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早見光の話2

 サッカーを終えて職員室に戻ると八時近かった。七時まで活動をして、その後片づけ。うちの学校にはナイター設備がないので、夏はできる限りやっている。北国でもこの季節は七時頃までボールは見える。

 片づけを終えると、迎えに来た保護者などと立ち話になる。レギュラーはどうなるか?今年のうちのメンバーはどうか?そんな話をダラダラとして学校に戻るとこの時間。この時間から、明日の準備が始まる。毎日のサイクルがこうなので、あっという間に慣れてしまった。一人暮らしだから、気兼ねすることもなく学校に残ることができる。税金だから学校の電気がもったいない、と金子先生に言われたこともあるが、じゃあお前がサッカー教えろよ!と心に中で思った。サッカーを教えるのは、俺にとっては仕事だ。

 職員室に戻ると、職員室には誰もいなかった。いつも教頭が必ずいるのにめずらしい。ふと見ると、校長室の電気がついている。この時間に校長がいることはめずらしい。いつも開いている校長室の扉が閉まっているのも含め、何かあったなと思った。

 職員室を眺めると、金子先生のカバンがある。金子先生は、いつも六時頃には帰る人だから、たぶんあの中にいるのは金子先生だろう。何があったんだろう?

 畠中とかなら何かあったのは想像できる。でも、トラブルなんかなさそうな金子先生が何をやらかしたんだろう?ま、けどちょっと笑える。ざまぁ、って感じだ。いつもいつも、上から目線で偉そうなこと言っているからな。でも、大したことないじゃん。

 冷蔵庫からお茶を取り出し、ゴクゴクと飲み干しているところで校長室の扉が開いた。

 明らかに青白い顔をした金子先生、逆に真っ赤な顔をした教頭、そしていつもと変わらない校長が出てきた。教頭に毎日と同じように報告をする。報告をしなかっただけで怒鳴られたことがある。ついでに何があったか聞いてみよう。

「あ、少年団終わりました。ってか、なんかあったんすか?金子先生が何かやらかしちゃったとか?」

 金子先生は、青白い顔をより青くした感じで口を開いた。ちょっと涙目になってるところが笑える。

「いやさ、クラスでいじめだって電話が来て。柏木雅彦、今日学校休んだんだ。お母さんとの電話で、ちょっとね」

 睨みつける教頭を横目に、校長がフォローを入れた。

「いや、ちょっとした誤解なんですよ。金子先生ともこれからどうしていこうか相談もしましたし。なんとかなりますよ」

「そうでしょうか?電話の様子を聞いてたら、柏木さん、委員会にも言いかねませんよ」

 教頭が口をとがらせながら言った。どうやら、結構大変なことになっているらしい。ま、どちらにしても俺にはそんなに関係ないことだ。

「いやー、金子先生、大変っすねー。どうすか?一杯飲みにでもいっときますか?パーッと」

「いや、悪いけど…明日の準備もできてないから、今日は帰るわ。ごめんね」

と金子先生は、うなだれながら言った。大きな黒縁メガネに長髪のパーマ、うなだれるとちょっとした妖怪のように見える。やっぱり笑える。

「そうすか、んじゃ、元気出してくださいね」

と軽く言っておくが、正直言うともっともっとでかいことになるといいなと思っている。だって、教育委員会とか絡んでもっとでかい話になったら楽しそうじゃん。

教師になって二年ちょっとだけど、学んだことがあると思う。それは、「頑張りすぎないこと」だ。教師って言ったって、ただの人間だし。昨日まで大学生だった人間を、子供だけじゃなく、大人もみんな、「先生! 先生!」と言ってもてはやす。そんな中、浮かれているとこうやって、手のひらを返したように痛い目にあうんだ。俺の同期が何人も初任者のうちに辞めていった。それはみんな、「先生」という名前のプレッシャーに負けてしまった奴らだ。自分の楽しさよりも子どもの楽しさを優先させて、先生という名前に食い殺された奴らだ。俺は、そんな風にはならない。子どもなんて、放っておいても育っていく。俺自身がそうだったように。今、ワーワーギャーギャー騒ぐ保護者達のように。

 金子先生は、顔面蒼白のまま職員室を出て行った。教頭が俺に声をかける。

「早見先生、もう少し残るかい?校長先生ともう少し話をするから、職員室出るときには一声かけてくださいね」

「わかりましたー」

 校長、教頭と二人で金子先生の処分でも考えるのだろうか?それとも、対策会議なのだろうか?どちらにしても、自分のクラスで起こった問題は、結局担任が何とかするしかない。だからこそ、あきらめることが必要だと俺は思う。

 金子先生は真面目だから、立ち直れるのかなぁ?横で見ているには面白いけど、管理職の機嫌が悪くなって俺にとばっちりが来るのはたまらないな。今日は帰ることにしよう。俺は、鼻歌を歌いながら机の上を片づけることにした。

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