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浜田孝の話 3

 教育委員会との電話を終え、受話器を置く。いつも思うが、教育委員会ってのはやっかいだ。現場の気持ちを全くわかってくれない。それもそうだ。彼らは教師ではないのだから。所詮役人だから、こちらと意見が合わないことは当たり前だ。

 だから、

「柏木雅彦を就学時指導検討委員会にかけるんですか?話ではいじめられて不登校だって聞いてますよ。保護者をなんとか騙して、隠ぺいに入ってるわけじゃないですよね?もし、マスコミにバレたらとんでもないことになりますよ。校長の判断は下りているんですよね?私たち委員会は、知らぬ存ぜぬで通しますからね。いいですか?」

 とか、失礼なことをズケズケと言ってくるのだ。

 柏木雅彦は、現在元気に登校している。不登校になっていたことを感じさせないほどだ。しかし、ただ一つだけ変わったところがある。それは、

「僕は、自閉症だから君たちとは違うんだよ」

 と話すようになったことだ。もちろん、周りの児童は今一つ「自閉症」という言葉の意味はわかっていない。きょとんとしているが、その言葉の持つ不穏な空気は感じるのだろう。ことさら追求せずに、着かず離れずで接している。

 「自閉症」という言葉が一人歩きするようになってもうずいぶん経つ。他にも、「アスペルガー症候群」「ADHD」というような言葉もテレビなどでよく耳にするようになった。

 他の人と違う、それが「病気」であるとするのは、何とも日本人らしい風潮にあるように思う。そして、それを気にしすぎるのも、右へならえの精神なのだろう。あのレオナルド・ダ・ヴィンチもアスペルガー症候群だという話もあるくらいだと言うのに。

「教頭先生、委員会、何と言っていましたか?」

 目の前には、金子が立っていた。若く、まっすぐで、イラつかせる。自分の行う一つ一つの行動が、どう周りに影響するか全く考えていない。もちろん、俺にもそんな時期はあったのだが、とも思うが。

「委員会は、ゴーサインを出したよ。十二月にある就学時指導見当委員会にかけて、診断が出れば、来年度は特別支援学級に入ることになる」

「わかりました。よろしくお願いします」

 話が終わったので席に戻るかと思ったら、金子は思いつめたような顔でまだ立っている。黒縁の大きなメガネを直しながら、話しかけてきた。

「教頭先生、失礼を承知で聞きます。これから雅彦はどういう流れでうちの学級から離れることになるんですか?正直、よくわかっていないんです」

 この手の多少自分がデキると思っている奴はあまり人に聞いたりしない。特に、「自分を認めている人間」に対しては心を開くが、俺のように厳しく接している人間に対しては心を閉ざす。何とか弱みを見せないようにする。それが自分の損になることに気づかずに。

 柏木さんとのやり取りで、多少なりとも成長したのだろう。部下の成長に快くした俺は、話に付き合ってやることにした。

「聞けるってとのはいいことだな」

「すいません。調べては見たものの……言われたように柏木さんには、『今度就学時指導検討委員会というものに出席させたいと思います』と話して、許可は取ったのですが」

「柏木さんとは話ができるようになったみたいだな」

「ええ、なんとか。何か、雅彦が学校に来るようになってから、抜け殻のようになってしましました。何を言っても、『わかりました。よろしくお願いします』って」

「基本はそうだよなぁ。金子先生も親になればわかるさ。自分の息子が『規格外』となる訳だからな」

「規格外って言い過ぎではないですか?」

 金子は、ちょっと熱い口調で言う。

「しかし、特別支援学級の担任は8%多く給料をもらっているのは知っているだろう?」「はい。それはわかっています」

「8%分多くもらっている教師がマンツーマンで指導してくれる。これが規格外でなくて何なんだ?それだけ金とマンパワーをかけなければ、普通に生きていくことができないのが、特別支援教育なんだよ」

「……わかりました」

 明らかに納得していない顔で金子はうなづいた。この辺りの議論をするのは面倒なので、話を本筋に戻した。

「まぁ、いい。就学時指導検討委員会の話だな。その委員会には、精神科医が参加するのはわかっているな?」

「はい」

「ようするに、その精神科医が『自閉症ですよ』と診断を下さなければ、特別支援学級は作ることができない。当り前だよな。一人分の教師が必要になるのだから。また、その教師は8%分給料が高いとなる」

「え、じゃあ、どうしてわざわざ委員会が主になってそんな先生を読んだりするんですか?」

「そんなの当り前じゃないか。金子先生が自分の子ども連れて、病院に行きたいと思うか?自閉症ですね、って言われたいと思うか?」

「思いません……」

「だから『就学時指導検討委員会』って名前をつけて、名目上は教師陣が話し合って決めようってことになるんだ。だから、診断書さえあれば、柏木さんが参加することはないんだよ。診断書をもとに、参加メンバーで話し合って決めることができるんだから」

「そうなんですか。よくわからなかったです」

「ただ、難しいことに、今の特別支援教育は人権とも関わる。さっきの規格外の話に戻るが、自分の息子が規格外だと言われたら頭に来る。何もわかっていない若い教師にそんなこと言われるのは人権侵害だ!ともなる。だからこそ、医師を呼んで診断を受け、その証拠をもとに説得する、ということなんだ」

「じゃあ、柏木さんが納得しなければ、その先の流れはないってことですか?」

「そうだよ。気をつけろよ。俺達はあくまで、『特別支援教室という考えもありますよ』と促すだけであって、『特別教室に入ってください』とか『特別支援教室に行きなさい』と言ってはならないんだ」

「じゃあ、結局、その説得させる場が、就学時指導検討委員会ということなんですか?」

「ま、簡単に言うとそうだな」

「……全然わかっていませんでした。そして、さっきの電話で雅彦がその就学時指導検討委員会に参加することができるってことになったんですね」

「そういうことだ」

 大きなため息をつきながら、金子は最後にポツリと言った。

「なんで、こんなにわかりにくいんですかね?」

「そりゃあ、あれだろ」

 当り前な話をしてやった。

「誰も、自分で責任取りたくないんだ」

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