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第十話:圧倒

 靴屋に来ていた最中、秀は少し席をはずすと店の外に出た数分後、突如店の中に武装した男達が入り込んできて店内を占拠してしまう。女性店員の首筋に鋭利なナイフを近付けて、その中の一人の男が問ってきた。


「篠塚柳だな?」

「そうですが」

「この女を殺されたくなかったら同行してもらおうか」

「ひいぃ……!」


 恐怖のあまり女性店員は悲鳴を上げる。ここで自分の力を使えば武装兵全員を倒せないこともないが、女性店員を危険に晒すことは出来ない。


「……分かりました、その人を離してください」

「ならばお前が先にこちらへ来い」


 促されて柳はそれに従う。誰も人がいなくなれば一気に力を解放しようと思いながら近付けば、いきなりグッと後ろに手を捻られる。


「っつ……!!」

「暴れられたら面倒だ。薬を打っとけ」

「へい!」


 男はズボンの後ろポケットから銀色のコンパクトケースを取り出し、そこから注射器と瓶に入った薬が出てきた。おそらく鎮静剤の類だろうと思ったが、男はニヤリと笑って柳に尋ねてきた。


「これが何だか分かるか? 医学生さんよ」

「鎮静剤じゃないんですか」

「そんな可愛いもんじゃないさ。媚薬って知ってるか?」

「なっ!?」

「打たれたことがなさそうだな。だが、すぐに良くなるぜ。目が覚めたら楽しもうや!!」

「やっ!!」


 その瞬間、注射器はいきなり破裂し、柳の腕を捻っていた男と注射器を持っていた男が声もなく泡を吹いて倒れた。やったのはもちろん彼である。


「秀さん!」

「すみません、柳さん。お怪我はありませんか?」


 柳は解放されたと同時に秀の腕の中に飛び込んだ。それをギュッと受け止めて彼は柳を後ろにかばう。


 一体どうして注射器がいきなり破裂したのか、何故攻撃もしてないのに男達が泡を吹いて倒れたのかは、彼を知らないものからすれば疑問だらけであるが、要は注射器を熱の力で蒸発させて威圧しただけの話である。


 ただ、それ気付くものはいなかったのだけれど……


 それから秀は自分の近くに落ちていた銀色のコンパクトケースを拾い、その中に入っていた薬に微笑を浮かべた。


「ああ、これが例のフランス産の媚薬ですか。ちょっと興味あったんですよね、鷹の連中が麻薬と一緒に日本に持ち込んできたものらしいですし」

「秀さん?」

「ああ、心配しないで下さい。これは結構きついんで、まだ柳さんには使いませんから」

「えっ?」


 まだ、というのが微妙に引っ掛かるところだが、つっこむことをやめておいたのは正解である。もちろん、尋ねたところで彼好みの答えしか返ってこないのだろうが……


「さて、とりあえずこいつらにはいろいろ聞きたいこともありますし、柳さん、すみませんけど十分で片付けますから待ってていてくださいね」


 柳にはあくまでも愛情たっぷり、優しく微笑みかけているのだが、彼の裏の顔を知るものから言えば間違いなく悪魔が降臨しているとしかとられない。


 そして、秀は一歩前に進み出た途端、武装兵達は顔を真っ青にした。


「さぁ、まずは死にたくなる程度の恐怖ぐらい味わっていただきましょうか」

『鬼だ、悪魔だ、最悪だ……!』


 そう意識させられたのが最後、彼等は言葉にするにも悍ましい恐怖を味わうことになるのである……



 一方、午前中の回診を終えて、久し振りに定時に昼食にありつけていた龍と啓吾は、紫月と夢華が作ってくれたチョコレートをデザートにゆっくりと休憩を堪能していた。


 もちろん、院内はインフルエンザ患者で溢れかえってはいるが、龍達は急患に備えるようにとの外科部長からの命令である。


「昨日は事故、今日はインフルエンザか?」

「仕方ないだろう。小児科なんて長蛇の列らしいぞ」

「はぁ〜、本気でバレンタインデーはお預けかもな」

「アメリカではそんなに気になるもんでもなかっただろう?」

「毎年沙南お嬢さんに本命チョコを貰ってるお前に言われたくない」


 そのつっこみに朱くなるあたり、本当にこの青年は純情である。いくらくっついたといっても、未だに手を繋ぐことさえ出来ていないんじゃないかと疑わしくなることさえある。


 まぁ、この職業柄、デートなんて月に一回出来れば奇跡なんじゃないかと思えるところもあるにはあるが……


 その時、午前中の回診を終えた紗枝も医局に戻ってきた。


「お疲れさま」

「お疲れ。小児科はどうだい、紗枝先生」

「何とか回転してるわね。まぁ、今入院している子達からはインフルエンザの症状は出てないみたいだから、急患が入らない限り今日は定時で帰れそう」

「いや、というよりお前はそろそろ休んどけよ。週末はオペ続きなんだろ」

「大丈夫よ、明日は休みだもん。あっ、それと忘れないうちに二人に渡したいものがあったのよ」


 まさか、と啓吾は一瞬淡い期待を抱いたが、そんなに人生がうまくいくものではない。


「はい、今日のパーティーの招待券。二人とも服はうちのホテルで用意するようにしたから」

「ありがとう……」


 龍はきちんと礼を述べるが、隣でむくれている医者が少しだけ哀れに思える。そして、龍を挟んで二人の応酬が始まった。


「紗枝先生、今日はバレンタインデーなんだけどな……」

「知ってるわよ? だけどあんなに箱一杯にもらってるのに私からわざわざチョコレートが欲しいの?」

「お前な……」

「はいはい。じゃあ、私がもらったチョコレートから一つ好きなの取っていいから」

「義理なんて妹達のと沙南お嬢さんからので充分だってぇの」

「桜姫からは?」

「あいつからは銘酒貰うからいい」


 酒は貰うのか、と龍は心の中でつっこんだ。律儀な彼女のことだ、きっと家に戻れば自分達にはチョコレート以外の何かを用意してくれてるに違いない。そして、二人はさらに応酬を続ける。


「だったら紗枝、お前も今日のパーティーについて来い。さっさと用を済ませてホテルのバーで奢れ」

「ああ、それはいいかもしれないわね。いいものが入ったって言ってたし」

「マジか!?」

「うん、だけど一杯だけよ。値段は張るんだから」

「もう一声」

「分かった! そこのウイスキーボンボンを付けてあげる!」


 ニッコリと笑顔で答えてくれる紗枝に啓吾は言い返せなくなった。元はといえば、紗枝からチョコレートが欲しいということだったわけで……


 それにあまりに集れば、ホワイトデーの三倍返しが怖い。下手すれば破産する……


「あっ、だけど折角なら沙南ちゃん達も来てもらおうかしら」

「紗枝ちゃん、あくまでも今回は麻薬が絡んでるし、医院長のお守りだってあるんだから……」

「だけどいろんな医療関係者や財界人が集まるんだから、ある意味沙南ちゃんは自分のものだって触れ回っておくのも良いんじゃないの?」

「ああ、一理あるかもな」


 その意見には啓吾も納得した。


 現在、沙南の親である誠一郎医院長は、自分の妻が天宮家の人間だということ、そして、まだ龍が若いために医院長は無理だと提言したため、代理の医院長としての立場を確立している。


 だからこそ、彼は聖蘭病院を乗っ取るため、そしてより自分の立場を確立するため、沙南を利用して権力者達と繋がりを持とうとしているのだ。


 しかし、その権力者達も龍がいると分かればそう簡単に手は出してこれないだろう。なんせ、本人は気付いていないだろうが、実は世界の表も裏も龍に味方しているのだから……


「だけどやっぱり危険だと……」

「危険なことからは龍ちゃんが守れば良いじゃない!」

「いや、しかしだな」

「麻薬の一つぐらいで小さいこと言わないの! 龍ちゃんは今日のパーティーで沙南ちゃんと結婚します、って言ってれば良いんだから!」

「ちょ、紗枝ちゃん!?」

「良いじゃない! 今日はバレンタインデーでしょ!?」


 紗枝には絶対敵わない龍は、ただ、彼女の迫力に圧されていくのだった……




さて、今回は秀の黒さと紗枝さんの迫力のお話という感じになりました。

うん、二人とも色んな意味で最強ですからね(笑)


だけど、そんな二人の恋人である篠塚兄妹。

やっぱりすごいんだなぁと思います。

まぁ、啓吾兄さんは普段は尻に敷かれてる感じではありますけど(笑)


あっ、だけど啓吾兄さんが龍と違うのは恋愛に関してはヘタレにはならないことですね。

彼の恋愛は龍と秀を足して二で割った感じに大人の色香を付けることを意識しています。


そんな感じで次回は天宮家に視点は戻ります。

一体何が起こるやら……




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