第十二話:作戦会議
玄関のチャイムが鳴り響き沙南はリビングから出て扉を開けると、賑やかな来客者達がたくさんのお土産をもって天宮家を訪れた。とはいえども、八割方が酒ではあるのだけれど……
「邪魔するぞ〜!!」
「お邪魔します」
「お邪魔致します」
森、宮岡、桜姫の三人はそれぞれ個性的な挨拶を告げる。それに沙南は満面の笑顔で彼等を迎え入れた。
「皆さんいらっしゃい!」
「オウ! お姫様、哀れな将軍に愛の手を」
沙南に抱き着こうとした森にいち早く宮岡は反応し、頭を押さえて床に沈めた。花びらが数枚散っているのは、間違いなく桜姫が森を刻もうとしたからである。
「沙南ちゃん、馬鹿にやることはないぞ」
「全くです。沙南様に触ようなどと無礼な。沙南様、つまらないものですが」
「あっ! オレンジレアチーズケーキ!?」
「はい、お口に合えばよろしいのですけれど」
「ありがとう〜!!」
普段、とても穏やかな桜姫だが、龍や沙南に対する無礼を働くものには本当に容赦ない。おまけに辛口もいつもの二割増しにはなる。ただ、潰れた森に構わず、会話を繰り広げる方がさらに堪えてしまうのだけれど……
それに気付いたのか、ただ沈む森が不敏になったのか、沙南は救済の言葉を告げた。
「大丈夫ですよ。ちゃんと皆の用意してるから」
「義理でも有り難い!!」
「何だ、もう復活したのか」
「良〜〜!!」
「沙南様、森将軍にそんな御慈悲を掛けられなくとも……」
「どんだけ鬼畜なんだよ、桜姫!」
「性分なものですから」
「肯定すんな!」
そんな賑やかなやり取りがなされている中、リビングからひょっこりと夢華が姿を現し来客者達の表情は穏やかになる。
「あっ! 森お兄ちゃん!」
「お嬢ちゃん、久しぶりだな!」
「うん! はい、チョコレート!!」
満面の笑顔で差し出されたチョコレートに森は数秒止まった後、それは滝のような涙をドバーッと流してこの幸せに感謝した。
「生きてて良かった……!」
そして、受け取ろうとした瞬間、今度は森の立つ場所から闇が発生する。思わずそこから飛びのくと、玄関が開かれて桜姫は一礼し、夢華はパアッと表情を輝かせた。
「彩帆お姉ちゃん!」
「ああ、夢華! 久しぶりじゃ!」
森を押しのけて闇の女帝はぎゅうっと夢華を抱きしめた。本日は艶めかしいチャイナドレスの上に、ブランドのブラックコートを羽織っているのは外出のためであろう。もちろん、パーティーではドレスアップするのだろうけど。
そして、彼女はかなり上機嫌になり、沙南にきちんと挨拶した。もちろん、今夜は天宮家に泊まる気満々である。
「折原沙南、今日は世話になるぞ」
「いえ、こちらこそ……」
「夢華、今日はバレンタインデーじゃ、妾が腕によりをかけてチョコレートを作ってきたぞ」
「本当!?」
「ああ、おやつに純と食べよう」
「わ〜い!!」
夢華は無邪気に喜ぶが、森は闇の女帝の性格から考えてもっともな質問を投げ掛けた。
「女王様が料理なんてするのか?」
「闇に沈みたいのか、菅原森」
「いや、さっき沈めようとしたよな……」
周りのメンバーもコクりと頷く。宮岡と桜姫は沈めておけば平和だったのに……、と心の中で思っているが……
そして、闇の女帝は夢華を一度解放すると、腰に両手を当てて女帝の威厳をたっぷり醸し出しながら森に告げた。
「愚か者が。料理も出来ないわけがなかろう! 夢華と純にまずいものなど与えられると思うか?」
「いや、だってよ、想像つかないもんな。エプロン付けた女王様……」
それは言えてるかもしれない。闇の女帝にフリル付きの白エプロンはあまりイメージにはない。もちろん、彼女もフリル付きの白エプロンは遠慮したいところだろうが……
しかし、そこで爆弾を落とすのが最強の末っ子である。
「でも、エプロン付けた彩帆お姉ちゃんってすごく可愛いよ?」
夢華が零した言葉に数秒間その場が停止したが、可愛いと言われた闇の女帝はみるみるうちに顔を真っ赤にして一行から顔を背けた。
「な、何を言う! 夢華の方が愛らしいに決まっておろう!」
壁際でしゃがみ込み、そう発している闇の女帝は普段とのギャップがあまりにもあり過ぎて、こちらまでどうするべきか分からなくなるが、彼女の側近が大量の荷物を運び込んできて沙南は我に返った。
「えっと……、とりあえず中へどうぞ」
「お邪魔致します……」
そして、ようやく一行はリビングに通されたのである。
それからリビングに通された来客者達は、本日のパーティーのことや鷹の組織についての情報をまとめ、さらに龍達がパーティー会場に来れることになったことを桜姫から聞いて沙南達は驚いた。
「えっ!? 龍さん達も来れるの!?」
「はい。ただ、主と啓吾様は医院長の付き添いという形ではございますが」
「何だ、天宮龍は未だに医院長になってないのか」
「ええ、主がその気になればいつでもこちらはいろんな手立てがございますのに……」
桜姫は非常に残念そうな溜息をついた。それに闇の女帝が彼女の権力を使うかと申し出れば、沙南は必死の形相でそれを止めた。さすがに裏社会の女帝の権力はまずい。
そして、パソコンで一仕事終えた秀は全員に促した。
「さて、こんなものですかね。皆、今宵の作戦会議を始めますよ」
待ってました、とばかりに一行の表情は輝く。ただし、本日はこの暴走しがちな一行を止めてくれる悪の総大将はこの場にいない。つまり、言いたい放題とやりたい放題に拍車しか掛からないということだ。
「まず、今回の敵についてですが、奴らは鷹という名の組織であり、主に麻薬で荒稼ぎしている所謂クズですね」
「秀兄貴、いきなり自分の主観いれるなよ……」
「ああ、すみません。今日のデートを邪魔されて少し苛立ってたので」
既に参謀がこの調子である。ただ、そこだけ翔がつっこんだのは珍しく正しい忠告だったのかもしれない。
それから秀はコーヒーを一口飲み、心を落ち着かせて話を続けた。
「そして昨晩、篠塚家を急襲したことと柳さんを柳泉と呼んだことから、相手は天空記に関わっていることはもちろん、沙南ちゃんとの関わりもあるのではないかと推測されました」
「私と?」
どういうこと、と沙南は首を傾げると秀はパソコンの画面を見せながら丁寧に説明していく。
「はい。実際に鷹の幹部級の家系図を辿ってみたんです。するとかなりの歴史を持っていましてね、彼等は鷹族の末裔だろうと判断されました。そして、そこのバカ王子がやはり沙南姫様を狙っていたようで」
バカ、と言い切ってる辺りからまさか……、と大人達はなにか嫌な予感を覚えたが、沙南は二百代前の記憶を辿っても心当たりがないらしく唸った。
「う〜ん、そんな記憶はないんだけどな」
「そうでしょうね、演義では兄さんと組み手を行ったときに一撃で倒された哀れなものと書かれてたぐらいです。当然、沙南姫様と面識など持てなかったでしょう」
そう秀は答えるが、森達や桜姫は何かを思い出した気がして眉を顰めた。沙南姫と面識を持てなかったように仕組んでたのは、間違いなく目の前にいる参謀の仕業だったような……
ただ、紫月は別の意味で眉を顰めており、それに翔は気付いて尋ねた。
「どうしたんだ、紫月?」
「いえ、龍さんから一撃で倒された相手に私は苦戦したんでしょうか……」
しかも大したことのなさそうな相手とあっては、彼女が眉を顰めてしまう顰めてしまう気持ちも分かる。
だが、そんな紫月を見て秀はニッコリ笑いそれを否定した。
「ところが紫月ちゃん、鷹族の中にもかなりの武道家がいたという記載があるんですよ。そうでしょう、闇の女帝」
「ああ、その名を鳳凰。武帝の父が情けで鷹族の女を娶り、その名を付けたといわれている。まぁ、武帝自体は天空王の足元にも及ばない、大したことのない男だが、鳳凰はかなりの腕前だったようだ」
「では、私が対峙したのは……」
「頬に傷があったというなら鳳凰の可能性がある」
それに紫月は少しだけ納得がいった。それだけの武道家なら自分の未熟さも受け入れられるもの。ただ、翔と末っ子組は別の視点に気付くが……
「何か、龍兄貴ってどこで戦っても最強だよな」
「うん、龍兄さんってすごいよね」
「龍お兄ちゃんって負けたことないのかなぁ?」
別の意味ではいろんなところで惨敗している気が……、と一行は普段の龍の気苦労振りからそう心の中でつっこんだ。
「ですが、紫月ちゃんが苦戦した相手が鷹にいて、おそらくその特殊部隊は鳳凰が鍛え上げた精鋭。鳳凰は精神ともに鍛えた武道家みたいですからね、油断しないでください」
「了解!!」
一行が実に言い返事を返せば秀はもう充分だろうと話題を切り替えた。
「では、あとは麻薬に関わらなければ特に問題ないでしょうから、今回の本題に入りますよ」
「えっ?」
これが本題ではなかったのかと沙南は思うが、あくまでも彼等は世界最悪のテロリストであると同時に、龍と沙南のことを心から思う一行である。
「兄さんを何としてでも沙南ちゃんと最高の一夜を過ごせるように、皆さん、死ぬ気で働いてくださいね」
「オウッ!!!」
先程よりさらに良い返事を一行は返すのだった……
さぁ、次回からお話が動いて来そうな感じです。
ただ、この一行の作戦会議、龍がいないとどうも変な方向に逸れて別のところに力を入れるという……
そして、今回は鳳凰という名の武術家がちょっと厄介みたいですね。
おそらく龍とドンパチやるのが彼ではないかと思われます。
パーティー会場を壊さないと良いんだけど……
でも、一体彼が、そして鷹族がどんなつながりがあるのかはまだ物語が進むごとに明らかにしていきますので、お待ちください。
さぁ、次回は龍達と合流出来るかなぁ??