第五十七話:還る場所
それは光帝が殺害される前の話だ。
主に呼び出されていた鳳凰は彼の後ろに控え、いつもと違う空気を纏う主に緊張すら覚えた。
それもいま思えば、彼が死期を悟っていたのではないかと思えるようなそんな顔をしていた気がする。
「鳳凰」
「はっ!」
「今宵は嫌な風が吹くな……」
「……ええ」
生温くやがて雨でも降ろうかという風は、まるでこの太陽の地にもたらされる嵐の前触れにすら思えた。
もちろん今は戦時中ということもあっていつ何時、何が起ころうと不思議ではない。ただ、それでも鳳凰は自分の身体を盾にしてでも主を守り抜くと決めているのだが。
「神族はおそらく私の命を狙っている。だが、天は神達のものではなく、当然私のものでもない」
「……天空王様が全てを手にすべきだと?」
「そうだな、天界は龍太子が統治すべき世界かもしれないが興味はないのだろう。それに何度娘を娶れといっても言うことを聞いてくれんし、沙南に襲えと言う訳にも」
「光帝……」
時々、この主はとんでもない発言をしてくれる。天界の勢力図を考えて天空王に沙南を娶れと言うのは至極普通なことではあるのだが、どちらかと言えばいつまで経っても手の一つさえ出さない龍がつまらないからという理由が九割を占めているのも考え物である。
まぁ、あの天空族と親しい間柄というだけで普通の精神の持ち主というのもかなり珍しいのだが……
「うむ、話が逸れたな。だが、私もいつまでもこの地位にいられる訳でもなくこれからを切り開く力は必要になって来る。鳳凰、お前もその一つとして働いて欲しい」
振り返り、まっすぐ自分を見て来た主の顔がその意志の強さを物語っていた。それに応えるため、鳳凰は膝を折って頭を下げる。
「主の命令ならこの命に変えても。ですが光帝、私は光帝をお守りするために仕えております。ですから」
「相変わらず固い。お前とていい歳なんだから鳥の女神殿に手の一つや二つ出しても」
「光帝……」
「だって孫が出来たら新たな光帝にするのだから、その時お前の子供を護衛役にするかまたは嫁にするかと考えてるんだもん! ああ、出来たら嫁が良いかな。おじいちゃまと呼ばせて……」
ここまで暴走した主を止めることなど出来るわけがない。こういうとこさえなければもっと尊敬出来るはずなのだが、そこまでさせないためにそう振る舞ってると鳳凰は無理矢理こじつけて主の妄想が終わるのを黙って聞いていた。
そして、光帝はさすがに鳳凰の無言の圧力に気付いたのか、何とか妄想を十分程度に留めると一つ咳ばらいをして彼の願いを伝えた。
「そういうことだからお前は死んではならん。例えこの先、私が朽ちようともだ」
「光帝、ですが……」
「鳳凰、お前が私を守ることを業とするならば私はお前を生かすことが業となる。どんな理由があろうともお前は必ず生きよ! 生き抜くことが守ることをに繋がることをけっして忘れるな!」
木の葉が風に乗って舞い散る。これが光帝の最後の命令だった……
龍と戦いながらも鳳凰の脳裏にはそんな記憶が脳裏に流れていた。どこか自分とは違う意識に飲まれていながらもそこから抜けることを自分自身が拒んでいる。
光帝を、鷹族の者達を、全てを消し去った元凶がこの目の前にいる男だという意識が払拭出来ないがため。そして……
「……だが、守れたものは何一つなかった」
「ぐうっ!!」
触れてすらいないというのに禍禍しい力を宿した拳は重力を身に纏っている龍をも吹き飛ばした。その身体を追って鳳凰はさらに突っ込んで来るが龍は壁を蹴って宙に跳び、繰り出してきた拳を辛うじて避ける。
「天空王、お前の存在こそが全てを無に変えた。そのお前に何を見出だすことが出来たんだ!!」
左腕に刻まれた刺青がまた光りを帯びると龍が纏っていた重力が掻き消される。そのバランスを崩した一瞬を狙って鳳凰は宝刀を抜くと、それを龍の左肩に突き刺した!
しかし、武道家としての直感がすぐに働く。わざと自分の肩を差し出し、その間を狙って龍は鳳凰の左腕を掴んだのだ。
「……確かに俺は全てを消した。だが!!」
「ぐあああっ!!」
まるで焼け付くような痛みが体中に走る! 体中から蒸気が上がり刺青を少しずつ掻き消されていく。龍の肩には力を掻き消す宝刀を突き刺しているというのに、それすら無効化してるような力を龍は叩き付けて来た!
「お前は光帝の願いすら守れないのか!!」
生きろ、そう命じた光帝の強い眼差しが脳裏を過ぎるが、鳳凰はギリッと奥歯を噛み締めると激痛に堪えながら叫んだ!
「知った口を効くな! お前の性で光帝はあの日命を落とされた! お前の味方になど付かなければ!!」
「ぐうっ!!」
肩に突き刺さった宝刀がさらに深く突き刺さるが、龍は全く力を緩めることなく天の力を発動し続けた。ここで引くわけにはいかない。ここで自分が敗北することはまた全てを失うことがはっきりしていたからだ。
二百代前、自分が元凶になり鳳凰が失ったものがあまりにも大きかったというのなら、現代では何があっても失わせるわけにはいかない!
「それが神族に付け込まれた隙か……! 鳳凰ともあろうものが、武の道を極めたものが落ちたものだ!」
「何とでも!」
「言ってやる! 光帝はお前に何を教えてきたんだ! お前が操られてさらなる争いを生めと言ったのか!? 大切なものを無くせと願ったのか!?
拳を打ち込まれる以上にそれは効いた。頭の中ではもう答えは見つかっている。現代の自分が本当に守りたいものは……!
「光帝が願っていたのはお前が道を切り開くことだ! それすら守れない奴が最初から何を守れるという!」
「ぐっ……!」
「その程度の呪術なんかに流されるな! 二百代前の自分に全てを委ねるな! お前は生きて大切な者の元へ戻るんだ!!」
龍がそう叫んだと同時に天は大きく動いた! 全てを終わらせる激しい力が鳳凰を叩き付け、体に刻まれていた全ての呪いを掻き消したのである……
それからどれほどの時間が経ったのだろう。辺りは静寂に包まれ、時々パラパラと壁が崩れる音が聞こえる。水道管も壊されたらしく、ポタリと鳳凰の左腕にそれは落ちる。
そして、鳳凰はその腕に目をやれば、汚れと血にまみれているもののすっかり刺青は消え去っていた。
「……天空王」
「ああ……」
「それでも最後は……」
「分かってる……、決着は付ける」
これが武道を志したもののケジメだと言わんばかりに、二人はガタガタになりながらも立ち上がると互いに最後の攻撃を繰り出した。
『光帝、やっと……』
二つの拳は交差した……
先程まで大きく揺れていた波が静けさを取り戻した。甲板で点滴を受けていた啓吾は決着がついたことを感じ取ると、あとは任せたと言わんばかりに深い眠りに入る。それは桜姫も同じらしく、彼女も船室から飛び出して来ることはなく大人しくしているようだ。
そして、ずっと不安そうに島を眺めていた沙南の空気も安堵したものに変わると、秀も穏やかな顔をして彼女に声をかけた。
「沙南ちゃん」
「うん、やっと終わったわね」
船はゆっくりと島にむけて進む。それは帰還を待ち望んでいた者達を迎えに行くため。そして、一行の目に飛び込んで来たのは鳳凰に肩を貸して立っている龍の姿だった。
「天空王……」
「ああ」
「礼を言う……」
「いや、それは俺じゃなくて彼女に伝えるべきだ」
ふわりと美しい鳥が舞い降りたかのように鳥の女神は甲板から飛び降りると、涙を流しながら鳳凰の傍まで駆け寄ってきた。
「鳳凰……」
ここに戻りたかった、もう二度とこの場所に戻れることはないと思っていたが、彼女はいまここにいる。
「鳥の女神殿、いえ……美羽」
フラフラになりながらも鳳凰は歩み寄ると彼女を抱きしめた。やっとここに戻れたのだ……
「只今、戻りました……」
こうしてこの戦いは終結したのである……
一ヶ月放置してすみませんでしたっ!!
やっと更新かよとのバッシングはありそうですが、それはもう甘んじて受け入れます。
さて、ようやく戦いが終わりましてあとは伏線回収とそれぞれのバレンタインデーの結末となるわけです。
まぁ、今回はおまけということで未来の一行がどうなるのかというのもちょこっといれようかなと。
ちょこっとの理由はまだノクターンが続いているからというわけで。
では、次回もお楽しみに☆
あっ、今回よりは早く更新しますので!




