第二十四話:闇の女帝の作戦
機密院とは名ばかりのホテルのロイヤルスウィートの一室に、鷹族の暗愚な主といわれた青年は薄衣を羽織らせた女達を抱きながら、彼の親衛隊隊長の男の名を呼んだ。
「鳳凰はいるか」
「はっ!」
呼ばれて瞬時に、紅い胴着に腰に剣を帯びた青年は主の前で膝立ちになる。その頬には刀剣の傷があるが、彼の武人としての誇り高さをより引き立てていた。もちろん、もともと美丈夫ではあるが。
それから彼の主は欲望に満ちた笑みを浮かべながら彼に尋ねる。
「沙南姫がここに来たみたいだな」
「はい」
「そうか、ついに私のものになるか。だが、練習台も数人欲しいしな……」
鳳凰の眉が一瞬ぴくりと動くが、彼は全く感情を表に出さず主の話を聞いている。
「鳳凰、お前は誰がいい?」
「主が欲するものに従者は手を出したりしません」
「そうか。だが、私は沙南姫を一人でいたぶるつもりはない。お前にも手伝ってもらう。元主の娘との狂宴も悪くないだろう?」
「からかうのはお止め下さい」
「ハッハッハッ……!! すまない。だが、お前はいい体をしてるからな。そうだな」
悪戯を思い付いたように、主は両腕に抱き寄せていた女達に目で訴えると、彼女達はうっとりとした表情ですっと立ち上がり鳳凰に擦り寄ってきた。
「命令だ。私の前でこの女達を抱け。私に抱かれるだけじゃなくたまには違う刺激も必要だろ」
「ありがとうございます、主……」
「鳳凰様、こちらへいらっしゃって……」
彼女達はスッと手を取るが、彼はその手を取らなかった。それよりもやるべきことがあると分かっていたからだ。
鳳凰は立ち上がると一度頭を下げて主に詫び、それから上申した。
「申し訳ございませんが、その時間はないかと」
「何故だ?」
「天空王は私でなければ止められませんので失礼いたします」
そして、彼はフッと瞬時にその場から姿を消したのだった。
宿泊棟とパーティー会場のある棟を結ぶ渡り廊下に鳳凰は差し掛かり外へ視線を向ければ、すでに厳戒令が敷かれており、ホテルや灯台の光りが島中に走らされていた。
それを眺めながら考え事をしていると、ふと空間が歪んだことに気付く。
「隊長」
「蜻蛉か」
「はい」
歪んだ空間から一人の男が姿を表す。彼もまた頬に傷を持っていた。そして、この蜻蛉という男こそ、先日紫月と対峙した武道家である。
やけに静かな渡り廊下で、彼はこれから自分達がするであろう行動について尋ねる。
「沙南姫様を捕らえるおつもりで?」
「それだけじゃない。予定通り、啓星の妹達と女神達も捕らえろ。桜姫は……」
「私が捕らえます」
新たな空間の歪みが発生して、そこに美しいくのいちのような女が現れた。彼女の持つ空気はどこか桜姫に似ているところがある。
「烏帽子……」
「あれほどの幻術使いを倒せるものは鷹族でも限られております。その役目は私に……」
彼女が頭を下げるのは自分を慕ってくれているからこそ。そして、彼女の言う通り、桜姫を止められるものはそういるわけではないのは事実だ。
「分かった。それと蜻蛉、天空王は今どこに?」
「はっ、それが見失っていると……」
「そうか」
それに特に焦った様子はなく、鳳凰は返す。侵入しているというなら、必ず自分と見えることになるだろうからと……
無人島に停船した一行はすぐに不審者として取り囲まれたが、面倒だからと龍が重力であっさり片付け、秀が彼等の持っていた通信機で見失ったと報告を入れたあと、彼等が着ていた服を拝借して侵入することにした。
そして、軍服とライフル銃を剥奪した森といえば……
「森お兄ちゃん、違和感ないよねぇ?」
「まっ、自衛隊だからな」
「でも、龍お兄ちゃんはもっとかっこいいよね!」
「お嬢ちゃん、凹むからはっきり言わないでくれ……」
「ほえ??」
実に無邪気に凹ましてくれる夢華はさすがである。因みに彼女は特に着替えず、モフッとした耳あてに真っ白なコートという出で立ちのままだ。
そして、夢華が絶賛する龍の恰好はSP。サングラスまで着用しているのは、すぐにばれないよう素顔を隠すため。その隣で秀も同じブラックスーツを着用して立てば、どこまで敗北感を味合わなければならないんだろうかと森は肩を落とした。
「さて、この恰好なら怪しまれずに潜入出来るかな」
「ええ。ただ、どれだけバレずに済むかですけどね」
「出来るならそのままバレずに済ませたいけどな」
それは絶対無理だろうな、と一行は同時に思う。あくまでも悪の総大将は穏便に事を進めたい主義だ。
すると、桜姫は服装を青の装束に変えて龍の前に立った。その表情は戦前のものだ。
「主、私は一旦別行動を取らせていただきます。麻薬パーティーの会場内に侵入致しますので」
「大丈夫か?」
「ご心配なく。通信はいつでも取れるようにしておきますので」
「分かった。何かあればすぐに駆け付けるから」
「勿体なきお言葉。主も沙南様から離れることの無きよう」
それだけ告げて桜姫は花びらとなってその場から姿を消した。きっと彼女なら大丈夫だろうと信じて……
「さっ、こっちも行こうか」
「待て、天宮龍」
行動を開始しようとした龍を闇の女帝は引き止めた。一体何事かと、一行は彼女に視線を向ける。
「おそらくあの愚鈍な主は宿泊棟の最上階にいるはずだ。やけに趣味の悪そうな明かりがついてるからな」
「それでどうするつもりだと?」
「天宮龍、お前が本気を出せば鳳凰を何分で倒せる?」
勝てぬ事はないだろう、という目に龍は目を閉じて考える。あの強さを相手にするとなれば、瞬時というわけには到底いかないのだ。
「鳳凰があの当時と同じ強さのままだと言うなら、三十分程度です。天の力を解放すればさらに短くは出来ますが……」
「そうか、ならば三十分以内にあの部屋まで辿り着け。ああ、菅原森。お前は妾に付き合え」
「へっ?」
いきなり指名された森は素っ頓狂な声を上げるが、闇の女帝は微笑を浮かべてその理由を答えた。
「お前は爆弾についての知識だけはあるだろう?」
「そりゃ自衛隊の端くれだし……」
「ならばあの最上階を吹き飛ばせ。命令だ」
「なんでだ!?」
その理由になるほど、と秀はすぐに納得した。どう転んでも彼女の作戦は有効的である。
「天宮龍達は鷹族の相手に集中、桜姫は内部の密偵、あと必要なのは陽動だろう?」
「ああ、まぁ……」
「だからお前にその役目をやらせてやる。数ヶ所で騒動が起こればいやでも鷹族は分散せざるを得ない。鳳凰はお前と違って頭の切れる男だからな、ある程度こちらの作戦に気づいておるはずじゃ」
なんでそこで馬鹿呼ばわりされるのかと思うが、闇の女帝の意見はおそらくその通りだろうからと森は抗議することを我慢した。
「そこでだ、今回ターゲットの中に妾も入っておる。妾が敵本陣に乗り込み、天宮龍達が別の場所で暴れてるとなれば、鳳凰はどちらかに赴かなければならなくなる」
「つまり、龍達の方に行けばそのまま暗愚な主を女帝がしばき、俺達のところに鳳凰が来たとして最悪負けても連れていかれるのは最上階だから……」
「その場で妾があの馬鹿を殺せばいい」
「おい、だったら俺って……」
そう、たどり着く答えは一つ……
「ああ、最悪死んでしまうだろうが世の中に悪いことは何一つとしてない。それに妾も出来るなら余計な力は使いたくはないからな」
さすが女帝だ……!と思いながらも、その作戦はさらに秀の策も付け加えられて採用されることになった……
さて、今回は闇の女帝の作戦が採用決定!
因みに彼女が本陣に乗り込むと決めた理由は、鷹族の暗愚な主に側室として来いといわれてシバきたいからという理由からです(笑)
森を連れていくのも死んでも構わない、ある程度は何とかするからという理由から。
化け物級は天宮兄弟に放たれるに決まってますからね。
そして、現代で鳳凰が初登場。
蜻蛉と烏帽子というくのいちが彼のしたにいるらしく、何やらバトルの予感。
さぁ、次回は一体鳳凰がどう仕掛けて来るのかお楽しみに☆