第二十八話:記されなかった歴史
それは二百代前に起こった全てが滅びる前の事件……
その日、太陽宮に沙南姫の姿がなかったのは、たまたま天宮に彼女が遊びに行っていたからだった。しかし、もしここで彼女がいたのなら、また歴史は変わっていたのだろう。
「鳳凰殿」
「これは鳥の女神殿……」
夜に訪れた鳥の女神に鳳凰は頭を下げる。凛とした雰囲気が印象的な少し冷たいイメージを与えるような女神だが、人を慈しむ女神であり、鳳凰も彼女には主と同等の礼を払っていた。
もちろん、鳥族の頂点に位置する女神でもあるため、自然と鳳凰も頭を下げてしまうのだが。
「御務めご苦労様です。鳳凰殿」
「いえ、鳥の女神殿こそ」
月並みな挨拶を交わして鳳凰は頭を上げると、どこかやつれたようなイメージを彼女から受けた。連日の戦が彼女を弱らせているのかもしれないが……
「少し御痩せになられましたか?」
「……そうかもしれません。多くの鳥の民族が戦に向かって傷付いていきますから……」
悲しそうに笑うからこそ余計に見ていて痛々しくなる。彼女はいつだって戦となれば先陣をも任せられる女神だ。そのために自分の配下となる者達の死を間近で見なければならないことも少なくはない。
「主上は貴女に何度も討伐令を出されてると聞きます。ですが、少しお休みになられた方が……」
「ええ、ですから……」
ふわりと鳥の女神は鳳凰の胸に飛び込んでそっと背に腕を回す。それに鳳凰も少々驚いたが、すぐに抱きしめ返すようなことはしなかった。それは彼にとっては無礼な行いだと位置づけられていたから……
「今宵は……あなたのもとで休ませて下さい。すぐに戦となります、その前にあなたと……」
「……鳥の女神殿、それは許されることではございません。鳥族の長である貴女と光帝の近衛兵である私、いや、武帝の情けで生まれた私とでは釣り合いません。どうかお察し下さい」
「鳳凰殿は、私が御嫌いですか?」
胸をついて来るような言葉に鳳凰は何も返せなかった。嫌いなわけがない、光帝の近衛兵として抜擢されていなければ、彼女に仕えたいとすら思ったことさえある。
だが、武人としての自分が彼女の望みに答えることは出来ない……
「鳥の女神殿、私の主は光帝であり貴女ではない。どうか……」
「私は……、鳳凰殿を愛しています……。それは迷惑でしかございませんか?」
「……それは身にあまる誉れです。でも、私では貴女を幸せには出来ません……」
武の道にしか生きることの出来ない鳳凰にとって、鳥の女神を幸せにすることなど不可能でしかないと分かっていた。
障害があるからだけではない、光帝と鳥の女神を秤に掛けられたとき、自分は真っ先に主の元へ駆け付けるに違いないと分かるからだ。
「……でしたら一つだけ我が儘を聞いてください。次の戦で私は命を落とすでしょうから……」
「女神殿……そんなはずは……」
「相手は天空軍。そして、あなた方の敵となります」
「馬鹿な……! だったら何故ここに!!」
戦前の敵陣に鳥の長が乗り込むなど自殺行為もいいところだ! それに一人出来たのなら尚更、裏切り者として殺される事だって考えられるというのに……!!
「それでも鳳凰殿に思いを伝えたかったのです。ですから、一度だけでいい、口づけを与えてください……」
自分達と戦って鳥の女神が生き残れる可能性は極めて低い。自分の民族が天空族に討伐された時でさえ非情に徹し切れたというのに、彼女にはとてもそんな感情を抱けなかった。だが、鳳凰はやりきれない表情を隠すことなく最後に尋ねる。
「私達の元へ貴女だけでも投降出来ないのですか……!」
「……貴方が光帝を守るように、私にも長としての務めがあります。だから……!」
鳳凰は力強く彼女を抱きしめた。冷静な彼が戦以外で初めて見せるような必死さを彼女にぶつける! それはここで彼女を失いたくないと思うからこそだ。
「でしたら、いま貴女を拘束します! そして、貴女を戦場ヘは行かせない!!」
死ぬことを覚悟して彼女が戦地に赴くというのなら、今この場で拘束してしまえばいい。そして、この戦に勝てば彼女は何者にも囚われる事もなく自由になれるのだから……
「鳳凰殿……」
それはほんの数秒だけの幸せな時間だった。鳥の女神の望みは叶えられたその直後、惨劇は起こる!!
「きゃああああ!!」
「敵襲!! 神兵だぁ!!」
「光帝をお守りしろ!!」
怒声と悲鳴が太陽宮に響き渡る! 鳳凰はすぐに鳥の女神の手を引いて、まずは彼女を安全な場所へと匿わなければならないと駆け出そうとしたが、彼女は一歩も動こうとはしなかった。
「鳥の女神殿、ここは危険です。貴女なら天空王が匿ってくださいます。どうか、ここからお逃げ下さい」
「それは出来ません……」
「何故……!」
喉元に突き付けられた細剣が答えだった。彼女が次に戦わなければならないのが天空軍。そして、それに加勢する光帝の勢力も当然敵であるということ。何より、いま彼女は殺気を自分に叩き付けている。
「何故このような事を……!!」
「主上の命令だからです……!!」
それが答えだった。主上はついに自分達を滅ぼすために動き始めたということ、そして、一番の狙いは天空王だという噂も本当だったのかと彼は悟る。
先程の言葉も、自分を光帝の元へと行かせない時間稼ぎだとすれば随分落ちたものだと呪いたくなったが、彼は主の強さも心得ていたため焦りも見せず静かに彼女を見据えた。
「剣を引いてください、鳥の女神」
「引きません。そして、刃向かうというのなら……!!」
剣閃が交わる、力が衝突する、だが……それは彼女が覚悟していた未来を彼女自身が引き寄せた結果だった……
そう、最初から決めていたのだ。だからこそ、彼女はほんの一瞬だけでも愛しきものの愛に触れたかったのだ……
「……やはり、あなたは武人ですね」
穏やかな笑みを浮かべたあと、彼女の衣は赤くドンドン染まっていった。ただでさえも達人の域に達する鳳凰の斬撃に彼女は迷うことなく飛び込んだのだから……!!
「でも、どうせ命を落とすなら、せめて……愛するあなたに殺されたかった……」
「女神殿……!!」
崩れた鳥の女神の体を受け止めるが、自ら致命傷を負いに飛び込んできた彼女を救う方法など鳳凰は持っていなかった。それはどんな名医ですら諦めてしまうほどの斬り傷で……
しかし、彼女は呼吸を乱しながらも悔いてなどいなかった。愛するものの腕の中で息を引き取れるのだからと。死が近付いて来る意識は朦朧とするが、それでも涙と一緒に思いは溢れ出す……
「私は……ずっと……、貴方、のそばに……寄り添…ていた、かっ……」
「女神殿……? 女神殿ーーー!!!」
その後、太陽宮は壊滅に陥り、鳳凰は主も鳥の女神も守れなかったことにより自害した……
しかし、この悲しき事件の全貌は天空記に記されてはいなかったのである……
おっと、今回は龍達が全く出て来てないぞ!?
というより、二百代前の鳳凰と鳥の女神の悲しき恋物語となってしまいまして……
鳳凰が下した苦渋の決断とは鳥の女神を殺してしまったことみたいですね。
思いが通じても太陽宮の襲撃に荷担した鳥の女神をバッサリ斬るという……
普通は出来ません、そんなに早い切り替えなんて出来るわけがございません。
だけど、ためらいなく斬ることを選んだ鳳凰だからこそ、鳥の女神は彼を武人だと言ったのでしょうが……
さて、そして気になって来るのが現代の鳳凰の事情。
彼が鷹族の主に付き従ってる理由と現代に鳥の女神は転生しているのかどうかということですが……
また謎が増えたんじゃないか??