第五十一話:乱戦へ
ホテルの最上階のガラスを割って飛び降りた啓吾は一気に十三階まで真っ逆さまに落ちていくが、重力を操れる性か恐怖は全くなかった。
そして冷たい夜風を肌に感じながら、ふと、光りを帯びた小さな鳥が彼の青い衣の周りをくるりと舞う。
「鳥か……」
そう呟いた次の瞬間、彼のまわりに光り輝く無数の羽が舞い上がって来るのに目を奪われたが、すぐに下からの殺気に気付いて啓吾は体勢を立て直した。
「鳥の女神……!」
浅黄色の衣を身につけ、光り輝く鳥の羽が彼女を取り巻いているその姿はまさに二百代前の彼女そのもの。
しかし、凛とした空気も感じさせられるが、虚ろな目は彼女自身の意志を掻き消され操られている証拠だった。
「啓星殿、天空族の抹殺対象……」
スッと細剣を抜く動作だけで間違いなく剣の達人の領域にいるものだと感じとった啓吾は、重力を身に纏いながら操られている彼女の出方を待てば、鳥の女神は一気に突っ込んできた!
「御覚悟を!」
横から薙ぎ払うかのように振るわれた剣先を啓吾はかわし、それからホテルの壁を蹴って空を舞うが鳥の女神は啓吾の動きを読んでいたかのようにすぐさま背後から切り掛かってきた!
しかし、啓吾はそれに慌てることなく彼女の動きを重力の枷で縛り付ける。
「くっ……!」
重力で縛り付けられた鳥の女神はもがくが、やはり元の力の差か簡単には抜け出せなかった。
「悪いが元凶を捕らえるまで気絶して……!」
「やっ!」
「なっ……!」
重力の枷が鳥の女神の持つ細剣によって切り裂かれたと表現するのが正しいのか、それを破って再び啓吾に切り掛かって来て、彼の前髪を剣先が掠める!
それからさらに繰り出してきた第ニ、三閃をかわして啓吾は一旦彼女から距離をとった。
「あぶねぇ……」
深く息を吐き出して呼吸を落ち着かせる。操られているだけでも面倒だというのに、重力まで効かないとなると戦う術を工夫しなければまず勝てない。
しかも、剣の達人から剣を奪うという所業までやってのけなければならないのだ。
啓吾は鳥の女神の持つ細剣を見つめどうしたものかと考える。あの剣が重力を掻き消す力を持っているのだから……
「さて、どうしたものか……」
冬の夜風が一際強く、啓吾を横切っていった……
一方、翔達が情報室に戻った時、女子大生達が合流しており、さらには桜姫の意識も戻っていたが彼女の怪我を見た紗枝は医者の顔付きとなって彼女に駆け寄った。
「桜姫!」
「紗枝様……」
媚薬を打たれていた所為か桜姫の意識は朦朧としていたが、彼女自身も多少の治癒能力を持っていたため大した症状は出ていなかった。もちろん、元からの耐性もあるのだが……
しかし、沙南達の応急処置をもってしてでも傷が深いため、きちんとした治療をしなければならないことは明白だ。
「待ってなさい、すぐに治療するから」
「いえ……、私は啓吾様の元へ向かいます」
「ダメッ! 立てもしない状態で行かせるわけにはいかないわ! 何より力まで回復するには時間が掛かる!」
医者として認められないと桜姫の意見を却下して、紗枝はポシェットの中から薬品や注射器などいくつかの医療道具を取り出した。
しかし、桜姫は自分が動かなければならないと主張する。
「はい、ですが行かないわけにはまいりません。啓吾様のお力は鳥の女神殿より上でも武帝よりは下。でも、二人掛かりなら勝機はございます」
「でもダメッ! あんまり無茶を言うようだったら鎮静剤打つわよ!」
消毒液を傷口に塗ればさすがの桜姫でも染みるのか眉を顰める。それから紗枝が手早く縫合に移ればもう、しばらく動くことは禁止ということになった。
なんせ、今動けば間違いなくこの医者は鎮静剤を打つに違いないのだから……
しかし、桜姫がそこまでいうことには何か理由があるのだろうと、翔は変わりに自分がと進み出た。
「桜姫姉ちゃん、だったら俺が」
「いえ、秀様ならともかく、翔様ではとても敵う相手ではございません。武帝は何故だかは分かりませんが、二百代前より更なる力を得ております。鳳凰殿が動けないのも納得がいくほどの」
鳳凰の名前が出れば翔も動けなくなる。なんせ、翔はその部下である蜻蛉に負けたのだ。それより上となれば当然勝機は薄くなる。
そして、勝機のある龍と秀が戦闘中となれば自分と啓吾が動くしかないという結論に至るのは当然だった。
「ですからお願い致します。動ける程度で構いません。お力を頂けませんか?」
動ける程度で構わない、その言葉の意味することに紗枝はすぐに思い当たった。
「……まさか」
「はい、天の力を解放します。そうすれば武帝といえども無事ではすみません」
覚悟を決めた目が紗枝を貫く。龍から与えられている天の力のうち、最も危険とされている負の力を持つ桜姫がそれを使うとなれば、確かに武帝を仕留めることが出来、この戦いにピリオドを打つことは可能かもしれない。
ただ、それと共にかなりのリスクを伴う力という事実を考えれば安々と許可出来ないと思うが、桜姫の可能性に賭けるしか道は残されていないことも事実だった。
紗枝は仕方がないと息を吐き出してそれに協力することを決意する。
「……分かったわ。だったら早い方がいいわね」
「わわっ!? 紗枝ちゃん!!」
いきなり目の前で服を脱ぎ始めた紗枝に、翔は慌てて後ろを向いた。もし見ていれば、今頃紫月の踵落しぐらい決まっていたことだろう。
ただし、当の本人は上着を脱ぎながらようやく一般的な思考にたどり着いたようである。
「ああ、ゴメンゴメン。翔ちゃんも高校生だったわね」
つい昔の感覚で、と紗枝は全く恥じらいのない笑顔を浮かべたが翔にとってはたまったものではない。
一応、彼も健全な男子高校生ではあるのだから少しくらい気を遣って欲しいところだ。
ただ、大人達も紗枝と同じような感覚らしく、そういえばそうだな、と言われて納得したというところであるが。
しかし、紗枝は一人だけ忠告することを忘れていた。
「バカ兄! あっち向いてなさい!」
「俺限定かよ!?」
「良識の問題!」
「別に妹の裸なんか興味ってぇ!! 何するだぁ!!」
後頭部に紗枝の靴が投げつけられて振り返ろうとしたところを土屋に張り倒される。
いくら森が女好きでも、彼の言う通り妹に対して不純な目を向けることもましてやそういった思考をまず持ったことはない。
それを一行も分かってはいるが、つい、いつもの癖で行動に移ってしまうのは彼の行いの所為だろう。
「淳! テメェ!!」
「うるさい。自業自得なんだから諦めてくたばってろ」
「このっ……!」
これからまた一騒動あるというのにこの一行は明るい。龍がいたら間違いなく溜息の一つや二つは吐き出していただろうが、この空気を守りたいと思うからこそ桜姫も戦えるわけで……
「じゃあ、後はよろしくね、桜姫」
「はい」
戦いは更なる激しさを増すこととなる……
今年最初の更新がこんなに遅く……
最近、ちょっと不調な緒俐です。
ストレス社会にもまれてますからねぇ(笑)
うん、いいんだい! 今年は鶏肉がラッキーフードだからそれで乗り越えてやる!
さて、現在戦闘中の皆の話をぶつぶつきりながら書いてきた今回の話。
次回ぐらいからドンドン戦闘のクライマックスに入っていくかと。
だけど作者も忘れそうですけど、この話、あくまでもバレンタインデーなんですよ(笑)
バレンタインデーにこんなにドンパチやる一行なんて滅多にいないんだろうなぁ。
では、次回もお楽しみに☆