第三十九話:王の逆鱗
それは今から二百代前の話である。
その日、太陽宮で武道の手合わせと宴が行われるために天空族の面々は総出で訪れていた。
その間に天空族の住む天宮が攻められたらという心配はあるかもしれないが、そうしたければやってみろという面々しかいないため、いたって彼等は心置きなく太陽宮を訪れているわけである。
そして、武道は男共に任せておいて、この太陽宮の姫君である沙南の元に、南天空太子の従者である柳泉は彼女に連行される形で彼女の部屋でお茶を楽しんでいた、はずである……
「もう! 聞いてよ柳泉!」
「ええ、どうしたのですか?」
「敬語は無し!」
「うん、どうしたの?」
沙南姫は基本、柳泉を友人として見ているため敬語を使うことは禁止している。身分の違いはあれど、柳泉と対等でありたいと沙南姫は思っているわけだ。
ただし、本日の彼女は多少不機嫌である。寧ろ、柳泉がいなければ何かに八つ当たりしているぐらいに。
そして、彼女は不機嫌の理由である代物の数々を柳泉に見せた。
「これ、どう思う!?」
「うわぁ……」
彼女がそうとしか答えられない理由は至極簡単。俗に言ういかにも嫁に来いとしか言いようのない代物と夜伽の時の衣装がたんまりと山のように送られて来ていたのだ。
「これって嫌がらせよね? というより変態よね? 人として壊れてるわよね!?」
「天空王様にご相談された方がいいんじゃ……」
「う〜ん、だけど殿下にこれを見せるのもはしたない気がするのよね」
沙南姫の悩みはひどく納得出来た。確かに、嫁入り道具はともかく夜伽の代物は顔を真っ赤にするか天が落ちるかのどっちかだ。
それに沙南姫も基本は龍に相談するが、こういった内容はどうも相談しづらいようで……
その時、緑の優しい香のする女神が活気に満ちた顔をして部屋の中に入ってきた。
「やっほ〜!」
「紗枝様!」
「お久しぶりです、紗枝様」
自然界の女神こと、紗枝も太陽宮に招かれていたため時間を有意義に過ごそうと彼女達の元へやって来たのだ。
まぁ、夜は酒宴となるため、龍や啓星と飲むのだろうけれど……
ただ、沙南姫の部屋に入った紗枝は目に飛び込んできた代物に驚いた。
「何!? 沙南姫ってこんな趣味あったの!? それとも龍太子の趣味!?」
「違いますっ!!」
そんな趣味が合ってたまるか!とでもいうかのように瞬時に沙南姫は切り返した。まぁ、嫁入り道具にいたっては龍からプレゼントされたら喜ぶけれど。
「アハハハ……! ゴメン、ゴメン、冗談よ。で、どこの馬鹿が送り付けてきたの?」
「鷹族の太子」
「ああ、あの変態ハーレム馬鹿ね」
そこまでさらりと言うんだ……、という表情を柳泉は浮かべるが、紗枝も結構迷惑しているところがあるのでそれくらいは言いたいのである。
なんせ、沙南姫に熱を上げている癖に、自分の住家に訪れてひどい時には寝込みを襲われかけたのだから……
ただし、当然彼は返り討ちにあっているわけだが……
「よし! そういうことなら秀太子と啓星に頼めば大丈夫よ! 天空王の知らないところで勝手に片付けてくれるから」
「寧ろ面白がるんじゃ……」
「でしょうね。まっ、天空王に今日の武道会で叩きのめされても面白いかも」
寧ろ殺っても構わないと思っていることは口には出さないでおく。一応、女神という立場もあるし、沙南姫はともかく柳泉には少々刺激が強いだろう。
それに沙南姫に手を出すということは自然と柳泉も手ごめにしたいと企んで来るはずだ。そうなればあの二人が絶対消すだろうから……
その頃、太陽宮の武道場では正式な手合わせが行われる前に各々が軽い組み手を行っていたはずなのだが……
「せいっ!」
「やぁっ!」
その軽い組み手でも一際注目されている民族がいる。一割は二人の弟を同時に相手にしている龍の調子を伺うため、四割はその強さに呆気に取られ、残りは女性達の好意的な目だ。その証拠に黄色い声がかなり飛んでいる。
ただし、その中に冷静な声とピョンピョン飛びながら主を応援する可愛らしい声が混じっていた。
「翔様、踏み込みが甘いですよ!」
「純様! 頑張って〜!!」
翔と純の従者である紫月と夢華のものだ。龍に稽古を付けてもらっている二人を唯一、好意的ではあるもののうっとりせずに見ている。
それにしても二人掛かりで実にあっさりと攻撃をあまり避けずに受け、それから軽く返しているのはさすが天空王とというべきか。
そして、チラリと紫月は兄の啓星の方を向けば、相変わらず壁にもたれ掛かって昼寝中である。
少しは武道に精を出せばと思うが、稽古をしなくても秀と互角なのだから問題はないと言えばないが……
そんな手合いの最中、先にストレス発散と言わんばかりにあくまでもウォーミングアップという名目で暴れてきた秀は、実に爽やかな笑顔で龍達の元へやって来た。
「兄上」
「ああ、秀か。どうしたんだ?」
話しながら翔の蹴りを簡単に受け、さらに純の拳も掌で受けた後、一度中断と言わんばかりに二人を軽く弾く。
どこまで余裕なんだよ、と翔は少し不満そうな顔をしたがそれ以上の攻撃をしかけることはせず、純は礼に倣って両手を合わせてお辞儀した。
そして、秀は純には聞こえないように配慮して龍の傍で耳打ちした。
「それがですね、鷹族の馬鹿主が沙南姫様にたいそう卑猥なものを送り付けたようですよ。体が透けて見える白い薄衣とか」
「なっ……!」
「まぁ、兄上の前でいずれ着ることは」
「秀っ!!」
龍の大声に周りは注目し、それと同時に桜姫が啓星の横に立てば彼はうんと伸びをして立ち上がった。
さすがにそろそろ起きろということと、何やら桜姫が面白い情報を持ってきたということがその顔で理解出来た。
そして、相変わらず初な反応を返してくれた龍にクスクス笑いながらも秀は続ける。
「でも、少しだけ痛い目に合わせてやってください。沙南姫様、なかなか御立腹でしたから」
「それはそうだろうが……」
そういう嫌がらせを受けているのなら自分に話してくれればと思う。もちろん、内容が内容なだけに恥ずかしい部分もあるのかもしれないが。
「ああ、他にも嫁入り道具もあったみたいですね。やっぱり沙南姫様をハーレムにでも入れて夜伽の相手にでもするつもりなんでしょうかね?」
嫁入り道具、ハーレム、夜伽……。その単語の羅列にはさすがの龍も何かがキレた。あくまでも沙南姫を守るためという名目だけではなく、彼女に心底惚れている一人の男として。
「秀……」
「はい」
「これで戦になったら俺の責任にして構わないから」
「おや、寧ろなったら皆喜びますけど?」
間違いないな、と弟はもちろん、啓星や桜姫までもがコクコクと頷いている。どうやら龍の逆鱗に触れてしまったようだった。
久しぶりの二百代前の話しです。
コントが結構満載になりそうなお話になってくれそうな予感がしますが。
ただ、これが直結して鷹族と戦争になる訳ではありません。
そんな個人の一感情で戦争を本気でおっぱじめるような王ではないですからね、天空王殿は(笑)
しかし、どうしてあそこまで龍達を怨んでいくのかそのきっかけは次回に書きますのでお楽しみに☆
あっ、もちろん次回はドS達の酷さも分かると思いますので(笑)