第三十四話:礼と対価
蜻蛉が紫月を突き刺そうとした瞬間、翔が彼女の前に出て来てナイフを弾き飛ばし、さらに回し蹴りを繰り出すのを蜻蛉は後ろに飛んで避けた。
「翔君!」
「危なかったなぁ、紫月」
「危なくはないですよ。龍さん、ありがとうございます」
「いや、無事で良かった」
そう、龍は蜻蛉が紫月を突き刺そうとする前に重力を操って彼の動きを鈍らせたのだ。おまけに紫月も重力で蜻蛉から引き離したのだから。
そのやり取りに折角かっこよく紫月を守れたであろう翔は、やはり兄の力には敵わず微妙な表情を浮かべさせられるが、紫月はきちんと翔にも礼を述べる。
「翔君もありがとうございました。気持ちは確かに受け取りました」
「兄貴には負けたけど……」
「いつものことですからお気にせず」
それはきついんじゃないか……、と大人達は心の中でつっこむ。ただ、翔はガックリ肩を落しながらも一応、感謝はされているのだと思うことにした。紫月が素直に感情を表現することなどそうあるわけでもないのだし……
しかし、おしゃべりはそこまでだった。蜻蛉の闘気と龍の覇気がぶつかれば、辺りは緊張の糸が張り巡らされるのだから。
「お久し振りでございます、天空王様」
変わっていないと龍は思う。寧ろ、二百代前の蜻蛉となんら変わりもなく、桜姫と同じような感覚すら覚えるほどだ。
ただ、違うのは彼の行動。守るべきもののためということは同じではあるのだけれど。
「やはりお前が篠塚家を奇襲したのか」
「左様でございます」
龍を天空王として接する態度は変える気はないようだ。おそらくそれは沙南に対しても同じ。しかし、沙南がどこにいるのか勘繰るそぶりすら見せない。
桜姫からの連絡で、鳥の女神がこの島のどこかに幽閉されている可能性が高いと聞いてはいるため、おそらく篠塚家を奇襲したのもその所為だとは思うが……
「……お前ほどの武人に何故とは問わない。だが、天空王として問う」
心理的には効果があるかは微妙だった。しかし、自分を天宮龍としてより天空王として見ていることだけは定かで、出来ることなら聞き入れてもらいたいと思ったのだ。
「……蜻蛉、引く気はないのか?」
「鷹族の業にて敵前逃亡は出来ません。隊長と戦われるつもりでしょうが、それもこの蜻蛉を倒さない限り不可能と御思い下さい」
やはりダメかと思う。抱えているものが大きく、まだ人質を取り戻せていない以上反旗を翻すことなど出来ないのだろう。
ならば仕方ないと、龍は蜻蛉と対峙するしかないと力を解放しようとしたが、スッと翔と紫月が龍の前に進み出た。
「龍兄貴、ここは俺がやるから兄貴は先に進んでくれ」
「翔……」
「こいつ以上に鳳凰が強いっていうならちょっと厄介だし、それに俺だってたまには幹部級の奴と戦いたいしな」
「しかしだな……」
自称、天下無敵の三男坊殿は好戦的な笑みを浮かべて申し出てくれた。要するに一度仕掛けた相手と最後までケンカしたいという、いかにも翔らしい理由なんだろう。
ただ、翔だけでは下手を打てば負けると分かっているからこそ、紫月も龍を安心させるために申し出てくれた。
「龍さん、私もここに残ります。必ず追い付きますから先に行ってて下さい」
「すまない紫月ちゃん、翔がまた迷惑かけるが」
「いえ、二百代前から慣れてますので」
「おい、何でそんなにスムーズな会話になるんだよ」
それは紫月がしっかり者だからの一言で片付く。翔一人を残していくより、いろんな意味で安心できるからだ。迷惑をかけることだけは申し訳ないが……
しかし、きっと秀達がそのうち来てくれるだろうと思い、龍は先に進むことを決めた。もちろん、忠告だけはして。
「翔、風の力だけに頼るな。それと覚醒は出来るだけするな」
「分かってるって。意識ぶっ飛ばして島ごと吹き飛ばすわけにはいかないもんな」
龍と違い、覚醒時に意識を保てない翔が西天空太子の姿に戻れば、最悪力の暴走でどれだけの被害が出るかわからないのだ。笑っては答えてるが、冗談にならないことは翔も充分過ぎるほど分かっている。
「まっ、心配すんな! 蜻蛉をぶっ飛ばしてすぐに追い付くからよ!」
翔の顔付きが完全にケンカモードへと変わる。翔なりにいつもよりは気を引き締めなければまずい相手だと、さっきの動きで理解したのだろう。なんせ、相手は紫月より速いことは確実なのだから。
「……分かった。純! 下りて来い!」
「うん! 夢華ちゃん、捕まって」
「うん!」
「沙南ちゃん! そのまま飛び降りろ!」
「分かったわ!」
屋根裏で身を潜めていた末っ子組と沙南は龍の許可も出たと、純は夢華を抱えて飛び降り、沙南は地上にいた龍に受け止めてもらうとそのまま彼はテーブルを一蹴りして蜻蛉の上を舞い、紗枝達も龍を追い掛けてパーティー会場を後にした。
ただし、蜻蛉は龍達を追い掛けることなく翔と対峙したままだった。
「わざと行かせただろう」
「……隊長と天空王様は互角だからな」
翔に対して敬語は使わないらしい。一応、二百代前は太子だったのだが、どうも翔はあまり太子らしい扱いをされたことがないように思う。
まぁ、二百代前の翔は戦ばかりで、太子と認められていても怨みを買いまくってた天空族の突撃隊長でもあったのだから、兄達のように敬われる立場とは少し遠くても仕方がないのかもしれない。
「ふ〜ん、でもさ、戦う前に一つ聞きたいんだけどよ、なんで天空王様って敬称を付けてるわけ?」
意外と核心は突いているな、と紫月は思った。鷹族とは何度か好戦したが、蜻蛉は龍に対してきちんと礼を尽くして接していたのは確かだ。
それに対して蜻蛉は一旦沈黙を保ったが、いかにも彼の人柄らしい理由を述べてくれた。
「……どれだけ時が経とうと、光帝への敬意が変わらないからだ」
だから光帝が信頼していた龍に対しても、その態度を崩すつもりはないということなのだろう。
「だったらなんで沙南ちゃんを捕らえようとするんだよ! 沙南ちゃんは光帝の娘だったんだろ?」
「そうだ。だが、沙南姫に礼を尽くすことと我等の現主の望みを叶えることとは話が違う」
「態度は変えずとも、鷹族の馬鹿主に沙南ちゃんは差し出せるってことかよ!」
「そのとおりだ」
「ふざけんな!」
翔は怒声を上げた! とても筋が通っている話ではないと紫月も思うが、蜻蛉達の立場を冷静に考えればたどり着く答えの一つになってもおかしくはないのだ。ただ、翔はだからこそ怒っているのだ。
「鷹族は光帝を、沙南姫を守ることに命を掛けてたんだろ? それなのにどうしてそんな馬鹿げたことをしようとする!」
「それが我等の現代での答えだ。我等の守りたいものは過去を犠牲にしてでも」
「それがふざけてんだ! おまけに龍兄貴を侮辱してる行為で何が礼だ!」
翔は地を蹴って蜻蛉に殴り掛かると、彼は避けもせず大人しく一発殴られた。分かっているのだと紫月はそれだけで感じ取れた。
ただ、蜻蛉はその一撃だけしか許すつもりはなかった。
「西天空太子、今の一撃で天空王様への侮辱の対価としろ。こちらにも引けぬ理由はある!」
「なっ……!!」
気付いた時には蜻蛉は後ろに回り込んでいた……
どんだけ待たせてるんだ〜!!
はい、すみません!!
ちょっと最近忙しすぎて……
しかも睡魔に勝てず……
さて、ようやく翔の活躍がやって来ました!
いつも以上にスピードが速い相手に翔君はどう戦ってくれるのでしょうか。
秀と啓吾兄さんがいたら楽に倒せたかもしれませんが、彼等はまだ来ない……
だけど、久しぶりの激しいバトルになればいいなと思います。
最近そこまで長いバトル書いてませんからねぇ。
では、次回もお楽しみに☆