第二十一話:殴り込み決定
翔を誘惑した女と翔を担いで走るウエイターはホテルの裏口から人気の少ない駐車場に出て、そこで待機しているブラックワゴンの仲間の元へ急いだ。
「急ぎなさい、天空王に追いつかれたら厄介だわ」
「はっ!」
女の命令にウエイターも足を早める。だが、車のドアを開ければ、その中では既に泡を吹いて倒れている仲間がいた。一体、何が起こったのかと思った瞬間、突然ウエイターの足に鋭い痛みが走り彼は翔を地面に落とす。
「なっ……!」
女は狙撃してきた方を向けば、数枚の花びらが彼女の肌を切り裂く。その痛みに顔を歪めながらも、女は街灯の上に立つ花びらを纏ったスーツ姿の女を発見してその名を叫んだ!
「桜姫!!」
「機密院のスパイが翔様をどこにお連れするつもりですか?」
「くっ……!」
再度、鋭い花びらが女を切り付ける。それに女は怒りで目を赤くして怒鳴り声を上げた!
「たかが従者の分際が!!」
「ですが、あなたより私の方が強い」
あっさり桜姫は切り返す。女とウエイターの二人程度、桜姫にとっては全くといっていいほど相手になりはしない。
だが、桜姫はあくまでも辛口である。こちらに危害を加えようとしているものに対しては容赦なくそれを発揮した。
「さらに申し上げれば、どれだけの色香を纏おうとも、主達はあなた程度では相手にもなさいませんよ」
「何を!!」
「少なくとも、翔様のあなたに対する第一印象はスイカです」
数秒間、その場に沈黙が訪れたが、それは自分の容姿に多少なりとも自信を持ってる女にとって、侮辱以外の何物でもなかった。特に自分より美女である桜姫に見下されてるあたり、効果はより覿面である。
「桜姫!!」
女は顔を真っ赤にして怒声を上げると同時に、東の空から鷹の化け物の群れが来襲した。
それに桜姫は若干柳眉を吊り上げたものの、特に慌てた様子もなく再度女を見下ろした。
「鷹の群れ、でございますか」
「いくらお前でもこれだけ相手には出来やしない!」
「確かに少々厄介ですが、あなた達の組織が用意していた麻薬を使えば問題ありません」
桜姫はスーツの胸ポケットから麻薬を取り出した。それは今日の取引で渡す手筈となっていた一つだ。
つまり、彼女がそれを手にしているということは、取引相手は既に片付けられているということ。
「モエのシャンパンに麻薬を入れて富豪達に売ればさぞ、荒稼ぎが出来たことでしょうが、主の御手を煩わせた報いは受けていただきます」
「嘗めるなぁ!!」
女は街灯の上に立つ桜姫の元まで飛び上がり、鋭い爪を立てて切り裂こうとしたが、桜姫はそれを後ろに跳んで避け、別の街灯の上にふわりと降り立つ。
「さすがは鷹族、下っ端でもその程度の動きは可能なのですね」
「ほざくな!!」
さらに女は爪を立てて桜姫に突っ込んできたが、桜姫はそれもふわりと避ける。しかし、空中でウエイターが後ろから桜姫の取り押さえた!
「鷹絵! やれ!!」
「死ね!! 桜姫!!」
鷹絵と言われた女は桜姫を真っ二つに切り裂いたが、桜姫から流れ出てきたのは血ではなく花びら。そして、それが二人に襲い掛かる!
「なっ……!!」
「幻術!!」
一体どこに消えたかと二人は辺りを見渡すが、そこには鷹の化け物の大群が自分達と同じように花びらで身動きが取れなくされているだけ。
すると、どこからともなく甘い香が花びらに混ざり始めた。それは間違いなく桜姫が持っていたあの麻薬だ!
「酔いしれなさい……」
「うっ……!」
「桜姫……」
鷹絵とウエイターは倒れ、免疫が人間よりある性か鷹の群れはその場から去っていった。
それから桜姫はその場に姿を現し、すっかり寝こけている翔の前に立ったところへ龍達が駆け付ける。
「桜姫!」
「主」
桜姫は膝を折って頭を下げる。正装した龍とは今宵、初めて会ったのだ。いつも以上の風格につい膝を折ってしまうのは致し方ないことである。
しかし、龍も最近は慣れてきたのか、そこをつっこむことはなくなった。ただ、相手が膝を折れば折るのが龍らしいのだけれど。
「すまない、手を煩わせた」
「いいえ、当然のことです」
桜姫は綺麗な笑みを浮かべて答え、龍もそれに微笑み返すが、すぐにその表情は変化した。そう、彼は悪の総大将であり天宮家の家長なのだから。
それから倒れていた翔を起こすために、秀は一度ぐらい痛い目を見せようかと思ったが、珍しく彼はその気をおさめて翔を揺さぶる。
「翔君、起きなさい」
「んにゃ〜? 秀兄貴……」
「翔君、今回は可哀相なことになりそうなので、僕は勘弁してあげますよ」
「へっ?」
間の抜けた声を出した途端、翔の背後から龍が痛恨の一撃を繰り出した。それに末っ子組は痛そう〜、と非常に素直な感想を抱く。
「でぇ〜〜!!」
「このバカモンがぁ!! あれほど油断するなと言っておいただろうが!!」
「だからって殴るだぁ!!」
抗議してる最中に重力で沈められる。やったのはもちろん、シスコンの中ボスである。明王顔負けの殺気を纏う理由はいろいろあるが、九割方紫月を一人にした責任が原因である。
「三男坊、紫月から離れるなと言っておいたよな? もし、紫月に何かあったらどう死ぬ気だったんだ?」
「いっ……!」
俯せにされた状態で目の前でタバコをすり潰されるあたり、今からどれだけひどい目に合わされるのかと恐怖を覚えるが、今回一番キレているのは紫月である。
「兄さん、どいて下さい」
特にバックに何かを背負っているわけではないが、少なくとも冷たい視線で翔を見下しているのは事実だ。
「し、紫月……!」
「翔君、チョコレートよりスイカの方がよろしかったんですか?」
「まさか!! 紫月のチョコレートの方が何億倍も良いに決まってるやい!」
「そうですか。ですが!!」
翔を切り裂かんとするまでのかまいたちが拳と同時に振り下ろされ、アスファルトはズタズタな穴をあけた。一行は絶対そのうち殺されるな、との同情に近い感情を抱く。
「次にあんな罠にかかったりなんかしたら、翔君を料理しますから」
「は、はい……! もう二度と離れません……」
「んだと三男坊! 今度は俺に殺されたいのか!?」
「啓吾さんが離れるなって言ったじゃないか!!」
そんな騒がしい一行を尻目に、土屋は倒れていた鷹絵とウエイターに手錠をかけ、部下達に連行するように連絡を入れた。もちろん、自分はさらに追跡すると伝えて。
「とりあえず、こいつらは署で洗いざらい吐かせるとしてだ、それより桜姫君」
「はい」
「麻薬の取引先にやっぱり大日本製薬は絡んでたかい?」
「はい。淳将軍のおっしゃっていたとおり、会社丸ごと絡んでいた状況でした。しかも、それを告発しようとした者達も薬漬けにされてる状態です。
聖蘭病院にしばらく薬物患者が搬送される件数が増加傾向にあったのも、大日本製薬に関わりのある人物が大半でした」
「そうか、悪かったね、スパイ行動なんてしてもらって」
「いいえ、報酬はたっぷり頂きましたから」
ニッコリ笑う桜姫が一体何をもらったのかは少々気になるところだが、龍はそれには触れないでおくことにした。
それに今の話を聞く限り、自分がやらなければならないことがはっきりしたのだ。それは医者としての性が告げること。
「桜姫」
「はい」
「うちにこれ以上麻薬を関わらせるわけにはいかない。桜姫、黒幕はどこにいる」
「機密院の本部になります。乗り込まれますか?」
「ああ、案内してくれ」
「かしこまりました」
一行はついに殴り込みを開始することになる。
遅くなってすみませんでした!!
はい、今回は桜姫の活躍ということでしたが、いかがだったでしょうか?
まず、今回桜姫は土屋に頼まれて大日本製薬のスパイとして乗り込んでいた模様。
スーツの方が動きやすいといってたのも、本当にあちこち移動するためだったみたいですね。
因みに宮岡さんが桜姫に付けたコサージュ、本編では書いてませんが、あれが通信機となっていたという設定があります。
翔にすぐ追いつけたのもそのおかげです。
そして、ついに殴り込み決定。
次回からバトルとギャグのお話に走っていきそうな……
でも、恋愛要素は入れたい……