第四十三話:勝ち気なもの
天宮に沙南姫が滞在するようになって数日。毎日彼女のお手製料理に天空族の面々は喜び、龍も桜姫がいない間、彼女がお茶を煎れてくれるので非常に心安らかに過ごしていた。
なんせ、啓星が煎れるとなれば間違いなく酒にすり替えられるに違いないのだから……
そして、沙南姫がいる間、龍以上に彼女の滞在を別の意味で一番楽しんでいるのが南天空太子こと秀である。
「あの、秀様……」
「はい、何ですか柳泉」
「その……、沙南姫様宛に送られてきたものを売り払うのはどうかと……」
沙南姫宛に送られてきたプレゼントの数々を物色し、商人に売り飛ばしている主の行動を柳泉は諌めるが、本人は許可はとってあるのでニッコリ笑って答えた。
「大丈夫ですよ。沙南姫様はいらないから好きにしてくれとおっしゃっていましたからね、だったら有効活用しようかと思いまして」
「でも、ちゃんとした贈り物もあるのでは……」
「それはきちんとお渡ししてますよ。あっ、でもこの薄絹は柳泉に着てもらいたいかな」
「秀様っ!」
「はい、じゃあ売りましょうね」
真っ赤になって抗議する柳泉に秀は声を立てて笑う。彼が売り払っているのはそういった類の危ない代物がほとんどだ。
その類があまりにも多く送り付けられてきては沙南姫も面倒であるため、秀に何とかするように頼んだのである。
だが、彼も消し炭にするのは勿体なくなってきたのか、どうせなら財源を得ようと結論づけたわけだ。なんせ、修繕費を稼がなくては天空王が頭を抱えるだろうし……
しかし、沙南姫にこれだけ送られて来ているというのなら当然、柳泉にもそれ相応のものも送られて来ているので、秀はきちんと彼女に伝えておくことにした。
「それと柳泉も私以外の男からプレゼントされたものは身につけてはいけませんよ? それを見た狼達は君が好意を持ってつけているとしか思いませんから」
「はい、秀様」
あくまでも主が従者を思って言っているようにも聞こえるが、間違いなく聞くものから言えば秀の独占欲丸出しとしか取られないだろう。
そこへ啓星も紗枝から預かってきた品々を重力で浮かせてやって来た。
「秀、こいつも商人に売っぱらってもらってくれ」
「うわっ、何ですかこの嫌がらせは!!」
「鷹族の変態からだ。これでも俺でも腹が立ったものは塵に変えたぐらいだ」
相変わらず自然界の女神様も好意を寄せられているようである。沙南姫とはまた違った、よりいっそう大人の香を漂わせるものが送り付けられて来たようだ。
しかし、その品々を見ながらも一つ柳泉に疑問が生じた。
「でも秀様、何故鷹族の太子は天宮に送って来るのでしょうか」
売られて利用されることは予想しなくても、こちらが処分して苛立つことぐらいは予想がつくはずである。それは啓星も思っていたことで視線を秀に向ければ、彼は有り得そうな答えを返した。
「そうですね、もしかしたら沙南姫様というより兄上に対する嫌がらせかもしれませんね」
「天空王様のですか?」
首を傾げる柳泉に秀は簡潔に説明した。啓星は大抵予測がついていたようだが。
「はい、沙南姫様と紗枝殿に対してこれだけ送り付けて来れば、そのうち天空族は動くと考えているのでしょう。兄上は自分に対する嫌がらせ程度では兵は動かしませんし、兄上に直接危害を加えることは私達がいる以上、まずさせませんからね」
その意見に柳泉は納得した。龍が戦を仕掛けるとなれば、だいたい沙南姫や紗枝を守るという名目からでしかない。
それに基本、平穏を望む主であるため、秀達が大抵のことは龍の耳に入る前に消し去ってしまっているのも事実なのだから……
しかし、啓星は壁に寄り掛かりながらもっともなことを告げる。
「だが、あの変態がそこまで考えてるとは思えないがな」
「ええ、おそらく誰かの入れ知恵でしょう。ただ、有能なものが傍にいるのかは謎ですけどね」
まだそのあたりは桜姫から連絡が入ってきていない。しかし、仕事の早い彼女のことだ、そろそろ自分達の前に現れる頃ではある。
その時、廊下をトタトタと急いでかけて来る音に三人は気付き、入口に視線を向けた。
「失礼します、兄上!」
「失礼します! 南天空太子様!」
装飾の施された黒衣を身につけた末っ子組は慌てた様子で部屋に駆け込んできた。ただ、日頃の教育が行き届いてるのか、挨拶をきちんとするのはさすがというべきか。
「おや、どうしましたか?」
どんな時でもというわけではないが、比較的落ち着いた物腰の秀は二人に問えば、彼等は呼吸を整えて事態を伝えた。
「大変なんです! 鷹族が天空族の領地に侵攻してきていると!」
「鷹族の雑兵程度でしたら翔にでも遊んでやれと伝えておきなさい」
「違うんです! 鷹族だけではなく、その他の鳥族の群れも攻めてきてるとのこと」
それに三人はそれぞれ表情を変える。そして、そろそろ情報を持ってくるだろうと話していた桜姫も偵察から戻って来たのだろう、ふわりと花びらを纏ってこの場に現れた。
「南天空太子様」
「桜姫、戦況は?」
「はい、こちらへは三十万の軍勢が攻め込んで来ております」
「へぇ、天空軍相手にそれはなかなかチャレンジャーだな」
「光帝の軍を討伐するために各鳥族は人員を割かれてますから」
通常、それだけの軍勢が攻め込んで来るというのは一大事ではあるのだが、その程度かと鼻で笑う強さを持っているのが天空軍である。
だからこそ、秀はどうせなら徹底的にやっておくかと勝気な笑みを浮かべて桜姫に命じた。
「いいでしょう。桜姫、翔と紫月に戦の支度をするように伝えなさい。あと、今回は私も出ますから」
「はっ!」
礼をとって桜姫はその場から姿を消す。そして、秀が戦場に出るというならと柳泉は秀と共に戦場へと思いスッと進み出たが、今回は理由が理由なので彼はそれをあくまでももっともな理由付けで却下することにした。
「柳泉、あなたはここに残りなさい。あの変態はあくまでも沙南姫を狙うはずですからね」
言葉ではそう告げていても内心はあの変態に柳泉を二度と晒したくないからである。そうしとけ、と啓星も軽く諌めたため、彼女は主の命に従うことにした。
「はい、沙南姫様は必ずお守りいたします」
「純、夢華、君達も沙南姫様と柳泉を守ってくださいね」
「はい!」
「かしこましました!」
実に良い返事に戦前の秀でも目元が優しくなってしまう。それだけこの末っ子組は頼もしく愛らしい。
そして、いつもは面倒だからとほとんど戦関係は任せっきりの啓星だったが、上を向いて何やら少し考えたあと切り出した。
「……秀、俺と桜姫も出る。ちょっとばかしあの変態に灸でも据えてやりてぇからな」
滅多に戦場に出ることのない啓星が珍しく口にした言葉に、柳泉と末っ子組は何か胸騒ぎを感じてならなかった。
はい、お待たせいたしました!
今回は秀のひどいところその一ということで(笑)
贈り物攻撃から相手の思惑を推測した一行。
でも、良いように利用するのが彼等なんですよね……
まぁ、太陽宮壊してたんで財源は必要だったんでしょうけど……
だけど売り飛ばすか普通……
そして、次回は戦ということで。
啓星が出るなんて普通はないらしいですが、どうも彼は何やら感じてる模様。
何か起こるという直感は良かったみたいなんですよね。
一体どんなことになるやら……
では、次回もお楽しみに☆