岡部博文の話
三時間面の授業は算数だった。六年生では、分数の割り算の学習をしている。分数の割り算のやり方、分子と分母をひっくりかえしてかける、ということを知っている人間はたくさんいると思うが、その理由を説明できる人間は一握りだと思う。いつだったかニュースで分数の割り算ができない大学生がいるというものがあったが、なんとなく覚えて、使わなければできなくなるのも当り前だろう。
「じゃあ、今日の授業の課題は『分数の割り算のやり方を考えよう』だね」
黒板に板書すると、子ども達が一斉にノートに鉛筆を走らせる。このクラスの子ども達は学習意欲が高い。北海道の片田舎で進学率が高いわけでもない。家庭の教育力が高いわけでもないが、子ども達は学ぶことを楽しく思っている。それはそうなるだろう。俺自身も子どもの頃、今やっているような授業を受けることができたなら、もっと勉強していただろうなと思うほどだから。
授業の最初に課題が出される。その課題を解決するために自分で考える。算数の基本は「既習事項を生かす」ことだ。課題は今まで習ったことを使いこなせば解くことができる。RPGなんかと似ているだろうか。一つ一つ確実にできることを増やしていくことで、新しい敵を倒すこともできる。
しかし、自分一人で課題を解くことができない時もある。そのためにクラスで考える。友人の力を借りる。みんなで解き明かす。そこに優越感や劣等感は生まれない。なぜなら、活躍できる人間はその都度変わるからだ。塾やドリルで予習している子もいないわけではないが、その解き方を説明したり、クラス全体でわかってもらったりするには人と人との関わりが必要になる。それは自分一人の予習、または塾での教え込みの学習では身につかない。「みんなができること」を目標とする授業を構築する。それが難しく、また楽しい。
そうした授業を積み重ねていくと、子ども達の学びに対しての意欲が変わる。学びが楽しくなっていく。
結局、教師の仕事とは何かと考えると、「勉強を教える」ことではなく、「学び方を教える」ことなのではないかと思うのだ。学び方を学んだ子どもはほうっておいても勉強する。それをわかっていない教師のなんと多いことか。
さっきの金子なんかもそうだ。保護者からのクレームの電話が来ることを恐れる。当り前だ、クレームなのだから嫌な思いをする。しかしそれは、「しっかりとしていない教師である自分を認めたくないだけ」なのだ。真に子どもの事を考えていれば、「至らないところを教えていただいた」ということになる。若いころは仕方がない。先生という名前に酔いしれて、子どもが育つも育たないも自分のやり方次第だと考える。自分の力を高めることに躍起になる。しかし、子どもがいなくては俺たちの仕事は成立しない。
そのあたりの考え方のシフトができると、金子なんかももう少し子どもの気持ちがわかるようになると思うのだが…
どちらにせよ、いじめられているという雅彦の事をどれだけ理解できるかが必要になるだろう。
理解できない(・・・・)子を(・)どれ(・・)だけ(・・)理解できる(・・・)か(・)?
理解しようとすればするほど、雅彦のことは理解できないだろう。まっすぐな思いだけではうまくいかないことに、金子は気づくのだろうか?一生懸命やろうとする奴なだけに楽しみではある。
「さて、そろそろ時間にしよう。いろいろ考えたと思うから、この課題に対して話し合いなさい」
授業は俺の言葉を必要とすることなく、子ども達だけで進められていく。
「分数の割り算って300÷1/2とかってこと?」
一人目の子どもが口火を切った。
「1/2に分けるって考えがおかしくなりませんか?」
「どういうですか?」
「一枚のピザがあって、それを二人に分けたり、一人に分けたりってできるけど、1/2人に分けることってできないじゃん」
「確かにそうだ」
「だからさ、1/2に分けるって考えをやめちゃえばいいんだよ」
「じゃあ割り算ではできないってこと?」
子ども達の頭に「?」マークが浮かぶ。ここからどう動くだろうか?俺の説明を入れなければ、進まなくなるだろうか?
俺は、スッと教室の横に掲示してあった割り算の言葉の式の近くに動いた。割り算の言葉の式は二つある。
「全体量÷一つぶん=いくつぶん」
「全体量÷いくつぶん=一つぶん」
と書かれている。子どもの一人の顔がパァっと明るくなり、大きな声で話し始める。
「わかった!ねぇねぇ、割り算って二つなかったっけ?」
「『いくつぶん』を出すやつと『一つぶん』を出すやつだよね」
「たとえばさ、2mで300円のテープの1mぶんの値段なら、300÷2になるじゃん」
「うんうん」
「同じように1/2mで300円のテープの値段を出すなら、300÷1/2になるってこと」
「うん?あー、わかったわかったー!」
子ども達の顔がどんどん明るくなっていく。しかし、その中で一人首をかしげている子が発言した。
「えー、それなら300×2の方がわかりやすくない?だって、600円でしょ?」
「いや、そうなんだけど。とりあえず、分数の割り算ってのはできるってことはわかったじゃん」
「えー、でも、わざわざ割り算でやることないじゃん。掛け算の方が簡単なのに」
子ども達同士の話し合いが白熱してきたが、そこまで話が進んだところでちょうどいい時間になった。俺は話に合わせてわかりやすいように板書をしただけだった。
「じゃあ、300÷1/2=600ってのはわかったね。次の時間は、どうして300÷1/2=600になるのかを考えよう」
子ども達は目を輝かせながら、うんうんとうなずいている。この授業も楽しかった。