第五十話:籠の中の鳥
啓吾から念の通信を受けていたため、夢華が一旦走るのを止めたことに純、紗枝、土屋の三人も足を止めることになったが、通信が終われば夢華は現実に帰ってきたかのような表情に戻った。
「どうしたの、夢華ちゃん?」
「うん、お兄ちゃんが行ったらダメだから戻れって」
純の問いにそう返して、夢華は啓吾から受けた念の内容を簡潔に説明すると、また面倒なことが起こったなと紗枝と土屋はそれぞれの感想を述べる。
「鳥の女神が敵って……、それは確かに厄介だわ」
「う〜ん、救助に行って返り討ちは確かに辛いね。だけど、紗枝ちゃんなら元に戻せないのかい?」
鳥の女神よりも上級の自然界の女神様であった紗枝に土屋は尋ねると、紗枝は肩を竦めて答えた。
「さぁ? 覚醒してみないと何とも言えないけど、彼女がどうやって操られているかにもよるわね。何かの植物の一種で自然界の女神の許容範囲の治癒が出来るなら問題はないだろうけど、最悪、戦うということになったら気は抜けない相手ということは確かよ」
なんせ、鳥を味方につけているのだ。一応、自然界ということで紗枝の味方をしてくれる鳥でもあるのだが、強制的に操る力は鳥の女神の方が強いだろう。もちろん、紗枝が覚醒して力を発揮すればまた違っては来るのだろうけど。
「とりあえず、啓吾君の言うとおりにしようか。翔君達と合流した方が安心だし、そろそろ銃弾が切れそうだから補充しておきたいしね」
テロリストでも一般人だから、と言えば紗枝はくすくす笑う。確かに鳥の女神を探し回っている間、敵はほぼ純が簡単に倒してくれたが発砲しなくていい訳ではなかったのだ。もし、化け物級が襲い掛かって来たら少し銃弾が心許ない。
その時、こちらに元気のいい足音が聞こえてきてその足音の持ち主に四人の顔は明るくなる。
「純!」
「あっ! 翔兄さん!」
若干ボロボロの服装でも大して身体には問題なさそうな翔の姿に紗枝は医者として安心するが、ここからが不敏な会話が繰り広げられた。
「オウ! 怪我はしてないか?」
「うん、翔兄さんほどボロボロじゃないよ」
「ボロボロってお前なぁ……」
「でも翔お兄ちゃん、ケンカ負けちゃったの?」
「うっ……!」
末っ子組にけっして悪気があるわけではないが、天下無敵のケンカ好きである翔にダメージを与えるには充分過ぎた。ただ、翔は彼なりの精一杯の言い訳をする。
「その、だ……、負けてたら今ここにいる訳がないし、まぁ、相手が思ってたより強かったから秀兄貴が闘うことになっただけでだな……」
「あっ、だったら安心だね!」
「うん! 秀お兄ちゃんは翔お兄ちゃんの倍は強いから大丈夫だよ!」
その笑顔に翔はさらにダメージを受けた。無邪気過ぎる声とグサリと突かれる核心は非常に痛いものだ。それを聞いていた紗枝と土屋も同情してしまうほどにである。
「結構きつそうね……」
「いや……、だけど秀君は確かに翔君の倍の強さだからね……」
フォローしてやりたいところだがどうやらそれは不可能としかならない言葉しか紗枝も土屋も持ち合わせていない。ただ、落ち込んでいる暇ではなかった。
『淳行、聞こえるか?』
「ああ、どうした良二」
通信機から聞こえてきた宮岡の声に全員が耳を傾ける。
『まずは秀君の力だと思うがパーティー会場で火災が発生した。それとそっちにまた新たな軍勢が向かってるから警戒してくれ。道は一本に統制してるからな』
「分かった。翔君、悪いけど銃の二、三丁奪ってくれるかい? 出来ればショットガンだと助かる」
「お安い御用だ!」
ほぼやけくそで翔は開き直ると、宮岡の通信通り鷹族とSPの残党達が翔達に向かってやってきた。
「十人ぐらいなら俺一人でイケるな!」
「翔兄さん、無茶しないで。僕も手伝うから」
「純、あれぐらいはな……」
「紫月さんがいない分フォローするから大丈夫だよ!」
兄の威厳も何もかも木っ端みじんに砕く弟は、やはり秀の弟でもあるんだなと紗枝も土屋も思った。まぁ、純は三人の兄の中でも一番秀に似ているところはあるが……
そんな短い会話をしている間に敵はこちらに向かって発砲してきて、その銃弾の中を翔と純は突っ込んで行った。ただ、敵には気の毒で仕方のない会話を繰り広げながらだ。
「純、兄をフォローしようなんてあと十年早いぞ!」
「うごっ!」
「そうかなぁ? 翔兄さんがお小遣足りない時に貸してあげてると思うけど」
「グハッ!」
翔の蹴りと純の肘打ちが敵の急所に入り、膝を折ってる間に二人して次の敵に飛び掛かって回し蹴りを決める。それから翔はショットガンを蹴り飛ばし、それを土屋がキャッチした。
「それとこれとは話は別! 俺は天下無敵のケンカ好きなんだから弟にそれを奪われるわけにはいかないのっと!」
「ぐあっ!」
「うおっ!」
風の力で宙に舞い上がり、翔は流れるような動きで敵の首筋を打ったあともう一人の顔面に蹴りを入れた。そして、純は壊さないようにと銃を拾いながら襲い掛かって来る敵の後頭部を蹴って気絶させた。
「うん、だけどやっぱり翔兄さんにはフォローが必要だと思うな」
「だから何で」
「グオオッ……!」
危うく踏み潰そうとした銃を純が一足早く拾い上げ、翔の後ろにいた鷹の化け物のの顔面を思いっきり蹴り飛ばし、壁にその巨体を突っ込ませた。
「ねっ? 危ないでしょ?」
「銃も壊れるところだったな」
「土屋の兄ちゃんまで……」
さすがに反論出来ない状況に翔はがっくりと肩を落とすのだった……
そして、同時刻。火災の発生しているパーティー会場では秀と蜻蛉の壮絶なバトルが繰り広げられていた。
さすがに火事となればそれまで気絶していた客達も意識を取り戻して全員が島の外へと逃げ出して行ったが、このパーティーに参加していたものは所詮は犯罪者だからと秀も蜻蛉も全く力を抑えることなく戦っていたのである。
「さて、地の利は完全に僕に傾いてきたと思いますがまだ戦いますか?」
火の海の中で何ら影響を受けない秀はこの無意味と分かっている戦いを終わらせるためにあえて火災を起こしたが、それでも蜻蛉は熱さに堪えながらも一歩も引こうとはしなかった。
「……引けないわけはその通信機で全て聞いているだろう?」
「ええ、武帝さえ消してしまえば終わるということぐらいは。だけどやはり鷹族の性なんですかね、絶対的なものを手にするまでは戦うことをやめないという点は二百代前と変わらない」
「当然だ。お前達天空族ももし、天空王が呪いをかけられて沙南姫が敵に取られたら自由には動けないだろう?」
その問い掛けに秀は口元に笑みをかたどった。そして、最も彼らしい言葉を吐いたのである。
「ええ、半分は正解ですけど半分はハズレです。なんせ、僕達は籠の中に入れられたところで大人しく飼われている鳥とは違いますから」
それは明らかに鷹族への皮肉であったが、秀が言おうとしていることの意味合いはそれだけではないことに蜻蛉は気づいていた。
「まぁ、きっとあなた達は逃げるタイミングを見極めようとしてはいるんでしょうけど、籠を壊すにはどうすればいいのかを考えあぐねている」
「……やはり天空族の軍師だな。こちらの突かれたくない部分を突いて来る」
「ええ、そういう性分ですからね。だからこのあたりで反旗を翻してみませんか? 武帝を引きずり出しさえすれば、僕が奴を締め上げて鳳凰の呪いを解かせますから」
「……鳥の女神殿はどうするんだ?」
鳳凰だけ助かっても、鳥の女神だけ助かっても意味はないのだ。だが、その答えを秀は持っていた。
「ええ、彼女がどんな状況かは分かりませんが、それを臨機応変さだけは持ってるちゃらんぽらん男が何とかしてくれますよ」
寧ろやってのけて当然だと秀の脳裏に過ぎったちゃらんぽらんも、すぐに鳥の女神と対峙することになる……
大変お待たせしました☆
久しぶりの更新です。
最近少し弱ってましたのでなかなか書き上げられず申し訳ないっ!!
さてさて、翔と合流出来た末っ子組達。
こちらはあっさり敵を倒して賑やかな模様。
まぁ、この場にグサグサいう人物達がいなくて良かったんだよ、翔。
秀とかいたらねぇ……?
そして、その腹黒い兄は火災を起こして完全に自分のテリトリーへと戦いをもっていってる上に武帝を倒しちまうぞ宣言。
おまけに啓吾兄さんが鳥の女神のことは何とかすること確定と……
でも、そう簡単にはいかないんだぞ??
では、次回もお楽しみに☆