下さい。だけど翔君、何か嫌な予感がしませんか?」
「嫌な予感?」
「はい、何となくではありますけど……」
それが確信に変わるのはすぐだった……
さて、バレンタインデーで今のところ一番もらってるのは紫月ちゃん。
さすがはお姉様、学年閉鎖になろうとも五十近くはもらってるというモテっぷり(笑)
でも、翔君も結構もらってるんですね。
そんな感じで、高校生組はインフルエンザの流行で学年閉鎖になっています。
多分、龍達もその対応に追われてるんだろうなぁ。
末っ子組は本当に仲良し。
そして、さすがは純君、ちゃんとお返しは三倍で返すつもりみたいです。
秀の言ってたことを真に受けちゃう素直な少年です。
何てったって、ランドセルしょってる歳ですからね(笑)
次回はまたまたおかしなことになりそうな予感。
多分、秀が柳ちゃんを解放してる時間帯を書けるかな??