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畠中良子の話

 校長室を出ると、金子先生が青ざめた顔をして受話器を握っているのが見えた。あれは多分クレームだろう。なんとなくわかる。私にもよく来る電話だから。

 校長室での話には参った。辞表を出しているのに、どうしてやめさせてくれないのだろう?ここは民主義国家ではないのだろうか?教育公務員は全体の奉仕者であり、私自身の幸せや心の平穏はもらえない、ということだろうか?

 浜田教頭の話もよくわからない。昨日あれだけ、

「畠中先生の学級経営は経営になってないんだよ」

「子どもの身の回りや生活習慣は担任の生活習慣の鏡なんだ。だから、子どもに言う前に畠中先生の机をちゃんと片づけないと」

「指示を徹底してください。良い姿勢を取らせるなら、確実に全員取らせないと!一年生なんて、学習習慣を身に着けさせるのが大前提」

とかなんとかネチネチ私をいじめておいて。あんなの私が嫌いだから、この学校から追い出したいに決まってる。私は言われなくてもちゃんとやっている。ちゃんとやってくれないのは、今年の一年生の質が悪いから。前の一年生は、今と同じようにやってもちゃんと動いてくれた。だから、私の学級経営は間違っていない。子どもが悪いと思う。

 そして何より親が悪いと思う。ちょっとのケンカですぐに学校に電話が来る。

「畠中先生、どうしてうちの子が悪くないのに、うちの子が謝らなきゃならないんですか!うちの子が言ってましたよ。健太君から何もしていないのに殴ってきたって!そりゃ、うちの子もやり返したかもしれないけど、始まりは健太君ならうちの子は被害者です。もうちょっとちゃんと指導してくれなきゃ困ります」

「ちょっと、うちの子繰り上がりの足し算ちゃんとできないんですけど。宿題とかもうちょっと出してもらってもいいですか?このままだったらこの先不安です。学校で何を教えているんですか?」

 なんて電話は日常茶飯事だし、私も、

「申し訳ありません」

とは言うけど、本心から言っている訳ではない。だって、私の指導というよりは、そういう電話をかけてくる家庭の指導が悪いからそうなるのだから。ちゃんとやっている子は、私の指導についてくるし、家庭からの文句もない。人のせいにするからなんでもかんでもできなくなると思う。私の学級経営は悪くない。悪いのは、子どもであって、親だと思う。

 職員室の席に戻ってPCを立ち上げる。壁紙は韓国の人気スター、パク・チョビンだ。子どもの相手なんかしているより、チョビンの顔を見ている方がよっぽど心は休まる。

「畠中せんせー、けんた君とかい君がまたケンカしてるよ」

見ると、横にクラスの女の子のレミが来ていた。ちょっと怒った顔をしている。それも私のせいだっていうの?

「わかったわよ。今行くから待ってなさい」

今日もまた楽しくもない一日が始まる。早く帰って、「春のオペレッタ」のドラマのDVD見たいわ。チョビンに早く会いたい。

 学校の先生なんて、やってられない仕事だと思う。そのやってられない仕事なんて辞めたい。辞めて何があるのかなんてわからないし、不安ばかりだけど。

 仕事を辞めたいのかな?それともこの人生から降りたいのかな?わからなくなってくる。

「せんせー、早く行かなくちゃ!」

とレミが引っ張る。よれてくたくたになったTシャツが伸びるが、構いやしない。どうせ、学校と家の往復しかないのだから。恋人と呼べる男どころか、声をかけられたことすらない。生涯処女を貫き通すことにもなるだろう。不本意ながら。

 とてとてと、先を歩くレミの後姿についていく。「レミ」とカタカナでつけられた名前に負けない子に育っていくのだろうか?私のように「良い子」という名前を付けられて、「どうでもよいこ」になってしまうのだろうか?

 それは、私の指導どうこうではないだろうな、となんとなく思いながら廊下を走った。


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