塔
1
つ
の
す
ば
ら
し
い
塔
が
あ
っ
た
。
そ
れ
は
誰
も
が
口
を
揃
え
て
言
う
と
こ
ろ
で
あ
っ
た
。
螺
旋
を
描
く
よ
う
な
歪
み
が
あ
る
が
、
そ
れ
も
ま
た
黄
金
比
や
ら
白
銀
比
で
あ
ろ
う
か
、
学
の
な
い
私
に
は
わ
か
ら
ぬ
が
す
ご
み
が
あ
っ
た
。
気
が
付
く
と
、
私
は
そ
の
塔
の
一
部
で
あ
っ
た
。
その
塔は
運動
会の
組み
体操
のよ
うで
ある。
見れ
ば上
から
下ま
で欠
かす
こと
なく
人で
あっ
た。
私は
得意げ
になっ
た。「
こんな
名誉が
あると
は!」
私を支
える人
も、私
が支え
る人も、
そして
顔を突
き合わ
せる人
も、と
にかく
周りの
人は笑
顔で歓
迎した。
拍手を
行わな
かった
のは、
手がふ
さがっ
ている
からで
あろう
か。私は
時間さえ
余れば考
え、塔を
どうすれ
ばよりよ
くできる
のか夢想
した。そ
うしたあ
る日、赤
黒い霧の
向こうに
もう一つ
の塔を発
見した。
私は戦慄
した。向
こうの塔
はこちら
のものよ
りさらに
素晴らし
かった。
「あの塔を
つぶせ」そ
の声は頭上
から聞こえ
てきたとも
自分の腹か
ら発せられ
たとも知れ
なかった。
大地が鳴動
した。ふと
すると、こ
の塔は歩き
出したよう
であった。
ここまでこ
の塔に起き
たことは向
こうの塔に
も同じよう
に起きてい
たようで、
あの塔から
すごい形相
の構成員が
睨んでいて、
こちらへ少
しずつ歩ん
でいる。塔
を形作るそ
のポーズの
異様さや、
我々とは系
統の違う言
語が背筋を
冷やかした。
ついに接着
する。私は相
手の塔の構成
員と睨み合い
になり、頭突
きをかました。
相手も同じで
あった。火花
が閃いた。血
が噴き出た。
骨ミシと鳴る。
人が落ちたが、
相手方もだ。
永遠のような
争いが続いた。
しばらくする
と、相手の塔
の構成員たち
の表情が苦し
いものになっ
ていく。勝っ
た。勝ち誇る
我々。逃げて
行く背は追わ
なかった。我
々の被害も決
して小さなも
のではない。
勝利の鼻息を
フンと鳴らす
と、勝鬨に混
じり泣き声が
聞こえてくる。
その出所はと探
ると、大の男が
泣きながら一人
の足にぶら下が
っていた。「そ
いつは人殺しだ
!人殺しのあの
塔からやって来
た!」辺りの人
間がわめく。「
殺せ!殺せ!」
なるほどそうら
しい。男の言葉
は別言語のよう
で聞き取れない。
響動めきは耳か
ら私の脳髄まで
届き、それを沸
騰させる。別の
塔の男はこちら
まで登ってき、
好都合と私は蹴
落としにかかる。
「死ね!死ねぇ
!」ところがあ
る瞬間から私は
心変わりした。
奴隷のような、
醜い貧しい可哀
そうな男の視線
が、その光箭が、
私の眼を貫いた。
更に哀願の表情
が私の熱を吹き
飛ばす。ハッと
我に返ると、彼
は額をカチ割ら
れ血を流してい
るではないか。
息は絶え絶え、
その双眸は涙が
溜められている
ではないか!!
もしかして、彼
も我々と同種の
人間なのではな
いか?そう思う
と、我々のして
いることは間違
いと感じた。な
るほど彼の流し
ている血の色も
我々と同じ赤で
ある。私は同情
の念を覚えた。
しかし、周りの我
らは違うようであ
った。目が血走り、
その吐息も荒い。
「なぁ……こいつ
のこと助けないか」
「ハァ?!」仲間
の一人が言った。
「コイツのしたこ
とを知らないのか
?コイツは……ア
イツらは我々の仲
間を殺したんだぞ
!!」「それはそ
うだが……」しか
し可哀そうだ。ど
うにかできないも
のか。しかし、そ
の時は訪れた。他
の塔から来た男は
一言二言もらすと、
力尽き真っ暗闇へ
と落ちた。いつま
でも私を見つめる
目はある種の諦観
や悟りが感じられ、
なんとなく「わか
ったか?」と言っ
ていたような気さ
えした。その日か
ら私の地獄が始ま
った。それから私は
ボーとすることが多
くなった。以前のよ
うな、塔をたたえる
歌(塔はすばらしき
かな!)を仲間たち
と歌うことはなくな
ったし、心なしか体
力もなくなった。敵
の塔からきて落ちた
男の眼が忘れられな
い。「どうした」私
が支える男が上から
話しかけてくる。「
何か辛いのです」「
何か辛いということ
はないだろう。ここ
はすばらしい塔だ」
男の表情を見るため
に俯いた顔をあげて
驚いた。なんと男の
横の人が、そのまた
隣の寝ている人間の
頬の肉に齧り付き食
っているではないか
!見ると、寝ている
男の損害はそれだけ
ではない。指も一つ
無いし、腹にも欠け
たところがあるよう
だ。私は恐ろしくな
った。指摘をしたか
ったが、声が震えて
うまく出なかった。
「おじさん!」やっ
と出た声も、素っ頓
狂である。私の大き
な声を聴き、眠れる
人が目覚めた。「嗚
呼!」その目には深
いクマがあった。「
また食べられてる!
」キイキイ言う声は、
はっきり言って耳障
りであった。「また
始まったか」周りの
人々はうんざりして
いるような顔をした。
「おじさん!あれは
なんなんです?!」
私は、私が支える初
老の男に訴えかける。
「なにとはなにかね
?」「た、食べられ
ている人のことです
!」見えていないは
ずがなかった。初老
の男は知らぬ存ぜぬ
を通そうとしている
のだろう。「めった
なことを言ってはい
けない。他の塔では
あるまいしそんなこ
と」じきに、寝てい
た男はひんひん泣き
出してしまった。心
臓がばくばくと鳴っ
ている。のどの渇き
が止まらない。辺り
を見渡すと、似たよ
うなことは他にも多
くあった。上の人の
爪をこっそり引きは
がす者。遠くの人に
唾を吐きかける者。
踊りを踊って下の人
に文句を言われる者。
その者は文句を言わ
れると、ぎゃははと
笑った。俺の頭が狂っ
たのだろうか。いや、
よく考えると違う。前
から、塔の下部上部か
ら伝わってくる振動が
あった。これは踊りの
振動であったのであろ
う。それに、おかしい
と思ってはいたのだが、
爪の一部がない人間は
ちょくちょく見かけた。
「もうやめてくれ」「
もうやめてくれ!」そ
ういったことを何べん
言っただろう。いつま
でもいつまでも、嘲笑
と嗚咽が鼓膜に響いた。
いつしか、私は枯れ木の
ように涙の枯れた乾燥し
た人間となっていた。力
も枯れ木相当である。「
どうしたのかね」かつて
のように尋ねる声があっ
た。私が支えていたおじ
さんだ。可哀そうに。腕
に力を込めて落ちないよ
うに堪えている。「すば
らしいなんて」私は怒り
をあらわにした。「すば
らしい塔なんて、真ッ赤
な嘘じゃないか!」おじ
さんは目を瞠った。もは
や私は塔の一員ではない。
おじさんを支えることは
止めた。おじさんが宙に
浮く。「こら!きちんと
支えたまえ!」ぶらぶら
と揺れる脚は、見ように
よってはこちらを蹴って
いるようにも見える。「
いやだね」「な!」おじ
さんは心底虚を突かれた
ようだ。「それがどうい
う意味か分かっているの
か!」「分かりたくもな
いね」「むう!」おじさ
んは沸騰した薬缶のよう
になった。「てめぇなん
か死んじまえ!」「グッ
!」気が付くと、私は塔
に沿って真っ逆さまに落
下していた。元居た場所
を何とか探り当てると、
自分の居たところは他の
新人に取って代わられてい
た。私はそれを見て安心し
たような忌々しいような複雑
な感情になった。「すばらし
い塔ばんざーい!潰えろ!す
ばらしい塔!」結局そうなの
だ。こんな塔なんていつか……。




