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金子正一の話 4

「せんせー、さようならー」

「はーい、気をつけて帰りなさい。また明日ね」

と笑顔で返したものの、気分はすぐれなかった。もうすぐ、柏木さんに電話をかけなくてはならない時間になる。保護者対応には慣れてきたつもりではあるが、明らかに怒っている保護者と話すのはやはり緊張する。こじれたらそこまで。話は雪だるま式に大きくなり、手をつけられなくなる。

 放課後、誰もいなくなった教室でノートを開く。窓の外に見えるグランドでは、サッカー少年団の子ども達が集まってきている。そろそろ少年団の活動も始まる時間だ。仕事ではなく、地域の住人として指導している少年団の指導は勤務時間である四時から始まる。早見が嬉々として指導に当たっているが、俺には理解ができない。教師としての仕事をなんだと思っているのだろう…

 そこまで考えたところで、頭を振った。現実から逃れようといろいろと他の事を考えだす。こうなって問題がうまく解決したためしがない。今は、柏木さんに電話をかけた時のシナリオを考えるのが先だ。

 開いたノートの中央に、「柏木さんに℡」と大きく書いて丸で囲む。マインドマップの要領で、気づくことを書きだして線でつなげていく。

「学校には行きたくない?」

なぜ?

「いじめられているから?」

いじめとは?

「みんなと馴染めず、浮いている」

なぜ浮くのだろうか?

「話題が合わない」

なぜ話題が合わないのか?

 …ここまで書いたところでふと手が止まる。なぜ、雅彦は周囲と話題が合わないのだろうか?実際に幼い雰囲気がある雅彦だが、学力は低くない。むしろ高いと言ってもいい。それなのになぜ幼いのだろうか?ここは、実際に家庭での話を聞かなければならない。この部分には赤線を引いた。そして、マインドマップの作成に戻る。

「学校に求めること」

何を?と考えた時に、岡部先生の言葉が脳裏に浮かぶ。

「真摯な姿勢、対応」

…いや、違う。学校に求めることは、あくまで違う。誠実な姿勢を見せれば納得する訳ではないと思う。

「雅彦が学校に来れるようになること」

これが一番求めていることだ。そのために、俺自身も含めて何ができるか考えるべきだ。

どうやったら学校に来れるのか?

「浮かなければいい」

それは現段階では無理なように思う。

「浮いても大丈夫になればよい」

どうやって?

「子ども同士の関わりだけではなく、教師との関わり」

それだけでいいのか?

「好きな教科ややりたいことがあればよい」

…ここまで書いて、教師の真摯な姿勢や対応がやはり必要なことに気が付いた。いじめられている、という根本的な解決はもちろんのことだが、当面まずは学校に来させるために必要なことは、教師がなんとかできる部分が大きいようだ。

 整理すると、

①まず、雅彦が周囲と馴染まない理由を探っていく

②当面、学校に来させるために、学校の中での楽しいことを探る。

③雅彦が学校に来た時に教師のサポートを忘れない。

こんなところだろうか。とりあえず、お母さんだけではなく雅彦本人と話をしなければどうにもならない。

ふと、窓の外を見ると、早見が大声を出しながらサッカーの指導をしていた。

「だから、そこで足を止めたらどうしようもないだろ!てめえ一人でやってるんじゃないんだからよ!考えろよ!」

およそ教師とは思えないような言葉で指導に当たっている。チラホラと保護者の方から苦情も来ていると聞く。しかし、これは「先生」としてではなく、「一住民」として指導に当たっているのだから、こんな時だけ「先生」扱いされても困る、と早見は全く気にしていない様子だった。今回の雅彦の一件も、早見だったら、

「だって、浮いちゃうのは本人の問題じゃないすか?俺が外している訳じゃないから、そんなこと言われても困りますよ」

とヘラヘラして終わらせてしまう気もする。そうじゃないだろ!とも思うが、うらやましいとも思う。それくらい楽観的に考えることができれば、教師なんて楽な仕事は他にないとも思う。

 俺は大きなため息をつき、教室の整理を終えた。いよいよ、柏木さんに電話をかけなくてはならない。重い足取りで職員室に向かった。


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