第三十話:桜姫VS烏帽子
上階へと続く踊り場で森と桜姫の目の前に現れた烏帽子は、霧の力を身に纏い冷たい視線を二人に向ける。桜姫も二百代前に彼女の力がどのようなものか実際に間近で見たことはあるが、その頃よりも現代の方が強くなってる気がした。
おそらく、彼女の力が強くなっている理由は、それなりの肉体改造をされているからなのだろうが……
「また美人くの一が出て来たな……」
「鷹族一の美人と名高いですから。ですが鼻の下を伸ばしてる場合はございません。森将軍は早く彩帆殿の元へ」
「ああ、殺される前に助けに行く」
という前に、彼女を誰かに触れさせると、いくらその人物が敵でも涙が出てくるほど悲惨な目に遭わせられるので、そうさせないためにも急ぎたいところだ。
それに桜姫が先程言っていた意味が事実ならば、無茶をさせるわけにはいかないのだから……
「それと森将軍、お願いがございますが」
「ああ」
「鷹族の馬鹿は沙南様を本妻にと考えていますが、私も二百代前も現代も非常に迷惑を被っておりますので、息の根だけは止めないようにしておいて下さい。私が殺りますから」
桜姫の表情がいつもの百倍は冷たくなった。例で挙げれば、森に対する辛口を告げるあの表情を遥かに凌ぐ冷たさというところだろうか。
森はただコクコクと頷くと、烏帽子の横を駆け抜けて上階へと向かって行くのだった。
「……攻撃されないのですか?」
「必要はないので、桜姫殿」
辿り付く前にやられると分かっていて追い掛ける必要はない。何より、いま目の前にいる桜姫をフリーにしてしまうことの方がよっぽど厄介なのだから。
そして、烏帽子は発する霧をさらに濃くして桜姫と対峙すれば、機密院に潜入して様々な情報を得ていた彼女は戦いを避けられるものならと彼女に提案した。
「烏帽子、主に全てを賭けてみてはいかがですか? 少なくとも、あなた達の目的は達成出来るはずです」
「……桜姫殿、天空王様がお強いことは百も承知。ですが、私達は主のために生きるもの。敵である天空王様に我等の呪縛を解くことなど不可能」
「だからあの馬鹿主の言いなりになっているのですか? かつては光帝に仕えていたあなた達が、いえ、鳥の女神殿をこの現代でも犠牲にしてまで!!」
いきなり投げられたクナイを桜姫は後ろに跳んで避ける。どうやら鳥の女神については触れてはいけない内容らしい。烏帽子は先程よりもさらに冷たい視線で桜姫を射ぬいてきた。
「桜姫殿、それが隊長が下した決断です。それに鳥の女神殿は二百代前、光帝を滅ぼす手引をした者。犠牲にすることに迷いなどありません」
「鳳凰殿が彼女を愛していたことを知っているのに、そう言い切れますか?」
「それが鷹族の業。だからこそ、隊長は隊長でいられるのです」
全ては主のために命を掛けるのが鷹族の業、さらにその隊長となればよりその比重は重くなり、主のために周りを犠牲にすることを躊躇うわけにはいかないのだ。
例え、それが自分が愛すべき者だったとしてもだ……
「同じような立場といえども、主が無能だとこうも違うものですか……」
「天空王様がご立派なことは認めましょう。でも、あの方と沙南姫の性で天界は無に帰した! 直接手を下さなくとも、あの方達が全ての元凶です!!」
再び放たれたくないを今度は花びらで塞ぐと同時に、辺りは一気に霧で真っ白になった。
どうやらこちらの目をくらませて攻撃をしかけてくるのだろうと桜姫は花びらを纏って感覚を研ぎ澄ます。
「桜姫殿、覚悟!!」
「くっ……!!」
いきなり上からクナイを突き刺そうと襲い掛かってきた烏帽子の攻撃を花びらの盾で防ぐ。しかし、それを受けたのもつかの間、彼女は桜姫の背後から現れその背中を蹴り飛ばした!
「……!! 幻術!!」
蹴った体がすぐに花びらと変わって烏帽子に襲い掛かってきたが、彼女もさすがは元は光帝の親衛隊にあった身分か、それを全て弾き落としてさらに霧を発生させて隠れる。
その一連の動きを見ていた桜姫は、やはり簡単には倒されてくれないかと瞳の色を青く輝かせて力を解放する。
この濃い霧の中では、いくら桜姫といえども戦いにくいのは事実だ。それに相手のスピードはまだまだ上がることを彼女は知っているのだから。
「烏帽子、もう一度だけ言います。主に全てを掛けることは出来ないのですか? 主なら鳥の女神殿もあなた達の恩人に当たるフラン社長も救ってくださいます」
「……!! やはり知ったのですか、桜姫殿……!!」
核心を突かれ烏帽子はさすがに表情を歪めた。おそらく彼女のことだ、自分達の過去まで掴んだのだろう。思い出したくもない、フラン社長に救われるまで自分達が受けてきたあの忌ま忌ましい過去を……!!
「ええ、機密院のデーターバンクの中に鷹族に投与された薬物の数々と過去の人体実験の結果を見つけました。
さらにこの麻薬パーティーもただの取引だけではなく、薬漬けにした者達の売買まで行うために開かれていたものだとも知りましたよ。でも……!」
桜姫は花びらを烏帽子に叩き付けながら、心の底から同じ立場のものとして問い質す!
「何故、鳥の女神殿までがその売買の商品にされてまであなた達はあの馬鹿に従うのですか! 特に烏帽子! いくら鳳凰殿が隊長だといえども、あなたは逆らってでも鳥の女神殿を救える力は持っているはずです!」
機密院の力は世界的に見ればかなり大きな組織だとは言える。鳳凰もどれだけ強いといっても体は一つ、まずはフラン社長を二百代前のしがらみに巻き込まない為に鳥の女神を売るという決断をしたのだろう。
それに鳥の女神はこの島の中にいるのだ、どこかで必ず救い出せるというチャンスも彼は考えていたに違いない。
しかし、現実は違っている。龍達がここまで暴れて機密院の兵力は落ちているにもかかわらず、誰も彼女を助けに行くどころか龍達を妨害することに専念しているのだから!!
「……鷹族の主だけなら、私達はこんなところに捕われることも鳥の女神殿を機密院に渡すこともしてはおりません。それに隊長の命令に背いてでも女神殿を助けたいと今だって思っています……!!」
本来なら、この現代で仕えるべき主はフラン社長と鳥の女神だと鷹族の誰もが過去に解放されたあの日に思っていたのだ。
「だったら何故……!!」
力と力が衝突し、それは互いに一歩も引かないと閃光が部屋を走り、互いの肌に傷を作っていく。
「……!! 私達は解放されない運命に遭ったからです……!!」
そう、あの忌まわしき過去と現在は繋がっていたのだから……
はい、お待たせいたしました!
今回も今回でまたお話の核心に迫ってきたような感じでしたが……
うん、すっかりバレンタインデーから遠退いてきた話になってるような……
さて、どうやら鳳凰達が鷹族の主に従っている理由の一つにあげられてるのが鳥の女神とフラン社長らしいです。
あっ、忘れられてるかもしれないので、龍達がパーティー会場で会ったデュパン社の社長です。
このフラン社長という人物が鷹族の恩人らしいんですけど、一体過去に何が……というのが次回のお話です。
なんせ、鳳凰が仕えるべき主と認めた人ですからね。
では、次回もお楽しみに☆