第三十一話:武帝
霧の中で桜姫は再び感覚を研ぎ澄ませた。烏帽子がいつ仕掛けて来るかは分からないが、纏った花びらが空気の流れを教えてくれる。
解放されない運命にあるといった烏帽子の言葉が引っ掛かるが、それでも鳳凰が逆らえないほどの力の持ち主を考えれば数名しか浮かんで来ず、龍が彼の味方につくことも考えればやはり機密院に従う理由が浮かばない。
それとも鳥の女神が手元にない以上、まだ裏切れないだけなのだろうか。
「良将軍、聞こえますか?」
『ああ、聞こえてる』
耳につけていたイヤリング型の通信機から宮岡の声が聞こえて来る。それと同時に、向こうは向こうでかなり荒れているらしく、何やら一騒動起こっているらしい。
「どうも鷹族はフラン社長と鳥の女神殿を人質にされて身動きが出来ない模様です」
『その鳥の女神というのは……』
「はい、おそらく現代の鳳凰の婚約者に当たる人物です。彼女が島のどこに幽閉されているのかが分かれば、主と鳳凰の戦いは避けられるかもしれませんが……」
『島にか?』
「はい、可能性は高いかと思われます。なんせ鳥の女神殿もかなりの美女です。あのクズのハーレム形成には事欠きませんから」
ついに馬鹿からクズにまでおちたのかと宮岡は苦笑する。ただ、彼女の辛口は非常に聞いていて楽しいのだけれど。
『まぁ、いる場所で予想が立つといえば宿泊棟の最上階、またはどっかの隠し部屋というところだろうが……』
「隠し部屋の位置は掴めそうですか?」
『やってみるよ』
「お願いします。こちらも敵を倒し次第合流致しますから」
そして、桜姫は通信を切った。
そんな桜姫の会話を聞きながら、烏帽子は霧の中で警戒を強める桜姫に狙いを付けつつ、あの忌ま忌ましい過去を思い出していた……
それは約十年前、まだ鳳凰も烏帽子も幼かった頃の話だ……
「ぐああっ!!」
「やめてくれぇ!! 死にたくない……!!」
「もうこれ以上は……」
来る日も来る日も人体実験。無理矢理こじ開けられた二百代前の記憶と力。ここにいる者達全ての力があればこの監獄を破ることが出来るかもしれないが、それを起こす気力と体力が無いものが多過ぎる。
無論、逆らったところでまた新たな支配者は現れて自分達は人体実験のサンプルとして扱われるだけだが……
しかしその日、大手の製薬会社の社長が実験場を訪れ彼等の運命を大きく変えるのだった。
「また新しい飼い主が来たのか……」
「ああ……、どうもこの実験場を破格の金額で買収したらしいな……」
いかにも上等な服を着て、多くのSPや白衣を着た科学者らしき者達を引き連れてやってきた男は辺りを一望するなり眉を引き攣らせたが、すぐに実験を中止するように促すと全ての者達が彼に注目した。
「聞いてくれ、私はデュパン社のフランというものだ。私は今日から君達の……」
新しい主だとその男は言わなかった。人体実験に携わっていた科学者達はSP達に悶絶させられて外に連れ出される。そして、その言葉を聞いた者達は耳を疑った。
「何って、言ったんだ……」
「確かに言いましたよね……」
呆然としていた被験者達に彼は穏やかな笑みを浮かべてこう告げたのだ。
「今日から君達の家族だ。すぐに君達の身体の治療に当たる。重傷を負ってる者、気分の悪い者はすぐに申告してくれ」
科学者だと思っていた者達は製薬会社に勤める薬剤師や医者だった。さらに実験場にはフランが呼んだ救命部隊も入り込んできて彼等の処置に当たる。
そんな中、フランはたった一人の少年のもとに歩み寄る。
「大丈夫かい? えっと……」
「ナンバー306」
「違うよ、君の本当の名前を知りたいんだ」
「……知らない、名前なんて」
「では、自分の過去の名前は?」
どうやら、自分達が二百代前の記憶や力を引き出されて人体実験を受けて来たことも把握しているらしい。それにその少年は自分の名を告げる。
「鳳凰……」
「じゃあ、君は今日から私の息子の鳳凰だ」
「……俺は日本人らしいが」
「ああ、私の妻も日本人だ。ただ、子供が出来なくてね、君が私の実の息子になってくれると嬉しいんだがな」
突然の申し出に鳳凰は唖然としたが、この時期には既に冷静だった性だろう、もっともなことを尋ねる。
「……他にも沢山子供はいるだろう?」
「ああ、彼等も私の家族だ。ただ、君はその中でもかなりの才能があると思ってね、家族を養うには働くことが重要だ。だから学を身につけて欲しいんだ。当然、好きなことをやりながらね」
一見、自分を利用しているような言葉だが、彼から与えられるものはまさに贅沢過ぎるまでの環境だ。何より、自分を見てくる目は澄んでいて他意がない。
「……そんなおいしい話が」
「ここにあるんだ、鳳凰。私は君の父親なんだから思う存分甘えなさい」
フランは優しく自分に微笑みかけてくれた。
それから数年は本当に幸せだった。鳳凰は留学して学を身につけ、好きだった武道に打ち込み、鷹族の者達はフランの恩に報いるために懸命に働いた。
そして、ついに運命の出会いが日本で待っていた……
「あっ、すみません」
「いえ……」
空港で軽くぶつかった女性に鳳凰は日常茶飯事の事とすぐにまた歩き出したが、ふと、足を止めて振り返ると、そこには転生した鳥の女神の姿があった。
「鳳凰殿?」
「……鳥の女神殿」
現代では別の名前もあるだろう、二百代前は自分が彼女を手に掛けた、それに偶然巡り会った自分を今も思ってくれているはずなど……
そう頭の中で渦は起こるが、そんなものは彼女の涙が全て払拭して気付けば彼女を抱きしめていた。
「もう、二度とあなたを離しません……」
しかし、また事件は起こる。鳥の女神と婚約することとなった鳳凰はフランに彼女を紹介すれば、彼はそれは嬉しそうに破顔した。
「そうか、新しい娘が出来るのか」
「父上、ありがとうございます」
「何を言っている。お前が幸せになってくれることが親孝行というものだ」
あの助けられた日からずっと、実の息子として接してくれたフランに鳳凰は再度頭を下げる。
やっと手に入れたのだ、二百代前とは違った幸せを……。これからは、それを守るために生きたらいいのだと……
その時! 突如、銃声と破裂音が響き渡り、さらに悲鳴や怒声も聞こえ出す!
「社長!」
「鳳凰殿!」
「隊長!!」
何事かと鳳凰は部屋に飛び込んできた自分の部下達に尋ねようとしたが、その前に彼等はその場にバタリと倒れ込む。
「お前達!!」
「父上! 動いてはなりません!!」
鳳凰の静止にフランは立ち止まり、彼はフランと鳥の女神を背に庇うようにして一歩進み出ると、部下達を一撃で倒した男がスウッと姿を現した。
その顔を忘れたくても忘れられるはずもない。彼の目の前に現れたのは縁を切りたくとも切れない人物だったからだ!
「……ようやく見付けた、鳳凰」
「くっ……!!」
「武帝……!!」
そう、鳳凰の目の前に現れた人物こそ、二百代前、彼の実の父親に当たる武帝だったのである……
はい、大変お待たせしました!
ちょっと遅いんじゃないの!と文句の一つや二つは受け付けますが……
つい、Eroticの方に時間を取られてしまいまして……
うん、もう一個の番外編のアクセス数がこっちの倍になってるという恐ろしいことになってまして……
さて、こっちは鳳凰の過去話街道まっしぐら。
龍がここしばらく出て来てないという恐ろしい事態に……
天空記の主人公っておそらく龍なんでしょうけど、周りの暴走ぶりが半端ないのでねぇ……
あっ、でもあと数話で悪の総大将が活躍するはずなので、待っていてくださいね☆