第十一話:妹
スーパーから土屋にパトカーで送られて自宅まで戻った一行は、きちんと彼に礼を述べた。
「どうもありがとうございました!!」
「いいえ、こちらこそ。犯人逮捕に協力してくれて助かりました」
土屋も敬礼して答えると翔と末っ子組もそれに倣う。そして、翔達がトランクから大量の買物袋を出している間に女性陣達は一旦自宅に入り、彼女達が作ったチョコレートの数々を土屋に差し出した。
「はい! 淳行お兄ちゃん!」
「ありがとう。夢華ちゃんの手作りかい?」
「うん!」
「そうかい、じゃあ、大事に食べなくちゃね」
「えへへ!」
土屋が頭を撫でてやると夢華は嬉しそうにはにかんだ。本当にこの少女はとても愛らしいな、と土屋は改めて思う。
「土屋さん、これは私からです。賞味期限が早いので出来るだけ早く食べて下さいね」
「ああ、一番最初に食べるよ」
会話はあくまでも普通だが、この裏に潜む言葉を土屋はきちんと読み取っていた。もちろん、箱の中身はちゃんとしたお菓子も入っている。
そして、最後に沙南が差し出すと土屋は少々微妙な表情を浮かべた。
「う〜ん、沙南ちゃんからもらっても大丈夫かい?」
「えっ? 毎年恒例の達筆義理チョコビター味ですよ?」
「ああ、だけど龍が微妙な顔するかなって」
「大丈夫よ! 秀さんじゃないんだから!」
「そりゃそうだろうけど……」
龍も妬くところがあるんじゃないか、と土屋は思う。少なくとも今年は恋人になって初めてのバレンタインデーだ。自分の大切な彼女が他の男に渡すのはどうかというところもあるはずだろう。
ただし、沙南はまず龍が妬かないと思ってるのか、彼女らしく切り返してくれた。
「土屋さん、大丈夫よ! 龍さんは皆に渡すことはお正月のお年玉と同じようなものだと思ってるはずだし、妬いてくれるなら妬いてくれたで嬉しいもの」
寧ろ、毎年本命チョコレートを贈りつづけて本気でとってもらえず、去年は紗枝以外の女医や看護士、おまけに患者や医療関係の女性達からも受け取っていたぐらいだ。妬きたいのはこちらの方である。
もちろん、それはしばらくの間、翔達のおやつに変わっていたけれど。
「でも、土屋さんもたくさん貰い過ぎて優衣さんを悲しませちゃダメよ?」
「心配いらないよ。寧ろバレンタインデーに男からもらう奴だからな……」
「えっ?」
沙南はキョトンと目を丸くし、土屋は苦笑した。彼の婚約者殿はかなりモテる上に未だに求婚されているらしい。当人はしっかり者なのでうまくかわしているが、土屋としてはたまに笑えないようで……
「それじゃ、チョコレートどうもありがとう。パーティーは無茶しないようにね」
「極力気をつけるわ」
実に沙南らしい言葉に苦笑して、土屋はまた現場へと戻って行くのだった。
それから沙南達は欠食児童達のために急いで昼食を作り上げ、それを囲みながら本日のチョコレートの獲得状況を話し合った。
「なるほど、やっぱり本来の意味で沢山のチョコレートをもらったのは純君ですか」
「何で分かるんだ? おかわり!」
紫月に茶碗を差し出しながら翔は尋ねると、ご飯をよそいながら彼女はもっともな回答をしてくれた。
「ええ、貰ってるチョコレートの九割方がラッピングにまで力を入れてるなと思って」
「ラッピングにこられても中身の方が重要だと思うけどな」
「おそらく愛情たっぷりだと思いますよ? 翔君が悲しくなるぐらいには」
「紫月、お前なぁ……」
「すみません、秀さんので慣れてましたか」
「オイ!」
そうつっこみながらも、きちんとご飯を受け取っているあたりはさすがである。
しかし、翔もちゃんと本命チョコを受け取っているのは確かなんだろう。カードや手紙がついていたものがいくつかあったのだし。
「だけど、秀お兄ちゃんっていっぱいもらってるんでしょう?」
「うん。通常なら一年分の保存食になるんだって」
「ひゃあ〜!」
夢華は一体どれだけの量なんだろうと声を上げる。ただし、それだけの量が一年もたないというのもさすがは天宮家なのだが……
ただし、これを柳が聞いたらどんな反応をするんだろうか、と沙南と高校生組は同時に思う。妬いたら妬いたで秀は喜びそうだけれど……
その時、リビングの扉が開いて噂の主達がチョコレートを抱えて入ってきた。
「ただいま帰りました」
「あっ! おかえりなさい!」
「おかえりなさい! 秀お兄ちゃん、柳お姉ちゃん!」
「ただいま。いい子にしてた?」
「うん!」
夢華は柳に無邪気な笑顔を向けると、柳もニッコリ微笑み返す。そして、秀はトザッとチョコレートの山に新たなものを置いたあと、コートをソファーの上においた。
そして、紫月は早目に昼食を切り上げると、食べ終えた皿をまとめて流し台で手を洗う秀の元へいく。
「お帰りなさい、秀さん」
「ただいま。紫月ちゃん、例の情報は送られて来てますか?」
「はい、目を通していただけますか?」
「分かりました。それと今のうちに紫月ちゃん達の力作をいただけますか? 可愛い妹達のチョコレートは今日いただきたいですし」
「はい、用意します。飲み物はコーヒーで良いですか?」
「ええ、お願いしますね」
まるで本当に血が繋がってるんじゃないかというほどこの二人は仲が良い。ただ、一見優雅なイメージは与えはしているものの、この二人がやろうとしていることはテロリストすら真っ青にしてしまうようなことである。
事実、今までこの一行に襲い掛かってきて本気で地獄を見せた敵の数は龍より多いことは言うまでもない。
「だけど、姉さんのチョコレートはもう食べられたんですか?」
「いえ、それは夜に柳さんと一緒にいただ」
「秀さんっ!!」
柳は真っ赤になって叫んだ! そういうことかと紫月はあまり気にした様子はないが、毎回こういったことに振り回される姉が不敏でならない。ただ、それと一緒に思うこともある。
「秀さんも兄さんと一緒で本当に欲しいものは最後に食べるタイプなんですね」
「啓吾さんがですか? 何だか嫌な感じですね」
「ですが、一番こういう時に性質が悪そうなのは龍さんかと」
「コラ、紗枝さんに影響されないで下さい? 可愛い妹でいて欲しいんですから」
「はい、すみません」
紫月は注意を受けてクスリと笑う。一体何の話なんだ、とそれを聞いていた者達は首を傾げるが、啓吾と紗枝がいたらコクコクと頷いていたことだろう。簡単に言えば男性陣の恋愛タイプの話だ。
それから約二十分後、パソコンの画面とにらめっこしていた秀は、紫月お手製のチョコレートクッキーとコーヒーを堪能しながら一つの情報に注目した。
「……なるほど、また面白いのが出てきましたね」
「はい、どうされますか?」
「もちろん叩きますよ。でも、こんなルートで麻薬を密輸していたなんて普通は気付きそうなものですけどね」
「それは私も思いました。お酒を造ってる会社に迷惑なことこの上ないですね」
「あと、洋酒好きにもでしょうか」
そこで玄関のチャイムが鳴り響いた。
さて、今回もいろいろな会話がございましたが、やはりバレンタインデー、皆さん各々御事情がおありな様子です。
土屋さんの婚約者さんなんて、バレンタインデーに男性からチョコレートをもらってるという状況。
女刑事さんなんで、やっぱりモテ要素が多いんでしょうね。
そして、天宮兄弟はもう三人ともかなりもらってるみたいで……
だけど篠塚姉妹はあんまり妬いてないかも。
というより、それぞれのパートナーが妬かないほどの言動をやってのけてますから必要ないのかな?
まぁ、柳ちゃんなんて妬いたらどうなることやら……
だけど、紫月ちゃんがすっかり秀の妹化してる……
啓吾兄さんより信頼してるかも……
シスコンが間違いなく泣いちゃうぞ(笑)