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金子正一の話 8

「金子先生、大丈夫かい?教頭からはどんな話だったの?」

「いや、ちょっと……大丈夫です」

となんとか虚勢を張る。自分でもわかっているけど、情けない。

「大丈夫じゃなさそうな顔をしているけどね。話してみることで、フッと楽になることってあるよ。柏木さんの話かい?」

岡部先生はにっこりと笑いながら話してきた。子ども達もこういう感じで接せられたら嬉しいだろうな。

「そうです。なんかもう行くところまで行っちゃって……教育委員会にメールとかも届いて。このままなら管理職も責任取れないって」

「管理職飛び越えて委員会かぁ……今の保護者は容赦ないなぁ。しっかりと手順踏まなきゃだめだろうに」

腕組みをしながら岡部先生は続ける。

「いや、僕も昔保護者とやりあったこともあってね。けど、昔の保護者はしっかりと順番を追って行ってくれたんだ。まず担任である自分に話が合って、それでも解決できなきゃ管理職、それでもダメなときは委員会に話が行く。そこまで僕は行ったことはないけど、その手順をしっかりと踏んでくれるなら、委員会に行くまでにけっこう話は解決するもんさ。でも、最近なら、担任すら通り越して委員会に行くから話がこじれる。保護者の方も、真剣になんとかする気がないんだな」

と一息で言うと、岡部先生は大きく息を吐いた。昔、何か嫌なことでもあったのだろうか?とりあえず教頭に言われたことを相談してみたいが、話してもいいものだろうか?教頭は学校の見回りに行って職員室にはいないから大丈夫だろうか?迷っていると、

「少し場所を変えて話した方がいいかな?仕事は落ち着いているかい?少し気分転換でもしにいかないか?」

と言ってくれた。こういう細かな気遣いができるから子ども達の信頼を得ることができるのだろうか?

 誘われるまま岡部先生の車に乗りこんだ。岡部先生の車は、VWのビートル。丸いフォルムが独特の雰囲気を持っている。堅実な性格の岡部先生がどうしてこんな車を選ぶのか不思議だったので、何気なく聞いてみる。

「岡部先生は、どうしてビートルに乗っているんですか?お子さんいますよね?」

アッハッハと声をあげて笑いながら岡部先生は答える。

「その通りさ。うちの奥さんなんかはすっごい怒っているんだ。こんな使いにくい車に乗らないでちょうだい!って。でも、僕はここだけは譲れない。この形が好きなんだ」

なんだか意外な感じがした。岡部先生は、常に子ども達について考えている先生らしい先生だと思っていたのだが。

「この車に乗っている時だけは自分の時間だからね。ここだけは譲れない。家庭の事も、クラスの事も、ぜーんぶ忘れることができるからね」

「なんか意外です。クラスの事とか常にいろいろ考えているんだと思っていました」

「常に仕事の事を考えてちゃ疲れちゃうよ。フッと力を抜くことができるから、力を入れることもできると思うなぁ」

「そうゆうもんですかね?」

「そうだと思う。柔よく剛を制すとは、昔の人も言ったもんだ。でも、剛よく柔を断つ、ともいうからね。どっちなんだ!って突っ込みたくなるよね」

「へぇ、僕、その言葉知らなかったです」

「勉強が足りないなぁ、若者よ」

と言って岡部先生はニヤリとした。心地よい会話だった。さっきまでの柏木さんや教頭とのやり取りでピンと張った神経が、だんだんと解きほぐされているのがわかる。

 しばらく、他愛のない会話をしていると車が止まる。

「さて、着いたよ」

「って、ここ、撞夢じゃないですか?」

「あれ?知ってるの?」

「知ってるも何も、僕、よくここに来ますもん。学校からの帰り、突きに来るんですよ」

と少し興奮気味に話す俺の姿に、岡部先生はちょっと驚いたようだった。

「そうなんだ。俺も昔から突きに来てたけど、会わないもんだね。あ、そっか。最近は、俺、休みの日の昼間に来るようになったんだ。金子先生は、学校帰りの夜に来るんでしょ?だから、会わなかったんだね」

「あ、そっか。え?昔からって、いつくらいから来ているんですか?」

「そうだなぁ、今の学校に赴任してからだから、もう結構経つよ。当時はまだ独身で、金子先生みたいに夜遅くまで学校に残って仕事していたもんさ。まぁ、いいや。とりあえず突きに行こう」

と言って車から出る岡部先生に続き、俺も車から出る。外車は国産の車より、ドアを閉めた時の重さが違う。ドスッと音を立てて、ビートルの扉が閉まった。岡部先生と歩きながら話す。

「いやぁ、懐かしいなぁ。同僚と一緒に来ることも久しぶりだもんなぁ」

「昔、ビリヤードやる人いたんですか?」

「うん。それこそ、今の金子先生みたいに初めは先輩に連れてきてもらったんだ。そこで、面白さをしったのがきっかけかな?大磯先生知ってる?五年前かな?六年前かな?それくらいまで、うちの学校にいたんだけど」

「知ってるも何も、有名じゃないですか!北星小学校に大磯あり!って言われていますよ。詳しくは知らないけど、めちゃくちゃ力があって、バリバリだったって話聞いてます」

大磯先生の名前を知らない教員はモグリだ、と聞かされたことがある。子どもからも保護者からも絶大な信頼を得た先生だ。実践が新聞に取り上げられたり、テレビに出たりもしていたほどの先生らしい。

「大磯先生もビリヤード好きでね。たまに、学校帰りに突いていかないか?って誘われたりしたんだ。当時は、大磯先生も子どもがいて夜は早く帰りたかっただろうけど、たまに誘ってくれてたなぁ」

と岡部先生は懐かしそうに話した。

 二階まで階段を上がり、扉を開けるといつものようにマスターが無愛想な顔をしていた。

「マスター、久しぶりに夜に来たよ」

マスターは無言でうなずいた。誰に対してもそっけない態度だとわかり、ちょっとほっとした。俺にだけ冷たいのかとも思っていたからだ。

「奥借りるよ」

と言って、岡部先生は千円札をマスターに渡す。

「いやいや、ちょっと待ってください。五百円払います」

と急いで財布を出しながら言う。キューを選びに入っていた岡部先生は、振り返ることもなく言った。

「じゃあ、そろそろ本題に入ろうか」

声のトーンが変わり、一瞬にして空気が張りつめたような気がした。俺は、なんだか知らないけどゴクリと生唾を飲んでしまった。

あんまり更新しないのもあれなので…(笑)


短いけど、少しだけ更新します。

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