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第五十八話:恋人の日

 戦いが終わって天宮家に辿りついたのは朝日が昇る前だった。鳳凰と鳥の女神は二人を心配した鷹族が引き取りに来たため別れることとなり、土屋は警察に戻らなければならなくなったため、その他のメンバーは天宮家に大集合という形になったのである。


 そして、本日は夜勤からだった啓吾は紗枝とリビングでのんびりとコーヒータイムを楽しんでいるのだった。


「結局、バレンタインデーは終わっちゃったわね」

「仕方ないだろ。でも、今日は夜勤だから少しはゆっくりさせてもらうさ。ああ、だけどちゃんと酒は奢れよ」

「はいはい、私も飲みたいから付き合ったげるわよ」


 こんな騒動さえなければ……、と酒に関して啓吾は非常に残念がっていたが、しかし、こんな騒動がなければ今こうして紗枝とまったりというわけにはいかなかったため感謝している。


 おそらく、ホワイトデーまではオペの連続でまたしばらくは互いに忙しくなるのだろうし。


「でも、鷹族の件はとりあえず一件落着ということになったけど、麻薬患者がすぐにいなくなるというわけでもないのよね」

「まぁな。良二に聞いたんだが、今回のパーティーに参加していた奴ら以外にもまだ持ち込んでる組織がかなりあるらしい。だが、そんなものに手を出した奴でも治すしかないからな」


 啓吾の言っていることに違いはない。自分達が医者で救命にも関わっている限り麻薬が原因で搬送されて来る患者と縁を断ち切ることは出来ない。


 しかし、それでも二人は全力で助けようとするのだろうと思うわけで……


「……そうね。また今夜も救命は忙しくなるのかしら」

「だろうな。だが、インフルエンザ患者は減るかもしれないが」

「えっ? なんで?」

「んー、まぁ、昨日オペ予定だった患者のインフルエンザの検査結果が間違いだったっていうことになりそうな気がしてな」


 何やら訳知り顔でコーヒーを飲む啓吾に首を傾げたものの、そんなに深く突っ込むなという感じを覚えて紗枝は追及するのをやめておくことにした。


「それより、やっぱり日本らしく恋人からチョコレートを貰うってのも悪くないか」

「まだ文句付ける?」

「う〜ん、まぁ、バレンタインデーらしいことぐらいはしようかとな」


 コーヒーカップをテーブルの上において、啓吾は指先で夢華達が作ってくれた小さなトリュフをつまむと紗枝の隣に腰掛けた。一体何なのかと思うが、それはすぐに分かった。


「紗枝」

「なにっ……!?」


 口が開いたと同時に放り込まれたトリュフに驚いたのも束の間、すぐに啓吾の唇が重なってさらに舌を差し込まれる。思わず逃げ腰になったが、当然啓吾がそれを許すはずもなく後頭部に手が差し入れられて腰に腕を回されて拘束された。


 そして、口の中の甘さが薄れて来ると啓吾は唇を解放してやりニヤリと悪戯な笑みを浮かべた。


「うまいだろ、夢華達の手作り」

「〜〜〜〜!! 啓吾っ!!」

「何だ? まだ食い足りないか?」

「んっ!」


 再度唇は塞がれる。今度はチョコレートの味ではなくいつものような熱を与えられる。それに最初はジタバタしていたものの、やがてはすっかり啓吾に翻弄されて流された。


 そして、すっかりキスに酔わされて名残惜しくそれが離れると紗枝はクタリと啓吾の胸に頭を預けて小さく抗議する。


「……反則よ」

「これでも我慢してる。さすがに妹達の手作りなんだから全部お前への悪戯に使うっていうのも悪いしな」


 それだけは死んでも止めてもらいたい、と真っ赤になって睨んで来る紗枝に啓吾は苦笑する。そんなところが可愛いんだけどな、と言えば間違いなく暴れ出すので心の中で呟くに止める。


「まっ、チョコレートがなくてもお前を甘くする方法なんていくらでもあるし、明日の夜まで我慢するか」


 ただし、今からもらえるだけはもらうが、と内心で付け加えたことをすぐに紗枝は身をもって知るはめになるのだった……



 一方、シャワーだけさっさと浴びて秀の部屋で寛いでいた柳は、自分のあとにシャワーを浴びて部屋に入ってきた秀にバレンタインデーは過ぎてしまったがと付け加えてチョコレートを差し出した。


「はい、どうぞ秀さん」

「ありがとうございます。開けても良いですか」

「はい、どうぞ」


 可愛らしい包装紙と赤いリボンのラッピングを解き、真っ白な箱を開ければ中にはハート型の小さなチョコレートが数種類入っていた。

 しかし、実をいうとこのチョコレートになった経緯が存在しているのである。


 柳も沙南と同じように愛のメッセージを書いてやろうかと思ったが、沙南を始め紗枝や桜姫、おまけに土屋に宮岡までもが、いろんな意味で危険過ぎるからやめておくように、と忠告したためその案は破棄という経緯があったりする。


 ただ、そんなやり取りがあったことなど柳から貰ったチョコレートが手に入ったなら特に問題はなく、秀は一粒頂戴することにした。


「いただきます」


 パクリと口にすればチョコレートの香りが広がっていく。ただ、いつもと少しだけ違う味に秀は微笑を浮かべた。


「ブラックですか」

「はい、沙南ちゃんから秀さんは毎年ミルクチョコレートの割合が多いと聞いてましたから味も変えた方がいいかと思いまして。でも、沙南ちゃんの手づくりやパティシエが作った高級チョコレートには負けちゃいますけど」


 はにかんで言ってくれる柳に秀は穏やかな笑みを浮かべる。本当に彼女はいつもこちらを温かく包み込んでくれるのと同時に悪戯心を擽ってくれる。

 それにいつになったら気付くのかと思うが、このままで良いんじゃないかと思う訳で……


「そうですねぇ、高級チョコレートはさておき、沙南ちゃんの達筆義理チョコは僕も重宝している代物ですけど、バレンタインデーの意味合いで食べるものは決めてますから」


 そう、バレンタインデーのもっとも根底にあるものは恋人達の幸福。自分達も形は違えど二百代の時を超えて再び巡り会い、そして惹かれあった……


「可愛い義妹達の手作りお菓子と桜姫さんのオレンジレアチーズケーキは昨日頂きました。沙南ちゃんの達筆義理チョコはバイトの間食かレポートと一緒にいただきます。でも……」


 秀の指が頬に触れる。そこから熱を与えられて胸の鼓動は早くなる。頬に赤みがさして目は潤んできて、そして……、唇が重なった。


 ブラックチョコレートのほのかな苦味を持っていても本当は優しい人。何となく秀にあったチョコレートだと柳は作りながら思っていた。


 だが、まさに彼にピッタリなチョコレートだと次の瞬間に痛感することになる。


「柳さんのチョコレートは今から君と一緒に頂くと決めてましたから」

「……えっ?」


 ヒョイと抱えられたかと思えばベッドの上に寝かされ、そのまま秀が上から覆いかぶさってきた。そして見せてくれるのはあの悪戯を実行する時の楽しそうな顔で……


 それに身の危険を感じた柳は何とか逃げようと世界一無駄な抵抗を試みた。


「あの、秀さん……、疲れてますよね?」

「ええ、だから癒されたいんですよ」

「で、でもっ! それならゆっくり睡眠を取られた方が……!」

「それは数時間後にたっぷりと。その前に大人しく食べられて下さい」

「えっ、ええ〜〜〜っ!?」


 その後、秀が最高の癒しを手に入れたことは言うまでもない……



 そして、そんな事が親友の身に起きていると当然予測していた沙南だったが、彼女も自分のバレンタインデーを楽しむ、いや、寧ろ「今年こそはっ!」と意地にすらなっている行事を彼女の恋人と満喫することにしていた。


「はい、ちょっと遅くなっちゃったけどバレンタインデーの本命チョコレートです」


 今日の戦いでまだ体力が完全に回復していない龍は自分の部屋のベッドでそれを受け取ることになった。

 本来ならこうして面と向かって貰うことは病院に缶詰の状態では無理だったので素直に嬉しいと思う。


「ありがとう。今年はどんな口説き文句かな」

「やっぱり毎年の楽しみはそれ?」

「そりゃ、それがないバレンタインデーなんてつまらないだろう?」


 それに沙南は心の中で悪態を突きたくなった。やっぱりこの鈍感な医者はこちらの愛のメッセージを全て冗談に受けとっていた上に楽しんでいたのだから。


 しかし、今年はそれが不可能となった。いつものように本命チョコレートのメッセージは何かとそれは楽しそうな顔をして龍は箱を開けた。


「今年は……!!」


 開けた途端、本気で固まった。書いてあった言葉が「今ここで抱いてください」だったのだから……!


 しかも今年は沙南の本音を書いて欲しいと言っていたため、いかに有能な医者であってもどうするべきなのか判断すら出来ない状況に陥ってしまう。


 だが、そんな龍の混乱など露知らず、沙南はベッドに腰掛け、それは色っぽい上目遣いで龍に近寄って来る。


「ダメ?」

「い、いや……! そのだな……!」


 ジリッと思わず後退してしまう。既にそういった関係になっているとは分かっていても、いや、寧ろなっているからこそかなり躊躇ってしまう訳で……


 しかし、沙南はチョコレート以上に甘いんじゃないかというほど甘い声で迫ってきた。


「龍さん……」


 目を閉じた沙南の唇が自分の唇に重ねられようとしたその直後、彼女はビタリと止まる。それに龍は唖然とした表情を浮かべて固まっていると、何やら彼女が小刻みに震え出した。


「フッ、フフッ……! アハハハハハッ……!!」


 してやったりといった顔で沙南は大爆笑する。それはもう苦しそうに腹を抱え、涙目になっているほどだ。一体何なんだと龍はその光景を見ていたが、呼吸を何とか落ち着かせて彼女は嬉しそうに話す。


「やっと長年の夢が達成したわ! うん、この反応をどれだけ待ったことか! フッ、ハハハハハ……!」


 どうやら毎年自分が慌てるどころか楽しんでいた反応に彼女は満足ではなかったのかと龍はようやく思い至る。

 しかし、あの過激の域にも達した愛のメッセージを現実にしたいというのならばと、龍は十数年分の気持ちを返してやるかと企む。


「はぁ、はぁ……! ごめんなさい、龍さん。お昼までゆっくり眠って、きゃっ!!」


 突然抱きしめられ沙南は目を丸くしたが、耳元に唇が寄せられ息が掛かると彼女は一気に熱が上がった。


「やれやれ、ホワイトデーは婚約指輪決定かな」

「えっ……?」

「おじさんにもそろそろ沙南ちゃんは俺のものだと諦めて欲しいところだしね」

「ええっ、えっと……!」


 これは何だ、プロポーズと受け取るべきなのかと沙南の頭は許容量を大きく越えるが、きっとさっきの仕返しだろうとようやく冷静な自分を見つける。


 しかし、抱きしめられた腕が緩められ、それは真剣で情熱を帯びた視線で射ぬかれると冷静な自分なんてすぐに消えてしまって……


「沙南」

「は、はいっ……!」


 声が上擦る。場所や服装はともかく、ついにプロポーズを受ける日がやって来たのだと彼女は本気で身構えた。鼓動は早鐘のように打ち頬も赤く染まる。


 だが、数秒後に落とされた爆弾は不発に終わった。


「……とりあえず寝ようか」

「……へっ?」

「うん、やっぱりこれからのことは寝た後に考えよう。おやすみ」


 ふわりと体が浮いてベッドの中に沙南は招き入れられ、そして龍の胸に抱きしめられて横になる。


 一体なんだったの……、とまたもや肝心なところでヘタレになった龍に文句はつけたいものの、聞こえてくる鼓動と必死にポーカーフェースを保ってる恋人に彼女はつい笑みがこぼれた。


「……耳、赤いじゃない」

「……流してくれると助かる」


 そう呟いてギュッと抱きしめる腕は力強くとも優しい。そんな不器用な青年で医者で家長で、しょっちゅう気苦労を背負い込む悪の総大将であって、そして……、誰よりも大好きな人。


 ああ、やっぱり私はこの人が好きなんだな……、と思いながら沙南は夢の中に落ちていった……




お待たせしました☆

今月ギリギリにアップ出来て良かったなぁということで。


さて、今回は大人達のバレンタインデーということでようやくタイトル通りになったという……

何なんだよ、本当この長さは……!と、文句の一つは飛び出してきそうな……


でも、相変わらずなキャラクター達を楽しんでいただけたら良いなと思います。


では、次回もお楽しみに☆




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